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『夢を見せてくれる魔法使い』③

 ある時から男の子は、女の子の魔法を拒否するようになりました。

 一緒に本を読んだり、ボードゲームをしたりするのはいいのですが、


「今日は……どう?」


 と女の子が緊張した面持ちで聞いても、


「ごめん、もう君の魔法で夢は見たくないんだ」


 それまでワイワイ楽しく遊んでいても、彼女が夢を見せるのに誘うと、急に顔に影を落とすのです。

 このやり取りが、この一週間で三回目なので、たまらず女の子が、


「どうして? わたしが嫌いになったの?」


 彼の回答によっては、自分の心がとても傷つく質問をしてしまいました。

 すると男の子は、ハアっとため息をつきます。


「違うよ。夢の中で、ぼくは二本の足で立っているからさ」


 え、と女の子はキョトンとした顔をしました。


「もちろんだよ。だって、夢の中だけでも思いっきり走り回りたいでしょ? 前に、『自分の足で歩いて走れて楽しい』って言ってたよね」

「確かに言った。そうなんだけど。君に夢を何回か見せてもらった後、気づいたんだ。ああ、なんで現実のぼくは車いすなんだろうって」

「あ……」

「あれだけ楽しい世界で跳んだり歩いたり走ったりできた足が、この部屋のベッドに戻ってくると動かなくなっているのが、だんだん辛くなったんだ。ごめんね、君は何も悪くない。ただ、もう夢は見せてもらわなくていいよ」


 とうとう、女の子に胸の内を明かしてしまいました。

 これで、二度とこの子は自分と遊んでくれないだろうな、と彼は思いました。

 女の子は次の日から、彼が自室の窓から外を見ている視線を感じてもわざと無視する子どもたちの一人に加わるんだろう、と思いました。

 彼はうつむいてそんなことを考えていると、すすり泣く女の子の声がし始めたことに気づきました。


「ごめ……んね……。わたし……あなたのためになると思って……魔法を使ってた……けど……知らない間に……き……傷つけてたんだね……」

「え……あ……」

「あなたは頭がいいから……わたしがバカなことしていても……我慢してくれてたんだよね……。ごめんなさい……ごめんなさい……」


 男の子は、泣かないでと言おうとしましたが、自分が感情的になって彼女を泣かせることを言ってしまったことに気づき、かけるべき言葉が何も見つけられません。

 その代り、彼は手を伸ばしましたが、女の子はそれを見て振り切り、走って家を出ていってしまいました。

 男の子は、窓から外を見ました。

 泣いている女の子の横顔が見えました。

 彼女はこちらに背を向けてどんどん走っていき、角を曲がって見えなくなってしまいました。



 それから数日間、男の子は食欲がわかずあまり眠れない日々が続いていました。

 お母さんや、久しぶりに帰ってきたお父さんも、リビングでスプーンを持ったまま朝ご飯に手をつけようとしない彼を心配しています。


「一体、何があったんだ? お父さんに話してみなさい」


 お父さんが言います。

 男の子が訳を話すと、


「なるほどな、お前がそう感じたことは理解する。お父さんだって同じことを思うだろう」

「うん……。でもあの子、泣いてた。いつも笑ったり恥ずかしそうに顔を赤くしたりしているのが可愛いのに、泣かせちゃった。どうしよう。もう僕と遊んでくれないよね……。嫌いになっちゃったよね……」

「他人の感情を決めつけるのは良くないぞ」

「え……?」

「相手が何を考えているのかは、直接会って会話して、言葉や表情や仕草で分かるものだ。お前はそれをしたか?」

「ううん。やってない……」

「なら、会って話してみろ。またあの子と一緒にいたいのなら」

「うん……!」


 男の子は、スプーンで一気に食事をかきこむと、車いすを動かして玄関のドアを開けます。


「待って! あの子の家がどこにあるのか分かるの?」


 今度はお母さんが尋ねました。


「分かるよ。『今度はこっちに遊びにきてほしいな』って言われて教えてもらったことがあるからね」

「お母さんが一緒についていく?」

「いや、一人で大丈夫。それにこれは僕だけで行かなくちゃいけないと思うんだ。だから、お父さんとお母さんは家で待ってて」


 男の子は、車いすを必死にこいで女の子の家に向かいました。



 林の中を通って少し行くと、女の子の家があります。

 彼女の家は平屋で、木造です。

 男の子は、迷わず玄関のドアをノックしました。

 中から、女の子のお母さんが出てきました。


「あら、どうしたの?」


 お母さんは、彼のことがすぐに分かりました。


「……話がしたくて。いますか」

「ええ、今呼んでくるから待ってて」


 三十秒ほどして、廊下の奥からバタバタと慌てて走る音が聞こえ、女の子が玄関に飛び出してきました。


「ハアハア……。こ、ここまで……来てくれたんだ……」


 女の子は荒くなった息を整えながら言います。

 彼女はまだ寝間着姿でした。

 起きたばかりで、もちろん魔女帽子はかぶっていなく、背中まで伸びる髪の毛は、あちこち跳ねていてボサボサです。


「え、待っててくれたの?」


 男の子が尋ねると、


「ええとね、もうこれまでみたいに遊べないかなぁとか、いやでも一緒にいたいなぁとか、頭の中でぐちゃぐちゃになってたの。わたしバカだから、どうしたらいいか思いつかなくて。来てくれて良かった。車いすで大変だったでしょ?」


 女の子は、彼に中に入るよう促します。


「いや、話はここでいいよ。車いすのタイヤで家を汚したら悪いから。話を聞いてほしい」


 女の子は、ビクッと緊張して、まるで先生に怒られる時のように直立し、ゴクリと唾を飲んで、ほっそりとした喉にうっすら見える喉仏が上下しました。

 男の子は、車いすに座ったまま、彼女を見上げています。


「ごめんなさい。ぼくが悪かった。せっかく走り回れないぼくのために、夢を見せてくれてたのに、文句を言っちゃって。どう考えてもぼくが間違っているのに」

「でもそれは……、わたしがバカであなたの気持ちをよく考えていなかったから……」

「考えてくれてるよ! 草原を走った。ゴツゴツした岩肌の山を走った。なぜか息のできる海の中を地上と同じように走った。すごすぎるよ。ぼくがやりたいこと以上のことを、いつも叶えてくれてる。君と一緒なら、自分の足でどこへだって行けるし走れる。だからお願い、ぼくとこれからも一緒にいてくれないか」


 男の子は、堂々とした声で言いました。

 すると、女の子は目から一筋の涙を流しました。


「こ、この涙はね、うれし涙だよ! わたしもね、あなたと夢を見たいって思ってるの。今までも、そしてこれからも!」

「じゃあ、今から夢を見ようよ」

「今から? いいけど、わたしのベッドに行く? あ、でもさっき起きたばかりでシーツがぐちゃぐちゃだし、汗も染みてにおうかもしれないし……」

「それなら、ここで寝よう。手を伸ばして」

「え、う、うん」


 女の子が右手を伸ばすと、男の子はそれを力強く引っ張り、自分の膝の上に座らせました。

 たちまち彼女の体は熱くなり、顔と耳が真っ赤になります。

 顔や背中に汗をかいてきて、におわないか女の子は心配でしたが、彼から後ろからハグされ、女の子の腰に両腕を回されたので、額は霧吹きをかけたように汗でびっしょりになりました。

 太ももなどの密着している所から、お互いの体温を感じます。

 車いすを必死にこいで流れた男の子の汗のにおい、女の子の寝汗のにおい、その他の色んなにおいが混ざり合います。

 まだ整っていない男の子の息づかい、緊張して荒くなってきた女の子の息づかいも聞こえます。


「今度は、ぼくが見たい夢を見せてあげる。君の魔法なら、そういうのもできるでしょ?」

「で、できるけど……。わたし重くない?」

「少し重いけど、問題ないよ」

「え、お、重いならどけるよ?」


 立ち上がろうとした女の子を、男の子は腕を腰に強く回して離しません。


「いいんだ。君という人間を脚で感じられて、ぼくは嬉しいよ」

「なんか、ちょっとそれ変態かも」

「え、変態かい!? ぼくは生命の重みを感じるのはいいよねっていう意味で言ったんだけど」

「よく分かんない! 魔法を発動させるから、力抜いて! わたしもあなたに寄りかかってもいい?」

「もちろん」


 女の子は、自分の背中を彼の胸に預けます。

 彼女が呪文を唱えている間、彼は小さな声でつぶやきました。


「世界中を旅行している夢を見よう。ぼくは車いすのままでね。いつか現実でも一緒に行くための練習だよ」


 やがて魔法が発動し、二人は眠りにつきました。

 車いすの上で夢を見始めた二人は、うっすら微笑んでいました。

第百話はこれにて終わりです。お読みいただきありがとうございました。

百話まで書ききることができて、とても嬉しいですし、達成感があります。

作者として、一読者として、この作品がとても大好きです。

これからも、『少女は何を拾う』をよろしくお願いします。

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