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第九十六話:さよなら、我が島よ⑪

 マイクのその言葉を聞いて、耳を疑ったショーンが、


「危険ではないでしょうか。この島の持ち主とはいえ、ラフさんは一般人です。プロである制圧部隊の到着を待つべきでは?」


 その指摘に、ユキも一回うなづく。


「確かにその作戦もある。だが、部隊が乗りこめば、確実に戦闘になる。二人が巻き込まれるかもしれない。穏便に話が進むならその方がいいだろう」

『つまり私に、そのシステムのある所に行って停止させろってこと?』

「はい、そうです。システムの停止の仕方は調べたデータの中にありました。その方法をラフさんの端末に送れば、できるはずです。おそらく、あなたを王女と思っているなら、システムも言う事を聞くかと思われます」


 今度はユキが口をはさむ。


「マイクさん、それは研究者としてはふさわしくない、希望的かつ感情的な作戦だと思います」


 それを聞いたマイクは、


「そうだと思います。しかし、この港で殺害することをせず、無傷で二人を誘拐したシステムには、きっと考えがあるのだと思います。さっき言った通り、銃撃戦に二人が巻き込まれる恐れがありますし、それを解明しないまま、制圧部隊にシステムが破壊されるのは、研究者として我慢ならないのです」


 ユキはだんだん、この研究者が本当に二人を助ける気はあるのかと思い始めてきた。

 彼女がマイクに文句を言おうとした時、


『分かった。私、やるよ。電源切りに行く。だって、二百年間ずっと王女たちの帰りを待っていたんでしょ? かわいそうだよ。この手で終わらせられるなら終わらせたい。島の持ち主ってだけじゃなくて、機械を使う側の人間としてね』

「で、でもそれじゃマオが危険に……」


 ユキが不安そうに言う。


『マオちゃんはこの部屋で待っててもらう。執事ロボットが守ってくれるだろうし、どうせ私が一緒にいても、銃撃戦からマオちゃんを守れるか怪しいし。こんな細い腕じゃあね』


 ラフが端末の向こうで苦笑する。

 ユキは悩んでいた。銃撃戦、はたまたシステムを停めに行く、どちらにしても危険がある。

 ただ、自分で助けに行ったとしたら、敵の機銃掃射を食らって壊れる可能性の方が高い。敵はこの島で戦い慣れているようだった。

 それに、ユキも二百年の間ずっと主人を待ち続けた人工知能に、何も思うことがないわけではない。

 マオを連れ去った奴らとしか思えていなかったが、そう考えると……。


「分かったわ。ラフさんはシステムを停めに行ってください。その代り、マオには部屋の一番安全なところに隠れてもらってください」

『うん、分かった。マオちゃんにはちゃんと言う事を聞いてもらう。私も命が惜しいから、命を懸けてとは言えないけど、最大限マオちゃんを守れるように努力する。この部屋にマオちゃんがいることを制圧部隊に教えたら、もしかしたらここで銃撃戦をするのを避けてくれるかもしれないし。マイクさんに調べてもらって、データを送ってもらえばいいんじゃない?』

「ええ、それでいいわ。お願いします」


 ユキが引き下がったのを見て、マイクが話を代わった。


「ではラフさん、これから作戦内容と中枢システムに向かう経路、停める手順を送ります。もし端末の電池が大丈夫なら、通話したまま作業しますか?」

『うーん、微妙かも。あまり電波の良くないところで通話してるからかな。電池の節約のために、経路はロボットに訊いてみる。一旦切ってもいいかな』

「はい、ロボットに疑われると良くないので、僕からは連絡しません。適切な時に、ラフさんから連絡してください」

『分かった』

「それではさっそく、作戦を始めます」




「マオちゃん、私、勢いでとんでもないこと言っちゃった気がする……」


 通話を終えたラフは、大きなため息をつき、ベッドで隣に座っているマオの肩に手を置いた。


「二百年ずっと主人を待ち続けた人工知能って聞いて、何か創作脳に火が付いちゃったというか。話しできるならしてみたいって思っちゃったんだよね」


 マオは、彼女が何を言っているか分からず、首をかしげる。


「大丈夫! マオちゃんはこの部屋で待ってて。いざとなったらあの衣装ダンスの中に隠れていて」


 ラフは大きな衣装ダンスを指さす。

 マオはこくりとうなづいた。


「いい子」


 ラフは立ち上がり、緊張した面持ちで歩いていき、ドアの前で立ち止まって軽くノックする。

 五秒後、


『はい、お伺いいたします』


 ドア越しに、執事ロボットのくぐもった声が聞こえてきた。


「人工知能のところへ行きたいの。案内して」

『先ほども申し上げましたが、外は敵が多く危険です。私どもで守りますので、この部屋で待機なさることをお勧めします』

「会いたいの! 行って話したいことがあるの。直接。あなたを介して伝えるのもダメ」

『…………かしこまりました。警備の者を二体付けます。行かれるのはミレーヌ王女様だけですか?』

「うん、そう。だからあなたは、部屋の前でマ……リィを守って」

『承りました。今ドアを開けます』


 ドアが開かれ、執事ロボットが姿を見せた。


「案内して」

『こちらです』


 執事の隣には、二体の兵士ロボットが立っていて、兵士が先導していく。


「行ってくるね。大人しく待っててね」


 ラフが小さく手を振ると、


「うん……」


 不安そうな顔で、ドアの陰から顔だけ出して彼女を見送った。



 二体のロボットはラフに急かされて早足で建物の中を移動していく。

 途中でエレベーターに乗り、下層へ移動する。

 地下十階で止まり、ドアが開かれ、兵士は狭くて無機質な廊下をまっすぐ進む。

 そして、つきあたりに大きな横開きのドアが見えた。

 ドアの上部にカメラがいくつも取り付けられてあって、それらがラフを映し、侵入者でないか確認している。


『お入りください』


 三~四十代ほどの優しい女性の声が廊下に響き、ドアが開いた。

 先導していた兵士が横へ下がり、それぞれ片手で、入室するよう促す。

 廊下から中は、真っ暗で何も見えない。

 ラフは大きく深呼吸すると、ゆっくりと中へ入っていった。

 兵士を廊下に残して、ドアが閉まり、中の電気が点けられた。

 ミレーヌ王女の自室の三倍くらいある部屋で、一番奥に防犯カメラの映像を映し出す画面がたくさんある。

 ただ、大半のカメラは壊れているか機能していなく、真っ黒な画面ばかりだ。

 部屋は冷えきっていた。室温は十五度前後しかない。

 先ほどまで暖かい部屋にいたラフは、少し身震いした。


「寒いだけじゃないのかも……」


 ラフは、緊張や好奇心からくる震えもあるかもしれない、と思った。

 部屋の中には、かつて王族たちが会議するのに使っていたテーブルや、様々な場所に近道できる通用口がいくつかある。

 そして部屋の真ん中に、半球の物体があった。

 直径一メートルほどで、分厚い装甲板に覆われていて、中身を見ることはできない。

 ラフはそれに近づいていき、観察する。

 特にボタンや画面もないが、その天井に音が出るスピーカーがある。

 するとそこから、さっきと同じ女性の声が聞こえてきた。


『お待ちしていました。ミレーヌ王女、いえラフさん』


 女性の音声が自分の名前を言った瞬間、ラフの全身に鳥肌が立ったが、すぐにため息をついた。

 マイクさんが、自分たちを別人だと知りつつ誘拐した、という話を思い出した。


「分かっていたの……」


 ラフは観念したように言った。


『もちろんです。島のあちこちに仕掛けられているカメラで、あなた方を観察していましたから』

「カメラ……。二百年前に滅――」


 ラフは慌てて口をつぐむ。滅びたなんて言ったら何をされるか分からない、と思ったからだ。


『国が滅びた後も、虫と同じくらいの大きさの極小ドローンを派遣し、動画と音声を撮れるカメラの修理を継続していました。人間と同じ大きさのロボットが出入りできる場所が、土砂などで埋まってしまったからです。ただ、とても効率が悪いうえ、雨風などで壊れてしまうこともあったため、機能しているカメラはさほど多くありませんが。最近ようやく、作業用ロボットが通れる穴が開いたのです』

「さっき会った兵士ロボットや執事ロボットは、私たちのことを本当の王女だと思ってたみたいだけど」

『私がウソの情報で彼らの持つ情報を上書きしました。彼らの人工知能では、私の意図を理解することは難しいですから』

「……意図? 何をするつもりなの?」

『王国の復活です』

「……」

『ラフさんとマオさんがそろってこの島を訪れたのは、私にとって奇跡のできごとでした。とても良く似たお二人が来られたのです、王女がご帰還なされた、と思いたくなりました。しかし、私の分析能力は優秀なので、あなた方が全く別人なのは分かりましたし、それに二百十一年経った今、ご存命なわけがないとも分かっております』

「私とマオちゃんを連れてこれれば、王国が復活できるとでも?」

『いえ、それは不可能です。国民がいませんし、敵から守る武力も少ない』


 この人工知能は一体何がしたいのだろう、とラフは頭が混乱してきた。それよりも、


「それで……私とマオちゃんをどうするつもりなの?」


 この部屋のドアは開かれている。ダッシュすれば廊下に出られるかもしれない、と彼女は後ろをちらっと見て分析する。


『何もしません。私の気が済んだら、安全にお返しいたします』

「……どういうこと?」

『私は夢を見たかったのです。王国の復活を目指して動いていれば、きっとあの頃の賑わいを取り戻せると思いたかったのです。しかし、もちろんそんなの無理です。もう国は滅びてしまっているのですから』


 人工知能はそう言うと、床に映像を再生し始めた。


「うわぁ! なにこれ。床に映像が! えっ、一体どこから映してるの?」

『この辺りの床は元々、王族方との作戦会議に使われた、特殊な床です。大きな画面になっていて、内部から映像を映せるのです』

「これは、昔の国民たち……? 農作業してる……」

『はい、仕事に励む国民たちです。私はロボットやドローンを使って、島や国民の様子を事細かに記録し続けてきました。今からその概要をあなたにお見せします』


 ラフは人工知能の解説を聞きながら、映像を見始めた。

12へ続きます。次が九十六話のラストです。

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