第百話:少女は何を拾う⑧
翌日も、作業小屋の建設が始まった。
だが、レッカーは自分の荷台から資材を降ろしているだけだ。
「木材を置いていってくれれば、後はもう僕のクレーン車が建ててくれる。もう君たちの仕事は終わりだ。お疲れ様。報酬はすでに街の運送会社に渡してある。そこで受け取るといい」
朝日を浴びながらヘンリーは、三人と一台に労いの言葉をかけた。
ユキは彼に頭を下げた。
「昨日は失礼しました。プロの小説家に出過ぎたことを言ったかもしれません」
「いや、あれくらい言ってもらったほうが、僕には良かった。確かにユキさんの言う通りだ。妻が亡くなって悲しい思いをして筆を折りかけ、その思いを抱えたまま、僕は親鹿の目の前で小鹿を殺していたんだ。僕はあの親鹿に蹴られて殺されても、文句は言えないな。生活がかかっているから猟をやめることはできないが、これからは命に敬意を払うことにするよ。それに――」
ヘンリーはユキとマオとグリーの顔を見た。
「昨日、僕が貸した本を君たちが楽しそうに読むのを見て、お話を書いて誰かを喜ばせる楽しさを思い出した気がする。いつになるか分からないけど、登場人物二人の気持ちをよく考えて、続きを書こうと思うよ。ユキさんの言った、親鹿の決断というのを考えてみた。次は僕が決断する番だ。あのお話の子どもたちに何を決断させるのか、しっかり考える」
それから、一行は出発した。
マオとグリーは、助手席から顔を出して、後方に手を振った。
ユキは、レッカーのサイドミラー越しに、ヘンリーが片手を大きく振っているのを見た。
〈なるほどなぁ。家の中でそんな話があったのか。ちゃんと続きを書いてくれるといいな〉
ヘンリーの家と湖が見えなくなったころ、ユキはレッカーに事の顛末を話した。
「そうね。少なくとも、マオは楽しみにしているようだし」
ユキは、車内の真ん中の席で、冊子を広げているマオを見た。
マオは、ヘンリーから『夢を見せてくれる魔法使い』の冊子をもらい、読もうと努力していた。
「難しい字があって読めないところがあるから、後でお姉ちゃん読んで」
冊子を閉じて、マオはハンドルを握るユキに渡した。
「いいわよ。街に着いてカフェにでも入って、そこで読んであげるわ」
それからユキは、同じくその冊子をもらったグリーを、ちらっと見て言った。
「グリーはどうするの? 街に着いたらそこでお別れだけれど」
すると、グリーは、「ハッ!?」と何か気づいた声を出した。
「その事なんですが、改めて言いますが、私は吟遊詩人なのです。ヘンリーさんの新しいお話が完成して世に出るまで、まだ時間があるでしょう。そこで! ユキさんたちのこれまでの旅の出来事をお聞きしたいのです。もちろん報酬は支払います。廃材拾いや運送業をしながら大自然を見て回る、という楽しくもあり大変なこともあった旅のこと、ぜひ私に話してもらえないでしょうか。そして、そのお話を色んな人に話して、こんなすばらしい家族がいるのだと伝えたいのです! どうでしょうか?」
グリーの申し出に、ユキとレッカーは、小声で話し合う。
「……いくらもらえるのかしら」
〈最初にお金のことか! プライベートなことはどう、とかではなくて〉
「大事でしょ。わたしたちの旅の価値、みたいなものじゃないの」
〈まあ、そこは街に着いてから価格交渉すればいいだろ。とりあえず、申し出を受けるかどうか伝えたらどうだ〉
レッカーに促されて、
「いいわよ。旅の事たくさん話すわ。場所は、これから行くカフェの中でどう?」
「ありがとうございます! レッカーさんにも話を聞きたいので、街に着くまでのこの時間に、色々聞いてもいいですか?」
〈ああ、構わないぞ〉
「感謝します! ロボットの姉と人間の妹、そして意思を持つクレーン車という組み合わせは、なかなか珍しいですからねぇ。きっと他の人たちも、興味を持って聞いてくれると思いますよ」
何か大人たちだけで盛り上がり始めたので、マオがユキに尋ねる。
「ねえ、何の話してるの?」
ユキが色々説明すると、
「分かった! あたしもたくさん話す! おいしかったご飯の事でもいいよね」
「ええ、もちろんです。私にどんどん話してください!」
それで、とレッカーが話を振る。
〈俺たちの旅物語のタイトルは、何にするんだ?〉
「それはもう決めてあります! 『少女は何を拾う』というのはどうでしょうか。あなた方は廃材を拾うというお仕事をされています。その中で、ゴミ置き場で私を拾うことで、一緒に先生の所へ行くという物語が生まれました。だから、『拾う』という言葉を使いました」
ユキとマオとレッカーは、そろって「うーん」と悩み、
「わたしたちに文学の才能はないから、グリーに任せるわ」
ユキのその言葉に、マオもレッカーも納得した。
「なるほど、了解しました。うーん、お話にふさわしい音楽は何でしょう……」
グリーは電子ピアノを弾き始めた。
軽快な音楽、勇ましい音楽、不安になる音楽、可愛らしい音楽。
色んな音がレッカーの中で響く。
一行を乗せたレッカーは、林の中を走っていく。
今、彼の荷台は空っぽだ。
でも、そこに廃材を拾うこともできるし、物語を拾うこともできる。
ユキとマオとレッカーの拾う物語は、まだまだ続く。




