『夢を見せてくれる魔法使い』②
眠りに落ちた二人は気がつくと、海の中の浅瀬にいました。
「んん!?」
男の子は驚いて、あわてて息を止めますが、特に苦しくありません。
「どうしたの?」
隣に立っている女の子が、心配そうに顔をのぞき込みます。
すると彼は、彼女が苦しくなさそうなことに気づき、ぷはぁと止めていた息を吐きました。
「あれ、何で息ができるの!? ここは海の中だよね?」
彼の言葉を聞いた女の子は、プッと吹き出しました。
「そんなの当たり前だよー。だってここはわたしが見せてる夢の中だもん」
「……ああ、そうか。忘れてた。本当の海の中だと勘違いしちゃった」
男の子は辺りを見回します。
図鑑や本の写真で見たものとは違って、目の前に広がっている海底の景色は、サンゴや色とりどりの魚、少し離れたところには海草の森があります。
「まるで、色んな場所にある海の、いいとこどりしたような景色だ……」
彼は、見たこともない光景に惚れ惚れしていました。
「わたしね、がんばって海のこと勉強して、一番きれいな海の底ってこれかなって思ったの。どうかな?」
女の子がもじもじしながら、男の子の顔色をうかがいます。
「すごいよ! ありがとう! いつも思うけど、何よりも自分の足で立って歩けるのがいいよね。夢の中っていいな」
彼は、自分の右足で、地面を軽く踏みました。
踏みしめた感触が、足の裏全体で感じられ、男の子は涙が出そうになります。
でも、女の子を心配させるといけないので、何とかがまんしました。
「歩こうよ!」
女の子は元気な笑顔で、でも少し緊張しながら、左手を差し出します。
「うん!」
男の子はそれを握り、一緒に海底を歩き始めました。
太陽の光が差しこんで明るい海底を、二人はどんどん進みます。
熱帯魚やカニやイワシの群れなど、色んな地域に生息している生き物が集まっています。
「熱帯地域にいる魚がいるかと思えば、寒い所にいる魚もいる……。図鑑を見て、好きな魚を夢に出してるでしょ」
男の子は笑いながら言いました。
「そうだよ。その方が楽しいもん」
誇らしげに女の子は言います。
少しの間歩いていると、山のようにそびえ立つ岩の、光の当たらない暗がりから、大きなサメが一匹現れました。
サメはゆっくりとこちらに泳いできています。
「ね、ねえ。一つ聞きたいんだけど、君の魔法で出てきた生き物って、ぼくらを襲うの?」
「もちろん! ちゃんと図鑑で調べた通りにね!」
女の子は、フフンと胸を張ります。
「そんなの再現しなくていいよー!」
顔を歪ませながらそう叫ぶと、男の子は彼女の手を強く握って、先に走ります。
本当は、夢なのでサメに噛まれてもケガなんてしないことは女の子は分かっています。
でも、男の子に強く手を握られて、海の中という設定なのになぜか彼の体温とベタベタした汗の感触が伝わってくるので、このままでいいか、と思い、トロトロとした目をしながら、彼の後ろ姿を見ていました。
「う、うわああああ!」
一方、そんなことは一切知らない男の子は、水の抵抗力を忘れたかのように海底を走って逃げ回り、岩場にできた亀裂の中に女の子を押し込み、自分もその上に被さって、どうにかサメから身を隠すことができました。
「ちょっと……というか、かなり君の夢、リアリティ高くないかい? 今まで楽しい夢しか見せてもらってなかったから分からないけど、あの歯で噛まれたら、やっぱり痛いのかな」
男の子は、ハアハアと苦しそうに息を荒くしています。
彼は必死なので、彼女に強く密着していることにまだ気づいていません。
「近い……」
とても小さい声で、茹でタコのように顔を赤くした女の子は、そうつぶやきました。
ほぼゼロ距離で、海の中なのに男の子の声が耳元で聞こえ、荒い息もかかり、汗の混じった匂いまでしてくるのですから、落ち着いていられるわけがありません。
(大成功!)
女の子は、心の中でガッツポーズをしました。
怖い夢を見て一緒にドキドキするという彼女の作戦は、見事大きな成果を挙げたのでした。
5へ続きます。




