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第百話:少女は何を拾う②

 ある田舎町の郊外に、広い林がある。

 その中に広がる空き地に、家電や廃材の山がある。

 それらはすべて不法投棄されたもので、個人や業者が夜中にこっそりと捨てにやってきている。

 ゴミ山の周囲は木や茂みに囲まれていて、隣町に通じる砂利道からは見えず、山の高さは少しずつ増し、その山の数も増え続けている。

 まだ太陽が空高くから照らす昼すぎだが、そのゴミ山に人影がある。

 紺色の作業着を着た、背の高くてほっそりとした体つきの少女だ。

 顔は十四歳ほどに見えるが、雰囲気は大人びている。

 髪の毛は肩の上で切りそろえられていて、色は黒い。

 少女は、ゴミ山の間をゆっくりと歩き回って、お金になりそうなものはないか、冷静に物色している。


「この小型冷蔵庫、バッテリーの中にレアメタルがあるかもしれないわ。レッカー、ちょっとこっち来て!」


 少女は、空き地の端っこに駐車しているクレーン車に声をかけた。


〈ん、ユキ、やっと何か見つけたか? お昼寝にも飽きた所だったぞ〉


 レッカーと呼ばれたクレーン車は、青年のような声で皮肉交じりにそう言い、彼女の近くまで移動した。

 彼の言葉に、ユキと呼ばれた少女は、ムッとした顔をする。


「……何か言いたそうね、レッカー」

〈いや、こんな林の中でゴミを漁るより、工場から現場まで建設資材を運搬する仕事を請け負った方が、金になると思っただけだ〉

「そうとも限らないわよ。最近は、自社で所有している自動運転の大型車に運ばせている会社が増えてきていて、わたしたちみたいなフリーランスに外注すると高くつく場合もあるみたい。だからこうして、リユースとリサイクルを――」

〈仕事を断られたんだな?〉

「……リサイクル……を」

〈昨日の夜中、落ち込んだ様子で俺とマオの所に戻ってきたのは、そういうことだったか〉

「……ええ、そうよ。でもまあ、このゴミ山も捨てたものではないわ。捨てられているものだけど。まだ使える部品はあるけどそれを取り出すコストが高くて廃棄されることはあって、その中にはじわじわと取引価格が上がってきているものがあるの。それを見つけるのよ」

〈なるほど、こんなド田舎の林の中は、いわゆる穴場というわけだ〉

「その通り。分かったら、今小型冷蔵庫にロープを取り付けたから、クレーンで荷台に吊り上げて」

〈はいよ〉


 軽い調子で相づちをうつと、レッカーはそれを吊り上げて荷台に降ろした。


「数をこなさないとお金にならないんだから、どんどん探すわよ。レッカーも、そこから見える範囲で何か見つけたら教えて」


 自分を鼓舞するつもりで、少し声を張って言ったユキは、瞬きを一切せずにゆっくりと左右を見渡して、良さそうなものがないか探し始めた。

 すると、近くのゴミ山の影から、こちらをこっそり覗く視線に気がついた。

 ユキがそちらを見ると、その人影はヒョコっと顔を引っこめ、ニシシ、と面白おかしそうな小さい女の子の笑い声を出した。


「…………」


 ユキはわざと視線をそらした。横目でそちらを確認できるほどに。

 ゴミ山の奥から人影が動いて、顔だけ出したのがぼんやりと見えた。


「マオ、とっくに見えているわよ。あなた、『かくれんぼしよう!』ってわたしから離れてどこかに隠れたはずでしょ?」


 すると、マオと呼ばれた五~六歳くらいの女の子が現れた。

 オレンジ色の作業着を着ていて、普段背中まで伸びている黒髪は、ユキによってポニーテールに結わえられている。


「お姉ちゃん、レッカーとお話したり、あちこち見たりして、あたしのこと見えてなかったよ。あたしの勝ち?」


 マオは、口を両手で隠しながらウフフと笑う。


「……まあ、マオの勝ちでいいわ」


 ユキは、しょんぼりとした顔を見せた。


「よっし!」


 お姉ちゃんのその顔を見て、マオはガッツポーズをした。

 ユキは、やれやれといった様子で苦笑し、捜索に戻った。


〈マオに新しく買った作業着、似合ってるな〉


 レッカーが感想を言った。


「ええ。こういう場所に来るといつも服を汚してたし、目立つ色だからガラクタだらけの所でも見つけやすいし」


 レッカーの感想を伝えてあげようと、ユキはまたマオの方を見た。

 するとお姉ちゃんに、マオは思い出したように言った。


「ねえ、あっちに人型ロボットが落ちてたよ」

「えっ」


 ユキは一瞬で振り返り、マオの指さす方角を見る。

 そっちはまだ調べていない。


「案内して!」


 ユキに言われ、マオは先に走っていって案内する。

 マオの言葉だけでは何とも言えないが、仮に完全な人型ロボットなら、使える部品は色々ありそうで、お金になるかもしれない、とユキは考えた。

 そしてユキは、ゴミ山の影からそっと目的のものを観察する。

 人の姿を模しているアンドロイドではなく、機械の外装のロボットだ。

 身長は百六十センチほどで、仰向けに寝転んでいて、両手を胸の上で組んで、目は閉じられている。

 ロボットの元へ行こうとしたマオの首根っこを慌ててつかんで引き戻したユキは、その辺に落ちていた小石を一つ投げて、ロボットの胴体に当てた。

 こういう場所では、たまに危険な戦闘用ロボットがスリープモードになっている事もあったため、彼女は慎重にそのロボットの様子をうかがう。


「あっ」


 マオが小さく声を上げた。

 ロボットが目を開け、寝ころんだまま顔だけこちらに向けたのだ。


「……私は、物語を集める仕事をしている、グリーといいます。あなた方は?」


 ロボットが、壮年の男性の落ち着いた声で、自己紹介した。


「マオ、あなたはここで隠れているのよ」


 そう言い聞かせるとユキは、ゴミ山の影から一歩出て、いつでも懐のレーザー銃を取り出せるように、作業着の上着を少し緩める。


「わたしはユキ。ガラクタを集めて売る仕事をしているわ」 


 万が一のため、ゴミ山に隠れているマオは紹介しなかった。


「そうですか。あちらのクレーン車に資材を載せて運ぶのですね。そちらのお嬢様もお連れの方ですか?」


 相変わらず寝ころんだまま、グリーは左手の人差し指で示した。

 マオがゴミ山から顔を少しだけ出して、興味津々の様子で彼を見ている。

 隠れているように言ったのに、とユキは心の中で言ったが、表情は平静を装った。


「ええ、この子はマオ。ずっと一緒に旅をしているの」


 彼に姿を見られてしまったため、ユキはマオの手を引いて自分のすぐ横に立たせた。

 レッカーが、ギリギリ近づける距離まで来て停車したが、三人がいる所は車が入れるほど広くないため、レッカーとの距離は数メートル離れている。


「そうでしたか。私は子どもに物語を聞かせるのが好きなので、子どもの存在を感知するのは得意なのですよ」


 グリーは自慢げに言った。

 すると、マオがユキの上着の裾を軽く引っ張りながら尋ねる。


「ねえお姉ちゃん、あのロボット壊れてるの? 起き上がれないの?」

「さあ、分からないわ。あの――」


 彼女は、彼に故障しているのか聞こうとした。

 しかしグリーは、ユキの言葉を最後まで聞かずに答えた。


「いえ、物語を体験していたのです」


 彼から発せられた言葉の意味が分からず、ユキとマオは顔を見合わせる。


「つまりですね、私の知っている物語の中に、ゴミがためられてできた山の間に、主人公たちが寝て夜を明かすというシーンがあるのですが、それを自分で体験したいと思ったのですよ」


 楽しそうに言うと、グリーはゆっくりと立ち上がり、背中やお尻に手を回して、汚れを払った。

 わざわざこんな田舎のゴミ山の中で、物語を追体験するために寝転んでいるなんて、随分のんびりと過ごしているなとユキは思ったが、口にはしなかった。

 その代り、


「それでは、わたしたちはもう行くので」


 マオを先にレッカーに向かって歩かせて、ユキは守るようにその後ろを歩く。


〈もういいのか?〉


 助手席のドアを開けてマオを乗せて外に立ったユキに、レッカーが小さい声で訊く。


「集中できないから」


 彼女は横目で、背後のグリーを見た。

 そして、前方を回りこんで自分も運転席から乗り込もうとした時、


「あ、私実は、ヘンリー・モロクウという作家に会いに、この峠を越えたところにある街へ行く予定なのですが、良ければそこまで連れていってもらえませんか」


 グリーが、少し声を張って言った


「……わたしたちの次の仕事先は、ヘンリー・モロクウという男性の家よ。職業は聞いていないけれど」


 するとグリーは、急に声の調子を上げて、


「お願いします! 私を彼の元へ連れていってください! 亡くなったお嬢様が、生前好きだったお話を書いた作家なのです」


 グリーが、ユキにつかみかかりそうな勢いで、同行を申し出てきたので、


「荷台でいいなら」


 とユキは許可した。


〈いいのか? 好き好んでゴミ山に寝転ぶロボットなんて、怪しいと思うんだが〉


 ユキにだけ聞こえる小さな声で、レッカーが訊く。


「見た所、武器を隠し持ってはいなさそうだし、それに――」


 ユキはグリーに、


「乗っていいわよ。お願いがあるのだけど、あなたを荷台にロープで固定してもいいかしら。峠道はかなり揺れて危ないの」


 親指で荷台を指さして言う。


「ええ、構いません。あなたたちからしたら私は怪しく見えるでしょうから、用心のためには当然だと思います。特に小さい子どもを連れているとなると。乗せていってもらえるのですから、気にしませんよ」


 こころよく同意したので、ユキは先に荷台に登って彼を引っ張り上げ、念のために運転席から一番遠い荷台の端に、彼の胴体にロープを巻き付けて固定した。

 作業を終えて運転席に乗ると、レッカーに、


〈なるべく揺れないように努力する〉


 と言われ、


「よろしくね」


 ユキは短く答えた。


3へ続きます。

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