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第百八話:少女と街と装甲車①

   ☆ ☆ ☆


 少女は言いました。


「ここに街をつくろうよ!」


 装甲車は訊きました。


『街、ですか? こんな赤茶色の大地に、少し植物が生えているだけの、この壁の中に?』


 少女は装甲車の厚い車体を拳で軽くコンと叩きます。


「ほら、湧水でできたこの小さな池。きっとこれがいつか大きな池になって、ここはそのうち緑でいっぱいになるよ!」

『そのうち、ですか。それはいつのことになるでしょう?』

「分かんない! でもつくるの。誰も殺されずに幸せに生きられる場所を」

『……そんな場所ができるといいですね。私たちに他に行き場所はないですから、ここに骨をうずめるしかないですけれど』

「骨があるのはあたしだけじゃん! でもまあ、言いたいことは分かるよ。あたしの死に場所は、きっとここになるんだなって、今考えてる」

『そうか、あなたは人間だから……』

「うん、そうだよ。あなたを置いてあたしは先に逝く。もしあたしが死んだら、ここに埋めてね。いつまでもここに居たいから。あ、先にあなたが壊れないでよ? 一人ぼっちは寂しいもん」


 少女は、右前輪に背中を預けて地べたに座りました。

 細い枯れ草が、風に吹かれて二人の前に落ち、また飛んでいきます。

 そして、彼女はとても細い右腕を上げて、人差し指を立てました。


『何をしているのですか?』


 装甲車が尋ねます。


「この指とーまれ! ってやってるの。こうしていたら、あたしたちの他に人間が来てくれると思わない?」


 ニシシと少女は歯を出して笑います。


『思わないです。さっきから人の気配は、まるでないじゃないですか』

「つまんないなぁ。だから堅物なんだよ」

『私は装甲車ですから。固いのが自慢です』

「そういうことじゃくて……。まあいいや。とりあえずあたしは、ここにいっぱい人を呼んで、街をつくりたい。ね、手伝ってくれる?」

『ええ、もちろんです。突拍子もないアイデアですが、他にやることもありませんし、きっと楽しいでしょう。やりましょう』

「その意気だよ! さて、何からやろうか」

『そうですね。まずはこのガタガタの大地の整備を……』

「寝る!」

『え、寝るのですか!?』

「ひと眠りしてから考える! じゃあおやすみ!」


 少女は、暖かい日差しの中、装甲車に身を預けたまま目を閉じました。


 ☆ ☆ ☆


 装甲車は、あの時のことを思い出していた。


『あれから三十年経ちましたよ。なぜ先に逝ったのですか。あんなに早く。あなた、言いましたよね。一人ぼっちは寂しいって。私はとても寂しいです。あなた無しで、私はどう街をつくればいいのですか。未だに分かりません。教えてください……。あなたにまた会いたい……』


 装甲車の内部にある座席に、子どもの骨が一人分横に寝ていた。

 その骨は、少女と同じ服を着ている。




 乾いた秋の風が、荒野に吹いていた。

 それは穏やかに、赤茶色の大地から砂ぼこりを巻き上げる。

 地面には、たくさんの車が通ってできた細くて長い二本の線が、まっすぐどこまでも続いている。

 その砂ぼこりが、一頭で歩く野生のヒトコブラクダを襲った。

 長いまつげが動いて目を閉じ、鼻をひくつかせて鼻の穴も閉じる。

 一瞬立ち止まったラクダだったが、小さな砂嵐が去ると、再びゆっくりと歩き出す。

 そのラクダは、水を求めてさまよっていた。

 彼らは遠い先にある水源を、匂いでたどれるという。


 空にポッカリと浮かぶ白い雲は、とても高い所にあって、あちらこちらに点在している。

 雨を降らせるような雲ではない。

 ある一つの雲が太陽の光をさえぎる。

 荒野の広い範囲が薄暗くなった。

 ラクダは、ある場所で立ち止まり、空気中の匂いを確かめる。

 そこには、赤茶色の岩が城壁のように緩いカーブを描いてそびえ立っていて、とても背が高いため、その向こうの様子を知ることはできない。

 唯一、壁に裂け目があり、ラクダが五頭横に並んで進める程度の広さはある。

 その向こうから水の気配を感じたラクダは、早歩きで向かった。

 裂け目の中を進んでいると、太陽の光は左右の壁にさえぎられ、地面はとても暗い。

 だが、壁の先は明るく一本道なため、迷うことはない。


 ようやくラクダは、壁の先の景色を見ることができた。

 そこには外にはほとんどない緑があった。

 生命力の強い緑色の植物が点在していて、赤茶色の大地にしっかり根を張っている。

 一キロほど歩くと、人間の痕跡もあった。

 辺りの岩を切り出して作られた住居の跡が、地平線のかなたまで終わりが見えない壁の中の大地のあちこちにあった。

 水源は、住居跡の残る辺りを抜けた先にあった。

 地下から少しずつ水が湧きだしていて、直径二十メートルくらいの池ができている。


 ただ、そこに装甲車が一台いた。

 とても暗くて濃い緑色の車体で、頑丈そうな装甲に覆われている。

 タイヤが六つもあって、どんな悪路でも走っていける。

 その装甲車がわずかに、ラクダの方に動いた。

 警戒していたラクダは、体をビクッとさせ、立ち止まる。

 それから一分間ほど、にらみ合いが続いた。

 ラクダには、その装甲車がよく分からなくて怪しくて見たことのない不思議な形をした謎の生き物に見えていて、なかなか一歩先に進むことができない。


 ラクダは何度も鼻をひくつかせ、相手がどんな存在か観察する。

 車自体は、そのラクダは何度も見たことがある。

 色んな種類の車が近くを通ったのを、警戒しながら見送ったことも、たくさんある。

 だが、その車たちと目の前にいる装甲車は、まるで違った。

 装甲車から、ラクダに対して敵意が発せられているのを感じる。

 まっすぐ見られていると、動物の本能で感知する。


 逃げなければならない。

 ラクダはそう判断した。

 踵を返して全速力で走る。

 草食動物の広い視野で、後ろを見る。

 装甲車は追いかけてこなかった。

 視線だけ、まっすぐぶつけてきている。


 壁を越えて、元の荒野に戻った。

 追いかけてくる気配がないので、ラクダは立ち止まってもう一度水源の方を振り返る。

 水を求めて、再びさまよう。


 装甲車は静かに、ただまっすぐ、ラクダを見続けた。


2へ続きます。

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