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第百八話:少女と街と装甲車②

 赤茶色の岩肌が続く荒野を、一台の荷台付きクレーン車が疾走していた。

 地面には、雨風やたくさんの車の走行によって削られてできた砂利が一面にあって、それが風によって運ばれて、一か所に固まっていたり、あるいはなくなって、赤茶色の大地がむき出しになっていたりしている。

 クレーン車の背後では、タイヤによって巻き上げられた砂利が砂嵐のように視界をさえぎっていて、もし後続車がいたのなら、ライトを点けて慎重に走らなければならない。

 だが、このだだっ広い荒野に一台しか見当たらない今は、そんなことは気にする必要もなく、これから立ち寄る場所にアクセル全開で走っても、誰にも迷惑がかからない。

 ただ、地面を這っていた、全身トゲトゲの皮膚を持つトカゲに、その砂嵐が襲い、全身砂まみれになってしまったことは、クレーン車もその運転手も知る由がない。

 トカゲは、長い舌で自分の瞳をペロッとなめ、走り去っていくクレーン車を見つめた。

 小さな足四つで車の振動を感じ、やがてクレーン車が砂嵐の向こうに消えて、走行音も聞こえなくなったころ、トカゲはそれとは反対の方向に駆け足で去っていった。


 クレーン車の荷台には、建築物を建てるためのネジや金具などの道具が満載されている。


「早いところ、あの場所に着いてしまいたいわね」


 クレーン車の右側の席でハンドルを握っている少女が、低い声でつぶやいた。

 全身紺色の作業着を着ていて、十四歳ほどに見えるが、雰囲気は大人びている。

 すらっとしていて背は高い。


〈目的の場所は、天然の壁に囲まれてて、緑もあって、水源もあるんだろ? こんな砂嵐が起きやすくて広い荒野なんかよりも、そっちの方がずっといいからな〉


 クレーン車が少女に言った。

 この車には音声装置がないため、ロボットにしか分からない言葉でしゃべっている。

 ロボットである少女とは会話ができる。

 ちなみに二人は、数十分ぶりに話をした。

 どこまでも同じような景色が続き、特に事件も起きず、それに二人ともそこまでおしゃべりではないため、あまり会話をしなくても問題ない。

 少女は、左手だけでハンドルを握り、右手で自分の黒くてサラサラしたショートヘアーを軽くなでる。

 わずかに付着していた砂が、ポロポロと落ちた。

 自分の作業着を何となく見ると、こちらにも砂やホコリが付いている。

 それを取ると車内が汚れるので、やめておいた。


「ずずっ」


 とよだれをすする音が聞こえ、少女は助手席を見た。

 五~六歳くらいの女の子が、席にもたれかかってお昼寝をしている。

 オレンジ色の作業着を着ていて、背中まで伸びる黒髪の先があちこち跳ねている。

 目を閉じながら、右手首でよだれを拭くと、手をバタッと座席に置いて再び夢の世界へ旅立った。


〈ユキ、これ以上マオを寝かせると、夜に寝られなくなるんじゃないか? もう一時間は寝てるぞ〉

「そうね。そろそろ起こしましょうか」


 ユキと呼ばれた少女は、クレーン車に促されてマオという女の子の右肩を軽くつかみ、小さく揺らす。

 五秒くらい揺らし続けると、ようやくマオは重たそうにまぶたを開けた。

 彼女の右口角から、よだれがまっすぐ落ちる。


「……あれ? ここはホテルじゃない……? レッカーの中?」


 眠くてだるそうな声でマオはクレーン車の名前を言い、今自分がどこにいるのかを把握するために、車内をキョロキョロし始める。


「そうよ、今は仕事のために移動中。あなた、ホテルでお昼ご飯を食べている途中から眠そうにしてて、食べ終わったころにはすっかり寝てしまったじゃないの。わたしがお姫様抱っこしながらここまで運んだの、覚えてない?」


 ユキの質問に、マオは首を横に振った。

 そして、再び目を閉じようとするマオの顔の前で、ユキはパンパンと両手を叩き、


「夜に寝られなくなるわよ。真っ暗な席で一人寝られずにいるのは怖いって、前に自分で言ってなかった?」


 と注意する。


「うん……」


 その時の事を思い出して、眠気が一気に吹き飛んだマオは、だらーっとしていたのを座りなおした。

 マオがしゃっきりと起きたので、ユキはレッカーと仕事の話を始める。

 ユキは懐から手のひらサイズの黒い端末を取り出した。


「今回は、貸与されたこの端末を使って、ある地域の様子を動画で撮影して送信する、という仕事だそうよ」

〈高速道路を近くにつくるから、その地域を休憩所や宿場町として開発する計画なんだろ?〉

「ええ、そのための下見として、現場の様子を把握しなくちゃいけないんだけど、なにぶん街からとても遠い場所で、そこにロボットを派遣するだけでもコストがかかるから、ちょうどここを通る運送業者を探していたみたい。それで、わたしたちに話しがきたってわけ」

〈まあ、仕事のついでだ。大自然を観光してちょっと動画を撮ってお金がもらえると考えたら、だいぶお得感があっていいと思うぞ〉

「ちなみにこの端末は、わたしたちがこれから向かう街にある会社の事務所に返すことになっているんだけど、例えばわたしがこれをどこかに持っていってしまっても、GPSで監視しているから逃げられないそうよ。管理者権限がないと、その解除もできないとか」

〈さすが、見ず知らずの俺たちに貸し出すだけのことはある。ちなみに、その端末は売ったらいくらになりそうだ?〉

「そうね……」


 彼女は、大体だけど、と注釈をつけて、高めの金額を言った。


〈ほう、後で街に着いたら、インターネットで検索してみてくれ。『端末 管理者権限 解除 方法』と〉

「もしそれを調べて実行してしまったら、わたしたちはその日から逃亡生活が始まるけれど、それでもいいの?」

〈冗談だ〉

「わたしも冗談よ」


 ユキとレッカーは、クスクスと笑った。


 途中、ヒトコブラクダの死骸を横切り、ユキは天然の城塞のようになっている、緩いカーブを描いてどこまでも続く赤茶色の岩の前で、ブレーキをゆっくりとかけてレッカーを停車させた。


〈ここか? 岩肌に縦にまっすぐ裂け目ができているが、ここから中に入るのか?〉

「端末の地図に表示されている場所は、ここね。『裂け目が入り口』とメモも表示されてる」


 ねえねえ、とマオが口を開いた。


「あたしがこの前見たアニメにそっくり!」

「何がそっくりなの?」

「えっとね。男の人が小さな車で岩でできた壁の向こうに行ったら、戦車がたくさん待ち構えていて、中からたくさん撃たれて死ぬの」

「まさか、夜中にこっそり起きてテレビ見てた?」

「ううん。お姉ちゃんが仕事に行っていて暇だった時に、ホテルの部屋でお昼ご飯食べながら見てた」


 なんでお昼にそんなアニメをやっているのかしら、とユキは小さくつぶやく。

 マオの言葉を聞いて何となく、ユキは慎重にアクセルを踏んで、裂け目の中に入っていく。



 壁の中には、緑があった。

 赤茶色の大地の中にポツリポツリと、緑色の植物が固い岩盤の隙間から生えていて、しっかり根を張っている。


〈壁の外には、緑なんて一切ないのに、なぜここにはある? もしかして、空を人工的な透明なドームが覆っていたりしないか?〉

「それはないわね。鳥が三羽、壁を越えて飛んでいっているもの」


 レッカーを徐行運転しながら、ユキは周囲の様子を観察する。

 彼女は、運転席のウインドーを三センチほど開けた。

 壁の外の乾いた空気とは違って、ここで吹く風は少し水分を含んでいる。


〈植物や水源があるからか、この辺りの湿度は若干高い〉

「あなた、湿度計なんて装備してた?」

〈企業秘密だ〉


 一方、マオも助手席から外を見ている。


「あっ、トカゲがいる!」


 マオが顔をベタッと窓にくっつけた。

 お団子のような鼻がペシャンコになって、窓が鼻息と吐息で白くなる。

 レッカーから一メートル横の地面を、茶色の体をしたトカゲが這っている。

 頭からしっぽまでの長さは、だいたい二十センチほど。

 彼女は、細かく揺れる車内から、見逃さないように瞬きも忘れて見ていた。

 だが、トカゲが地面のすき間に入っていってしまったのを見て、


「ねえ、停まって停まって! トカゲがいなくなったの」


 右手だけでハンドルを握るユキの、座席にだらんと置かれた左手をつかんで、催促する。

 マオのいつものわがままが始まった、と思って、スルーしようとしたユキだったが、思い立ってゆっくりとブレーキを踏んだ。


〈どうした?〉


 ユキはギアをニュートラルにしてサイドブレーキを引いた。


「この辺りで動画を撮っておこうと思って」


 運転席から外に降りると、助手席に回りこんでドアを開け、マオの体を持ち上げて地面に下ろした。

 地面に下ろされたマオは、早速トカゲの消えていったすき間に走っていって、四つん這いになり、中をのぞき込んだ。

 とても狭いため、太陽光が届かず中は暗くて見えにくい。


「ええと、動画を撮るアプリは、確かこれね……」


 すき間に腕を突っ込みだしたマオをよそに、ユキは端末を起動し、動画の撮影を始める。

 事前に業者から、撮影方法のレクチャーを受けている。

 それは単純で、「ゆっくりと画面を動かすこと」だ。

 よく、素人の人間や専門ではないロボットが撮影した映像が、テレビのニュースで扱われているが、急に画面が動いたりズームしたりして、見にくかったり画面酔いしたりする。

 素人でもとりあえず、「端末を動かさない」あるいは「ゆっくりと動かす」ことを意識すれば最低限、視聴者が不快に感じない動画になるという。


〈ユキは一応、どんな仕事もできるようにプログラムされているんだから、もっとこだわって撮ってもいいんじゃないか?〉


 彼女の撮影の助けになればと、レッカーがヘッドライトを点ける。


「提示された報酬は、そこまでするほどの額じゃなかったわ。割に合わない」


 冷静な口調で答えると、ユキは付け加えるように言った。


「ライトはいらない。太陽光だけでも十分明るいから」

〈おっと、すまん〉


 レッカーはライトを消した。


 それから一分ほど撮影を続けて、ユキはレッカーに戻ることにした。

 途中、マオがようやく捕まえたトカゲを解放してあげた。

 ギャーギャーとわめくマオを半ば強引に連れていって、助手席に乗せる。

 また徐行運転で走り出すと、レッカーは提案した。


〈車内から撮影した方が効率いいかもしれないぞ。いちいち外に下りるよりも〉

「そうね。撮りたい角度があれば、レッカーに動いてもらえばいいし。頼める?〉

〈もちろんだ〉

「それじゃ、ここから一キロほど移動して」

〈了解だ〉


 レッカーはスピードを上げて、ガタガタの大地を疾走する。

 車内が細かく揺れて、


「工事現場みたいー!」


 とマオがキャッキャッとはしゃぐ。


 一キロほど先には、かつての住居跡があった。


「前は人がいたの?」


 マオが助手席からキョロキョロと辺りを探す。

 もちろん今は人はおらず、建物の残骸しか残されていない。


「そうよ。ここにも昔、人の営みがあったの」


 マオに理解できるかは分からないが、ユキはそう答えた。

 今度は、運転席から動画の撮影をする。

 引いた映像で、元集落の全体をゆっくりと端末を右に動かして撮影する。

 三十秒ほど経つと、一旦撮影を止めて一本目の動画を作成した。

 次にレッカーに住居跡のすぐ近くまで移動してもらい、ある一つの家だった残骸にズームしてから、また撮影を再開した。

 家具の部品や調理器具が散乱している。

 特に、金属製の鍋ややかん、水筒はほぼそのままの形で残されていた。

 冷凍食品が入っていたプラスチックの袋が、横倒しになった玄関のドアの下敷きになって引っかかっている。


〈家具とかがあると、生活感が残っていて生々しい〉


 ボソッとレッカーがつぶやく。


「本当ね」


 彼の独り言を聞いていたユキが、同じく小さな声で相槌を打つ。


「家が壊れてるけど、人は死んでない?」


 マオが、撮影を続けているお姉ちゃんの脇腹と腕の間から顔をのぞかせて、運転席の全開になった窓から、おそるおそる家の残骸を観察した。


「死んだ人は、見えている所にはいないわ。多分このたくさんの家は、人がここからいなくなった後に壊れたのだと思う」


 自分の声が動画に残らないように、いったん撮影を止めてから言う。


「元気でいるといいね」


 マオが少し寂しそうな声色で言った。


「ええ」


 ユキはマオの頭を一撫でした。


 元集落を通り過ぎて五百メートルほど進むと、事前の情報にある池があった。

 大きさは直径二十メートルほど。

 地下から絶えず湧き出しているため、水は透明度が高い。

 そしてそこには、池を守るように一台の装甲車が停まっていた。


3へ続きます。

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