第百話:少女は何を拾う⑤
グリーからお話を聞き終わったマオは、
「女の子、可愛い!」
と満足そうに感想を言った。
〈恋愛ファンタジーかな。子ども向けのいいお話だと思う〉
運転しながら、レッカーが言う。
「そうね。ただ、わたしのデータベースにはないお話なのよ。書店には売ってないの?」
ユキがグリーに尋ねる。
「はい、これは同人誌といって、あるイベントのみで販売された児童小説です。ヘンリー・モロクウという方が書きました。今向かっている街のどこかに住んでいるそうですが、詳しいことは知られていません」
「そういえば、あなたがその小説家を訪ねる理由を聞いてなかったわね。一応、今回のわたしたちの仕事先だから、確認してもいい?」
「ええ。実は、今お話しした物語には、続きが書かれる予定でした。『後編へ続く』という記述が、イベントで販売されたその冊子にあったのです」
「冊子ということは、紙製? インターネットを介したデジタルデータじゃなくて?」
「そこでしか出会えない物語、というのがイベントのテーマで、もちろんその会場内限定でデジタルデータを販売してもいいのですが、ヘンリー・モロクウは昔ながらの紙に印刷された物語、にこだわっていたそうです」
「ああ、そうなのね。あなたはその会場に行って、そのお話と出会ったの?」
「いえ、実は私は以前、あるお嬢様の教育ロボットでした。座学や音楽などの教育を、父親であるご主人から任されていました。『夢を見せてくれる魔法使い』という物語は、ご主人が買ってきてお嬢様に与えたものでした。彼女はとてもそれを気に入り、『ぜひ続きを読みたいわ』と、私にせがんでいました」
「続きは発売されなかった、ということ?」
「はい。どういうわけか、前編が発表されてから数年間続きが書かれず、そのイベントにも出席していません」
「それでお嬢様に、作者に会って続きを書いてとお願いするように頼まれた、と?」
すると、グリーはフロントガラス越しに空を見た。
灰色の空で、しとしとと雨が降り続けている。
「お嬢様は去年亡くなりました。生まれた時から病気を持っていて、学校にも通えず、容態が悪化してしまったのです」
「……そう、だったの」
「お嬢様は、その物語の続きをとても楽しみにしていました。私はご主人に頼まれ、続きを作者に書くのをお願いするよう言われました。物語の後編を、彼女の墓前に差し出すために」
少しばかりの沈黙が流れた後、
「死んじゃった女の子のために、お話を書いてってお願いしに行くの?」
とマオがグリーを見た。
「そうです。良かったら、一緒にお願いしてもらえませんか?」
「いいよ! あたしもさっきの続きが聞きたいもん」
二人が意気投合しているのを見て、
〈仕事先のその小説家の機嫌を損ねて、今回の仕事がキャンセルにならなければいいが〉
レッカーがつぶやくと、
「できればそんな悪夢は見たくないわね」
ユキは小さく言った。
それからいくつか別のお話を聞かせてもらいながら、一行は山を越えて街に到着した。
ゴミ置き場で見つけた廃材の買取と、小説家の所に運ぶ資材を積みこむため、郊外の工場にやってきた。
そこで、買い取ってもらって得た少しばかりのお金と、小説家の家へ運ぶための資材を積みこみ、出発した。
工場で応対した事務ロボットから、
「ヘンリー・モロクウさんの件は、クレーン車とユキさんと小さい女の子一人と、事前の打ち合わせで聞いていましたが、人型ロボットが一台増えていますね。あの者は?」
と怪しむように尋ねられ、
「助手です。人手が足りないと思い、急ですが雇いました。報酬は契約通りで大丈夫です」
ユキは、とっさにごまかした。
〈現場に向かう人数をいちいち確認するんだな〉
市街地に向かう広い道路を走りながら、レッカーは言った。
「大手の会社だからだと思うわ。報酬は、働く人材一人ずつに対して支払われているそうだし」
運転席でハンドルを握りながら、ユキが言った。
今は、助手席にグリーが座って、二人の真ん中にマオが座っている。
「たとえ報酬が無くても、私にできることがあれば働きます。ご厚意で連れていってくださるので」
グリーが言うと、
「無理はしないようにね。あなたは教育ロボットなんでしょう? わたしとレッカーが仕事中、マオの話し相手になってもらえるだけでもいいし」
「確かに、私はロボットとはいえ、力仕事専門ではないので、ご迷惑をおかけするかもしれません。そう言っていただけて嬉しいです」
グリーは、ペコっと頭を下げた。
〈それにしても、その小説家は何のために資材を注文したんだ? 見たところ、ほとんど木材のようだが〉
レッカーが言う。
「作業小屋の建て替え工事に使うらしいわ。自分一人で建てていて、たまに業者を呼んで資材の運搬や手伝いを頼んでいるみたい」
そう話したユキに、グリーが前のめりになって、
「それはもしかして、小説の執筆のため……ですか?」
「理由は特に聞いていないの。依頼者が小説家というのは、あなたから聞いて初めて知ったから」
「そう……ですか。でも気になりますね。一体、何の作業小屋なのでしょう」
「ちなみに、その小説家は他に小説は発表しているの?」
「私の知る限り、他には数作出しているようです。でも、かなり以前にイベントのみで販売しただけのようですね」
「もしかしたらだけど、その人は小説の執筆はほとんど趣味みたいなもので、本業が別にあるのかもしれないわ。その作業小屋かもしれない」
「なるほど……。本業が忙しくなって小説が書けなくなった、という可能性もありますか」
「それは、本人に聞いてみるのがいいかもしれないわ」
レッカーは市街地を抜け、再び郊外を走る。
舗装された道から砂利道に変わり、周囲が草原に変わる。
遠くには標高の高い山脈が連なっていて、雲がかかっていて山頂は見えない。
やがて、大きな湖が見えてきた。
6へ続きます。




