第百四話:誘拐された話【リーナ・ジーン編】④
『ありがとねー』
ジーンは、中型トラックの自動運転システムにお礼を言って、助手席から外に降りた。
そこは、目的地近くの山の中だ。
警察署に行って、町中の防犯カメラを見せてもらい、ジーンの持っている端末のGPS機能で表示されているリーナの居場所が、ほぼ間違いないと確信し、ヒッチハイクで近くまで連れてきてもらった。
『さて、リーナの反応はここから数百メートルってところかな』
ジーンは頭からプロペラを出して飛び立つ。
木々の間を器用に飛んでいき、やがて建物が見えたところで、空中で静止した。
『あの中かも。反応はここを示してる。でも車がないな。二人のうちどちらかは出かけているのかな』
ジーンは両手を機関銃に換装し、
『さて、殺すか』
怒りを含んだ声色で言い、ゆっくりと入り口のドアに近づいていった。
突然、階段の上の方から、派手な物音がした。
「え、何?」
パイプ椅子に足を組んで座っていたリーナは、あわてて立ち上がった。
「じゅ、銃声……?」
とっさに両手で頭を抱え、アキはテーブルの下に隠れる。
「機関銃の音がする。何かが突入してきて、銃撃戦になっているのかもしれない」
初めてケンが、動揺した表情をし、身をこわばらせた。
数分経ち、上階が静かになった。
リーナが、忍び足で地下室の入り口に近づき、左耳をドアにくっつけて、向こう側の様子をうかがう。
かすかに、パラパラと外壁の表面がはがれ落ちるような音がしている。
誰かが階段を降りてくる気配はしない。
すると、何かドローンが飛ぶような音が急速に接近してきて、いったん停止し、ドアノブがゆっくりと回転して、次の瞬間、ドアが勢いよく地下室側に開いた。
「ブベッ!?」
顔の左側を強打したリーナは、フラフラッと酔っぱらいのように後ろに下がり、尻もちをついた。
『リーナを返せ…………って、リーナ何やってるの?』
ドアをくぐって中に入ってきたジーンが、ホバリングしながら、リーナを見て、首をかしげるような動作をする。
少しの間、ぼやっと意識が低下していたリーナだったが、本能的に危険を感じて、地下室に飛び込んできた存在を見上げた。
「え、ジーン……?」
寝ぼけたような声で言った。
そこには、右手の機関銃をリーナに向け、左手の機関銃をアキとケンに向けているジーンが、空中で静止していた。
『リーナ、ここにいたのか。良かったー。すごぉく探したんだよ?』
収納していたキャタピラを出してジーンは床に下り、プロペラを止めて頭の中に折りたたんだ。
彼女に声をかけながら、彼の視線は地下室をくまなく見回していて、安全かどうか確認している。
「ねえジーン、あの二人は無害だから、銃を向けなくてもいいよ」
自分の左頬をさすりながら立ち上がったリーナが、テーブルの下で身を縮こまらせているアキとケンを指さした。
『そう? もしかして、誘拐された子たち?』
「みたいだね」
『そっか』
ジーンは機関銃を下ろしたが、まだ通常の腕に換装はしない。
銃口を下ろしたことに安堵し、アキとケンがそろりそろりと這い出してきた。
「リーナさん、そのロボットはあなたのお知り合い、ですか?」
アキが声を絞り出しながら尋ねる。
「うん、これはジーン。あたしの相棒」
『よろしくねー』
ホッと胸をなでおろしたアキとケンは、ジーンにそれぞれ名前を名乗った。
『それじゃ、あいさつも済んだところで、早く脱出しちゃおうか』
クルっと階段の方を向いて、ジーンが三人を促す。
「え、ジーンもしかして、一階にいた男たちは……」
リーナが、おそるおそる訊いてみる。
『たち……? 一人しかいなかったけど、もちろん殺したよ? 当たり前じゃん。あ、ちゃんと「君が誘拐犯?」って確認してから撃ったから』
「おー。やるねぇジーン」
リーナとジーンが楽しそうに話しているのを見て、
「もしかして君たち二人には、こういう出来事は日常茶飯事なのかい?」
ケンが尋ねる。
『たまにね』
背中を向けたまま、ジーンが答えた。
一階の惨状はなるべく見ないようにして、アキとケンは外に出た。
リーナはチラッと見て、
「うわー」
眉をひそめた。
「車がない……」
アキがつぶやく。
「本当だ! えー、あたし歩きたくないよー。ジーン、ここまでどうやって来たの? 乗り物とかないの?」
『ないよ。ここまで乗せてきてもらったんだ。歩いて帰るしかないね。念のため、リーナたちがここまで来た道は使わないほうがいいかも。仲間の車がここを登ってきて、鉢合わせするかもしれないし』
あの、とアキが言う。
「街からここまで、車で結構な時間走ったと思うんですけど、歩きで帰っても昼間のうちに街に着きますか?」
『着かないかもしれないね。野宿するしかないよ。まあ、心配しないで。一応、食糧と最低限の装備はあるし、君たちが寝ている間、ぼくが見張っているから』
ということでいい? とジーンは三人の顔を見た。
ケンがさっきから黙っている。
彼の顔が真っ青なのは、アジトの一階で死んでいる男の死体を見てしまったからかも、とジーンは思い、特に尋ねることはしなかった。
『さあ、行こう! だいたいの方角は、ぼくが把握してるから大丈夫だよ』
一行は山を下り始めた。
5へ続きます。




