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第百七話:雪の被害者

 大雪の降る山の中を走っていたレッカーは、道中に山小屋を見つけた。

 その建物は、周囲の木が伐採されて切り開かれた空き地に建っていて、屋根にはこんもりと雪が積もっている。


〈なるほど、俺たちは運がいい〉


 安心したようにつぶやいたレッカーは、山小屋の入り口近くに駐車した。


「今夜はここに泊まらせてもらいましょう。これ以上山の中を走るのは危ないわ。それに、レッカーの暖房を一晩中つけていると、バッテリーが尽きてしまうし」


 ユキは、自分にくっついているマオを見る。

 マオは、フロントガラスに激しく打ち付けている無数の雪の粒を見て、不安そうな顔をしていた。



 山小屋の入り口の鍵は開いていて、中は真っ暗だ。

 玄関のドアの近くにランプがあり、そこのなかのロウソクにユキがライターで火をつけると、中の様子が少し見えた。

 手前側には、木のテーブルと、木を輪切りにして作られた椅子があり、キッチンなどのその他のインテリアも、最低限そろっている。


「寒い」


 マオがたちまち体を震わせ、踵を返してレッカーのいる外に戻ろうとする。

 車内の方が断然温かい。


「待ってて。あそこに暖炉がある。薪も用意されているから、火をつけるわ」


 ユキはライターで火をつけ、部屋が温まるまで、レッカーの車内から持ってきたもこもこのシーツでマオをくるんだ。

 暖炉の近くに丸太の椅子を移動させ、そこにマオを座らせる。



 一時間ほどジッとしていると、体が温かくなってきた。

 マオは立ち上がって窓の下まで行き、背伸びして外を見た。

 レッカーが停まっているその向こう、木の影で何かが動いたように見えた。


「動物……?」


 マオは小さくつぶやいた。

 ユキには聞こえなかった。



 翌朝、吹雪はすっかりやんでいて、あちこちに雪山ができている。

 荷台に積んである大きなシャベルをクレーンで降ろし、それをレッカーの前方に取り付けた。

 これで、除雪しながら走ることができる。

 一時間ほどかけて、レッカーの上に積もった雪を下ろしたり、道路までの道を除雪した。

 そして出発しようと山小屋の敷地を出ようとした時、


〈これ、人じゃないか……?〉


 急ブレーキで停車した。

 地面に積もっている雪の中から、人間の右手と思われるものが生えている。

 ユキが運転席から飛び降り、一旦荷台に登って除雪用のスコップを取り、降りてその周囲の雪をどかし始める。

 そして現れたのは、うつ伏せに倒れている四十代ほどの男性だった。

 山越えのための十分な装備を身に着けていて、近くにスキー板とストックの一部が見えている。

 眠っているような穏やかな横顔だ。

 ユキが生死を確認したものの、すでに息絶えていた。


〈装備は十分だと思うが、あの吹雪と寒さに耐えられなかったのかもしれないな〉

「あるいは、突然病気になったのかもしれない」


 レッカーとユキが、それぞれつぶやく。



 それから三十分ほどかけて、雪と土を深くまで掘って、そこに男性を埋めた。

 埋めた場所に、新雪を持ってきてかけると、そこは元の雪原に戻り、周囲の景色と変わらなくなった。

 雪山に刺していたスコップを抜き、レッカーの元に戻ろうとした時、鼻をすする音が聞こえ、ユキは振り返った。

 マオは、お姉ちゃんが男性を埋めている間、ずっとおっかなびっくりといった様子で見つめていたのだが、ある事を思い出した。

 マオは両目から一滴ずつ涙を流していた。


「どうしたの、マオ」

「あたし、昨日、窓から外を見たの。そしたら、木の近くに影が見えた。クマさんか他の生き物だと思って、お姉ちゃんに何も言わなかった。もしかしたら、この人だったのかも。もし、お姉ちゃんに言ってたら、この人は死なずに済んだ……?」


 すると、ユキは立ち上がり、マオから倒れている男性の姿が見えないように立ち、正面から彼女の頭をなでた。 


「確かに、マオがわたしに伝えてくれていたら、この人の命は助かったかもしれない。でも、その時点でも手遅れだったかもしれないし、そもそもマオの見たその影が、本当にこの人だったかも分からない」

「…………そう?」

「そうよ。ただ、この人は自分のために涙を流してくれているあなたに、感謝していると思うわ。だって、こんな山の中で他の人が自分を見つけてくれる確率は、とても低いじゃない? それなのに、目の前で悲しんでくれる人が一人でもいるのは、幸せな事だと思う」

「……そうかも、しれない」


 ユキは軽くマオの背中を、元気づけるように軽く叩いた。


「さて、そろそろ山を下りるわよ」

「うん」


 ユキに手を引かれ、マオはレッカーの元へ歩いていく。

 途中、マオは何度か振り返って、男性の埋まっている場所を見た。

 そして、レッカーに乗って出発した後も、助手席から見えなくなるまでずっとその場所を見続けた。

次話をお楽しみに。

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