第百三話:閉じ込められたレストラン
もう、ここがどこだか分からなくなっていた。
「何も見えないねー」
助手席に座るマオが、ワクワクした表情で窓越しに外を眺めている。
「ここまで強く降る雪は珍しいかもね。そのせいでここで立ち往生しているわけだけど」
運転席で胸の前で腕を組んでいるユキは、冷静に答えて、フロントガラスに叩きつける雪を見た。
「レッカー、揺れてない? 停まってるのに」
マオは、体を左右にグラグラさせて、フフフと楽しそうに笑う。
「風であおられてるの」
〈マオは楽しそうだな。大人にとって大変なことでも、子どもにはイベントの一つということか〉
「そうかもね」
レッカーのつぶやきに、ユキが短く返事をする。
〈地図では、ここは郊外の大きな空き地のようだが、雪で視界がゼロメートルだと、たとえすぐ近くに車が停まっていても分からなさそうだ〉
「他に車がいるのは確かよ。たまにヘッドライトの光が見えるから」
〈エンジン音すら風の音でかき消されて、光でしか別の存在を感知できていないな。異常気象だ〉
すると突然、大型トラックの大きなクラクションの音が響き渡った。
暴雪のせいで少しくぐもっていたが、その音は広い空き地の隅にまで届いた。
「何かしら」
ユキが運転席の窓越しに、クラクションが聞こえた方角をよく観察する。
「あ、明かりがついた!」
席の上を四つん這いで移動して、ユキの足の間に座ったマオが指さす。
小さな光がいくつも点き、長方形の形の貨物室が吹雪の中に浮かび上がった。
「ちょっと様子を見てくる」
ジャンパーのフードを被って外に出たユキに、
〈気をつけろよ〉
レッカーが声をかける。
三分ほどして、ユキが戻ってきた。
「大型トラックの中が改装されたレストランがあったわ。臨時に開店するようよ」
「レストラン!?」
マオは興奮して、ほっぺたがうっすらと赤く染まる。
「本当は、この先の町で一週間ほど移動レストランをやるつもりだったらしいけど、この天気で行けなくなって、食材も傷むから、ここで開店するみたい」
〈なるほど、温かい食べ物もあれば、マオも喜ぶだろう。行ってきたらどうだ〉
「そうね。マオを連れて行ってくるわ。レッカーはここで待っててくれる?」
〈ああ。雪に埋まりそうになったら、クラクション鳴らすよ〉
そうして、二人はレストランに入った。
トラックの貨物室の外側に階段があり、そこからドアを開けて入ると、街中にあるお店と変わらない内装だった。
すでに数人の男女が席についていて、大きな窓から見える猛吹雪を眺めながら、料理が出来上がるのを待っていた。
料理は、入り口辺りに置いてあるタブレットで注文し、隣にある小さな印刷機から出てくる小さい紙に、番号が書かれていて、その番号が呼ばれると、自分でカウンターに料理を取りに行くシステムになっている。
席についている間も、風で店内がクラクラと揺れるが、レッカーより車体が大きいため、そこまで気にならない。
「大変な天気だねぇ」
隣の席に座っている、五十代くらいの男性が声をかけてきた。
「本当ですね」
ユキは少し感情をこめて返事する。
「俺、自動運転の大型トラックに助手として乗ってるんだけど、『数日間そこで待機』って本部から言われちゃって……。聞いた話だと、除雪が全然間に合ってなくて、早くて四日後に開通予定らしい」
「そんなにかかるんですか。情報ありがとうございます。わたしは個人で運送業やってるんですが、荷物を届けられなくて、仕事にならないです」
「そうか……。個人でやってると、もっと大変だ。お互い乗り切ろうぜ」
少しすると、男性はカウンターに料理を取りに行き、席に戻ってきてゆっくりと食べ始めた。
そうして、マオの番号が呼ばれ、ユキが持ってきたジャガイモがゴロゴロしたシチューにスプーンを突っ込み、マオは一口食べた。
ジャガイモが熱く、はふはふとさせ、
「おいしい」
マオはウフフと笑みを浮かべ、小さくそう言った。
次話をお楽しみに。




