第九十七話:ロボットを所有する話【リーナ・ジーン編】②
翌日の朝、リーナとジーンは再びお祭り会場に足を運んでいた。
大きな街の方から歩いてきて橋の上を歩き出した時、ある露店の前に人だかりができているのが見えた。
集まっているのは、周りの露店の店主や従業員たちで、ある一つのテントをのぞきこんでいる。
そのうちの一人に、一昨日と昨日お世話になった串店の店主もいたため、ジーンが声をかけた。
『こんにちは。何かあったんですか』
「おう、君たちか。いや実はな、夜中に誰かが店の設備をぶっ壊していったらしいんだ」
串店店主が人差し指で人だかりの奥を示す。
人間の大人の足の間を縫って、リーナとジーンは現場を見に行った。
そこは一昨日と昨日、リーナとジーンが働いていたお店だ。
だが、地面に置いてある長テーブルは真っ二つに折られ、テントの真ん中あたりには調理器具が散乱していた。
「食材は持って帰ったから、それは無事なんだが……。チクショウ!」
串店店主がお店の前に立って、悔しい表情をした。
「ジーン、これってロボットのしわざ?」
リーナは、自分の足元で現場をじいっと見ているジーンに尋ねた。
『そうだね。一番奥に、折れ曲がったテントの支柱が見えるでしょ? 人間にはあんな力は出せないはず』
「他に、ロボットの痕跡って残ってる?」
『うーん……あっ』
ジーンは、天井が傾いているテントの中に入り、地面に落ちているものを拾って、外で待つリーナの所に戻ってそれを見せた。
「アクセサリー?」
『うん、これ見覚えあるんだよ』
「ふうん?」
リーナにはさっぱり分からないため、首をかしげた。
「壊された店は、俺の店だけじゃないんだ」
串店店主は、周辺の露店を指さす。
同じようにテントの支柱が折れていたり、備品が壊されたりしている。
「祭りの主催者が、警察に通報したようだ。犯人捜しは任せて、俺は何とか今日も営業してみせる。君たちは祭りを楽しんでいくんだぞ」
串店店主はそう言うと、自分のテントの中に入っていった。
リーナとジーンはその場を離れて、祭り会場をゆっくりと散策し始めた。
『このアクセサリー、犯人の手がかりかも』
「見覚えあるって言ってたよね? 誰の?」
『昨日、リーナとぶつかったアンドロイドが持ってたやつだよ。それにひどくそっくりなんだ』
「へえ、もしかしてあのアンドロイドが店を壊したとか?」
『可能性はあるけど、確証はないね。だってぼくたち、あの二人の事何にも知らないし』
「そうだね。また会えて話できたらいいな」
『リーナ、また会いたいの?』
「だって、たった二日間だけど、働いてたお店壊されたの、嫌だもん。何か犯人を見ていたらいいかなって」
『なるほど、目撃者という可能性もあるか。確か彼らは島の方に歩いていったから、そっちに住んでいるのかも。その方向に歩いてみる?』
「うん」
島の方へ歩いていくと、浮浪者の姿が目立ちだした。
何人かの男が路上に座りながら、リーナをじいっと見つめてきたため、二人は早足で通りすぎた。
そして大きな道路から一本細い路地に入った時、角から見たことある顔が二つ現れた。
「あ、まさかこんなところで会うなんて。昨日はシータがごめんなさい。どこかケガしたり物が壊れたりしたんですか?」
シータというそのロボットを一回見た後、少年はリーナとジーンに視線を移した。
少年は、リーナとジーンが損害賠償を請求しに来たのだと思った。
『いやいや、そういうわけじゃないんだ。聞きたいことがあるんだけど。ねえ知ってる? 露店がいくつかロボットに壊されてたって』
少年は首を横に振って否定する。
『その現場にね、これが落ちてたんだけど、見覚えない?』
ジーンがアクセサリーを見せた。
「これは、シータの持ってるものとそっくりだ……。でも君は今も持ってるよね?」
少年はシータに尋ねる。
「いえ、私はアクセサリーを持っていません。無くしていたのです。それは確かにご主人様からいただいたものです。忘れもしません」
シータは、はっきりした口調で言った。
「シータ。君は昨晩何をしていた?」
少年の問い詰める口調に、シータは少したじろぐ仕草をしたが、すぐにその場に直立して答える。
「思考回路に異常を感知したので、ご主人様に被害が出ないよう、その場を離れて露店の立つ辺りに行きました。そして、自分の意志とは関係なく、『敵勢力を排除せよ』という命令で体が動き、テントを破壊しました」
『もしかして君は、元々戦闘用ロボットだった?』
ジーンが尋ねると、
「はい。戦争が終わってから、縁あってご主人様に拾われました」
『体が言う事を聞かないことは、これまでにもあった?』
「はい、ありました。危険だと思っていたのですが、もしその事が判明すると、私はご主人様とお別れしてスクラップにされる可能性がありました。それだけは絶対に……」
『他の人やロボットに危害が及ぶとは考えなかったの?』
「それは……」
三人の会話を聞いていたリーナは、
「早く警察に突き出そうよ。あたしが働いてたお店が壊されて、我慢ならないの」
『分かってる。シータ、君を警察に連れていくけどいいよね?』
シータは、迷うそぶりを見せたものの、首を縦に振った。
『いい覚悟だ』
そう言ってジーンは右手をライフル銃に換装すると、シータの右脚の関節を撃ちぬいた。
シータは驚いた表情をしながら、前のめりに倒れこんだ。
少年もギョッとした顔をして、シータとジーンを交互に見る。
『ぼくも、自分の働いてたお店が壊されて我慢ならなかったんだ。これなら、思考回路が暴走してもまともに動けないでしょ? ねえ君、ロボットを所有してるなら、ちゃんとお金をかけて整備しないとダメだよ。そうしないと、次は人の命がなくなるよ?』
「そう……ですね」
『お金がないなら、ロボットは拾っちゃダメ。ロボットの犯した責任は、そのまま君の責任になるんだから』
ジーンの言葉に、事の重大さに気づいた少年は、その場に膝から崩れ落ちた。
『あの少年、元々一人であの島に流れ着いて、寂しかったんだって』
少年はその後、露店を経営している人たちと警察のいる、祭り会場の事務所に連れていかれ、関係者に自分のことを話した。
ジーンは、串店店主から後に話を聞いていた。
「ふーん」
揚げた鶏肉をいくつも刺した串を食べ歩きしながら、リーナは相槌をうつ。
『もう興味なくなった?』
「違うよ。そんなくだらないことで整備不良のロボットを連れて歩いてたことに呆れてるの」
『そうだね。実にくだらないね』
「いやぁ、それにしても、ジーンがあのロボットの膝を撃ちぬいたの、とっても気持ちよかったよ~!」
『スーッとした?』
「スーッとした!」
『あのロボットどうなるかな』
「うーん、もしあたしの店が壊されていたら、スクラップにするように頼むかも」
『フフ、なかなか厳しいことを言うねぇ』
「でもまあ、ロボットは悪くないし、誰かお金を持っている人にもらわれたらいいと思うよ」
『あの男の子はどうなってほしいと思う?』
「知ーらないっ! 適当でもいいから生きてりゃいいんじゃない?」
『その通りだ。ぼくらの知ったことじゃない』
そして二人は、島からどんどん離れていき、お祭り会場を出て、華やかな街の方へ消えていった。
次話をお楽しみに。




