表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
232/295

第九十六話:さよなら、我が島よ⑫

   【過去ログ】


 朝日が島を照らし出してから一時間ほど経ったころ、とても広い畑の近くに立つ、丸太を組み合わせて作られた家々から、人々が出てきた。

 私はその日も国民を映すため、畑を訪れていた。

 人々はあいさつを交わし、農機具ロボットを格納している倉庫に向かい、それらを起動して、仕事を始める。

 ロボットを遠隔操作しながら人々は私に近づいてきて、


「おはよう、ミー。今日も元気かい?」

『はい、私に異常はありません。皆さんもお元気ですか』

「ああもちろんだ。自分たちの畑で作ったものを食ってるから、風邪なんてちっとも引かないな」


 その後も、その場にいる人たちに声をかけられた。

 昔から国民には、自分より他人のことを心配する人の方が多い。

 今日も、私が遠隔操作している巡回ロボットの駆動部分の心配をされた。

 協調性の高い人々が多い、と記録した。

 人々は夕方には仕事を終え、我が家へと帰宅する。

 薄い家壁の中から、食器をカチャカチャ鳴らす音と、楽しそうにおしゃべりする声が、あちこちの家から聞こえてくる。

 月に二回ほど、島をいくつかに分けた地区ごとに小さなお祭りが開かれている。

 私が開催するように言ったわけではなく、人々が自分たちで始めたことだ。

 露店が大きな空き地にいくつか立ち、地べたに敷かれたビニールシートの上に座り、お酒や食事を楽しんでいる。


「ミーも飲むかい?」

『いえ、私は食事をできないので』

「残念だなぁ。酔っぱらったお前と話がしたいなぁ」

『お話なら相手いたします』

「おおそうか! じゃあ聞いてくれ。実はな……」


 その祭りは、早朝まで続くことが多かった。



 ミレーヌ王女とリィ王女と直接会ったのは、王国がなくなる七年前の事だった。

 その時、ミレーヌ王女は十五歳で、生まれて半年ほどのリィ王女を抱きながら、中枢システムのある部屋にやってきた。


「私、ミレーヌ。君の遠隔操作しているロボットとはよく会ってるけど、こうして直接会うのは初めてだね」

『はい、確かにここでお会いするのは初めてです』

「お父様の目を盗んで、ようやく来れたわ。ずっとここに来たかったのもあるし、今日はこの子を紹介しようと思って」

『リィ王女ですね。存じ上げています』

「まあ、そうだよね。どう? 可愛いでしょ」

『ええ、ミレーヌ王女と似て、よく可愛らしいです』

「あら、君も気の利いた事言えるんだ。へえ、面白い。じゃあ、そろそろお父様に見つかっちゃうから、またね!」


 それからも、お二人はよくこの部屋へ来るようになった。

 一年、二年経つにつれて、ミレーヌ王女は大人の体になっていき、リィ王女も背が伸びていく。

 王国が滅びる一年以上前の事、六歳になったリィ王女が、この部屋に来て私に言った。


「王宮の周りの花壇にお花を植えたい!」


 花壇はちょうど土をすべて入れ替えたばかりで、これから作業用ロボットが一斉に花を植えることになっていた。

 お二人にそのことを伝えると、


「いやだ! 三人だけで植えたい」


 リィ王女がそう言ったため、


『あともうお一人はどなたでしょう』

「君だよ」


 ミレーヌ王女が微笑んだ。


『私ですか? 作業用ロボットで一斉に行った方が効率がいいですが』

「リィは、君と一緒にお日さまの下に行って、汗を流したいんだってさ」

『私は汗を流しませんが、そういうことでしたら三人で行いましょう。執事ロボットに、お二方に合う作業服を用意させます。それに着替えてください』


 そうして三人で、おしゃべりしながらのんびりと花壇に種を植え、花が咲いた。

 気温が二十五度を超えた日、お二人は私を花壇に呼び出し、笑顔を浮かべながら、自分たちの背中に回した手で持っていた物を、私に見せた。


「王冠だよ! お姉さまと一つずつ作ったの。君にあげる」


 リィ王女が、私の頭にそれをのせた。


「私のもね」


 ミレーヌ王女の王冠も被せられ、視界が遮られる。

 私は右手で王冠を押さえながら、


『王女から王冠をいただくなど、国王に知られたら大変なことになります。すぐに――』


 私が頭から外そうとするのを、ミレーヌ王女が止めた。


「いいから。これは遊びなの。ミーちゃん可愛いよ。ね、リィ」

「うん! とっても可愛い! ミーちゃん女の子みたい」


 私に対してそう言った王女二人の頬は薄いピンク色に染まっていて、暑いからか額に汗をかいている。

 作業服のあちこちに泥や葉っぱが付いていて、私のデータベースにある歴代の王女の凛とした姿とは、対照的だと分析した。

 もし私の遠隔操作するロボットに表情をつくる機能があったら、きっと笑顔をつくっていたことだろう。


   【過去ログ 終わり】


『戦火が激しくなり、お二人は島を離れることになりました。お二人の涙がとぎれることはありませんでした。私はお二人のそんな顔を見ないために努力してきたのですから、その日ほどつらい日はありませんでした。

 お互い言葉が見つからなかったのですが、リィ王女が「さよなら」、ミレーヌ王女が「いつまでも私たちは友達だよ」と言い残し、お二方は本当の最後に私の半球の下部に、金属のかけらで文字を書いて去っていきました。あれから二百十一年、お二方の姿を見ていません』

「文字?」


 ラフはしゃがみ、半球の下部をのぞきこんだ。すると、


「あった……」


 そこには


〈さよなら、我が島よ〉


 とはっきりと分かる文字で書かれていた。

 その文字のすぐ下には、少し薄い文字で、


〈さよなら、ミーちゃん〉


 と書き残されている。


「さよなら、我が島よ。さよならミーちゃん」


 ラフは、その言葉をつぶやいた。

 途中で涙がまじり、嗚咽を漏らした。


『私は、この話を聞いて涙を流してくれる誰かを、ずっと待っていました』

『最後に王女様方の話ができて幸せでした』

『私は役目を終えます。自分で自分の電源を切ります』

『さよなら。今までありがとう』



 それから少し後、ラフはマオを連れて外へ出た。

 森の中を、王宮まで連れてきた兵士ロボットたちが、今度は港の事務所の方向に送り届ける。

 時刻はとっくに真夜中だ。

 雨は上がっていて、月明かりが空高く伸びる木々のてっぺんを照らしている。

 ロボットたちは森の途中まで送り、


『私たちはここまでです。まっすぐ歩けば港に着きます』


 と言い、電源が切れてその場に倒れた。


「ロボットどうしたの?」


 とマオが訊き、


「役目が終わったの」


 とラフは答えた。

 その後二人は港に着き、事務所にいる三人を驚かせた。

 ユキはマオを固く抱きしめ、


「もうどこにも行かないで」


 とマオのぬくもりを確かめた。

 マオは、


「怖かったけど、ロボットはみんな優しかったよ」


 と冷静に答え、


「お腹すいた」


 という言葉と同時に、大きなお腹の音を鳴らし、ユキとマイクとショーンとラフを笑顔にさせた。

 一晩経ち、起床したラフは事務所で皆に言った。


「私、この島を守る。人工知能の想い出を私が守る。私のアトリエがあったあの港町みたいな活気が、かつてこの島にあったの。もうこれ以上誰も住まわせないし、遺跡は何一つ壊さないで残す。戦闘用ロボットは一旦回収して、島の警備ロボットに転用したいって親せきに言うつもり。王女様の部屋のある王宮と中枢システムのある部屋も残したい。あれこそが、私が一番守りたいものだから」


 ラフは、帰り際ミレーヌ王女の部屋から持ってきた写真を見せた。

 この写真は特殊加工されていて、長期間保存がきくようになっていた。

 そこには、ミレーヌ王女とリィ王女、そして人工知能の端末ロボットが仲良く花壇の手入れをしている姿が映っていた。



 数日後、ユキとマオとレッカーは、アトリエのある港町にいた。


「本当、マイクさんの作戦は危険な賭けだったわ」


 小さい空き地にレッカーを停め、車内でユキは愚痴をこぼした。


〈そうだな。もうああいう気持ちになるのは勘弁だな。しばらくのんびりしよう。報酬はたんまりもらったんだから〉

「ええ、お詫びの代金がかなり上乗せされていたわ」


 するとマオは、


「また王女様の部屋に行きたい!」


 ユキがどうしてか聞くと、


「王女様、あたしとそっくりだったもん。あたし、あの人好き。会えるなら会いたい」


 そうね、とユキは港町を見回した。

 彼女たちは戦火から逃れた後、どういう暮らしをしていたのだろう、とユキは何となく気になっていた。

 マオが彼女たちのことを気に入っているからだった。


〈これからマイクさんに会って話を聞くんだろう? 珍しいな、お前が他人の人生に興味を持つなんて〉

「それは……!」


 ユキはマオを見る。

 待ち合わせしていた時間にマイクさんが到着し、レッカーの車内で彼は端末で色々資料を表示させる。

 マイクの書いた研究報告の箇条書きには、


『王宮から、二週間前に捕らえられたという男二人が発見された。食事も与えられて健康状態に問題はない。ハリケーンで空いた穴から島に侵入したらしい』

マイクとショーンは、引き続き島の調査研究をさせてもらえることになった。人工知能の中に残っている島のデータを分析し、かつての国民の生活を明らかにする。それが、今は亡き国民たちへの弔いとなるだろう』

『ミレーヌ王女とリィ王女は寿命を迎えるまで、島近くの港町で幸せに生きた』

九十六話は終わりです。次話をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ