第九十七話:ロボットを所有する話【リーナ・ジーン編】①
大きな街の郊外に、海を隔てた島とをつなぐ、とても大きな橋があった。
それは、大型トラックが二台、余裕ですれ違えるほどの幅があり、きちんと整備されているため、サビなどは見当たらない。
海から橋までの高さは六十メートルほどあり、大型フェリーも通ることができる。
橋のてっぺん数か所には、強力なライトが光っていて、道路の少し外側には等間隔に街灯があり、夜でも遠くから橋の存在感は際立っている。
ただ、今日は道路にたくさんのテントが立ち並び、食べ物や雑貨や遊ぶ店などが売られていて、軽トラックが一台何とか道路の真ん中を通れるくらいにまで狭くなっていた。
大きな街や島の両方から、人々がやってきて、橋の上はごった返している。
食べ物を焼いた煙が、あちこちのテントからのぼっていて、会場の気温は若干高くなっていた。
あるテントの中で、ジーンが串物を炭火で焼いていた。
竹を加工して作られた串には、一口サイズの鶏肉や豚肉がいくつも刺さっているものや、体長十センチ程のエビが、頭からしっぽまでまっすぐ刺さっているものがある。
炭火用のコンロは、人間の大人にちょうどいい高さなため、ジーンは木箱を二つ積み重ねた上に乗って、二本のアームの手首をクルクルと回して、串をひっくり返している。
鶏肉と豚肉は、表面が肉汁で光沢があり、エビは真っ赤になってあちこちに焦げ目がある。
「いらっしゃい! おいしい串物あるよ!」
それらの焼ける匂いを浴びながら、リーナは露店の前に出て、ひっきりなしにやってくる人たちに声かけをしていた。
リーナは、黒い半そでと青いGパンの上に、紺色のロングエプロンを身に着けている。
エプロンは、露店の店主から貸し出されたもので、長年使われていて色が変わっている箇所がいくつもある。
彼女の声に反応して足を止め、お客さんが三人露店に立ち寄った。
「どれにしますか」
リーナが、露店の下にある長テーブルにぶら下がっている、メニューの書かれた紙を指で示した。
「それじゃ、豚串三つと鳥串三つ」
「あたしはエビ五本ね」
「僕は三種類を一本ずつで」
いっぺんに言われて、頭がこんがらがり、お客さんに確認しようとしたリーナだったが、
『承りました!』
ジーンが男の子の声でそう言い、追加で数本焼き始める。
店主の男性がお金をもらっている間、リーナはジーンの所へ行き、
「聞いてたんだ」
『もちろん。リーナじゃ次々と注文が入っても、覚えられそうになかったからね』
「う……、ひどいこと言うなぁ。あってるけど」
ふてくされたリーナは、ジーンに背を向けてお客さんの方を見て、串物が焼きあがるのを待った。
そして一分後、
『リーナ、できたよ。お客さんに渡して』
彼女は、紙製の容器を三つ、ジーンから受け取った。それぞれ容器の大きさは異なり、串物は縦に入れられている。
リーナはそれらを両手に持ち、
「お待たせしました!」
と長テーブルに置いた。
「どうもね~」
若い女の人がそう言って、他の二人に串物を渡し、自分の物を手に取ると、人ごみの中に消えていった。
そんな仕事を、休憩をはさみながら七時間ほどこなし、その日のリーナとジーンの仕事は終了した。
その日の開催時間が過ぎた会場は、人の姿がまばらになっていて、周りの店の中でもそれぞれ後片付けが始まっている。
「お疲れ様。今日で仕事は最後だね。はい、お給料」
店主から、紙製の封筒に入ったお金をもらった二人は、お互い顔を見合わせて、笑みを浮かべた。
『ありがとうございました』
お金をもらって浮かれているリーナの代わりに、ジーンがお礼を言った。
「いやいや、急に声かけたのに、二日間も仕事を手伝ってもらって、助かったよ。お祭り自体は明日で最後だから、明日はゆっくり会場を見て楽しむといい」
『はい、そうさせてもらいます』
「うんうん、それで、今日のお土産ね」
店主は、三種類の串物がたくさん入っている紙製の容器を、三つテーブルに並べた。それを大きなビニール袋に入れて、ジーンに渡す。
『ほらリーナ、今日ももらったよ。お礼言って』
「ありがとうございます!」
リーナは素直に、ペコっと頭を下げた。
「いやぁ、こんなに素直でいい子たちなら、もっと早く出会いたかったな。俺は普段はいろんな場所に車を移動させて、その中で料理を作って販売する仕事してるから、またどこかで会えるといいな」
『そうですね』
ジーンが明るい声で答えた。
そして二人は、店主に手を振ってお別れした。
大きな街の方へ歩きながら、リーナは鶏肉の刺さった串を一本ほおばっていた。
「ジューシー!」
とろけるような声で言ったリーナは、グフフと笑う。
『そんなに喜んでもらえて、焼いていた身としては嬉しいね』
彼女の横をタイヤで走るジーンは、おいしそうに食べる様子を見上げて言った。
会場は、後片付けが進むにつれて少しずつ明かりが消えて、夜の闇が濃くなってきている。
やがて、橋の終わりまで歩いてきた時、前方から二人の人影がこちらに近づいてきているのに、ジーンが気づいた。
一人は十歳くらいの男の子。あちこち継ぎはぎだらけの服を着ていて、右手に紙コップを持って、左手の指で中身のポテトフライをつまんで口に運んでいる。
もう一人は、二十代の女性そっくりに作られたアンドロイドだ。右手首にアクセサリーを巻いている。
観察力に鋭いジーンは、その女性がロボットだとすぐに分かった。
脚の関節の調子が少し悪そうにしながら歩いているからだ。それは明らかにロボットのそれだと分かるような動きだった。
その二人は、たくさんの明かりや喧騒のある街から、それらがほとんどない島に向かっている。
道にはその四人しかいないため、すれ違うのはかんたんだ。だが、
『リーナ、避けて』
「ん? ――あっ」
リーナは、賄いを食べるのに夢中で、その二人に気づいていなかったため、アンドロイドの右腕辺りに軽くぶつかってしまった。
「うわっ」
尻もちをついたリーナだが、右手に持っていた串は死守した。
ガシャン、という音を立てて、アンドロイドも尻もちをついた。
いったーっ、と顔をしかめるリーナを尻目に、ジーンはアンドロイドの右手をつかんだ。
『ぼくの連れがごめんね。立てる?』
そう言ってジーンは、頭からプロペラを出して、手を握りながらゆっくりと飛び上がる。
アンドロイドも左手を地面について立ち上がろうとするが、「ギギッ」という音がして、座りこんでしまう。
『えっ、もしかしてどこか壊れた?』
「いえ、これは元からです」
アンドロイドの体が少し震えだし、左足で踏ん張って右足をかばいながら立ち上がった。
「あたしのせいで壊れちゃった?」
リーナが心配そうにアンドロイドを見上げる。
「ううん、多分元々調子悪い箇所だから、あなたのせいではないですよ。こちらこそごめんなさい。ケガはしていないですか」
アンドロイドの隣に立つ少年が心配そうにリーナをのぞき込む。
「大丈夫」
そう言うと、どうしようかという目で、リーナはジーンを見た。
『リーナには気をつけるように言うね。できれば早いうちに検査を受けたほうがいいと思う。それじゃ』
地面に降りたジーンは、プロペラをたたみ、先にタイヤでゆっくり走っていく。
「待ってよー」
リーナがそれを追いかける。
リーナとジーンの背中を見つめていた二人は、手をつないでお祭り会場を島の方へ歩いていった。
2へ続きます。




