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第九十六話:さよなら、我が島よ⑩

 ユキとマイクとショーンは、事務所に戻った。


「ラフさんのご親戚の方に連絡を取り合い、やはり救出作戦は警備隊と警察が到着してから行う事となりました」


 ショーンが、窓の側の壁に寄りかかって横目で外を見ているユキに言った。

 彼女が見ている方角は、マオとラフが消えた森の方角だ。

 港に明かりはあるが、節電のため全て消されている。

 雨足が強くなってきて窓に打ちつけていて、風でガラスと窓枠がガタガタと音を立てる。

 外にあるはずの森は暗闇と同化していて、その境目がどこなのか、ロボットであるユキにも判別は難しくなっていた。


「分かりました」


 沈んだ声で、ショーンを見ずに返事した。

 マイクは自分の端末を操作して、所属する大学から送られてきたデータを、分類別にフォルダ分けしている。

 彼の眉間には深いしわが刻まれていて、うんうん唸ったりぼそぼそと独り言を言ったりしながら、データを分析し続ける。

 彼女に声をかけた後、ショーンは台所へ行き、コーヒーを淹れ始めた。

 ユキは、玄関近くにある傘立てから一本のビニール傘を取り出し、ドアを開けて外へ出て、傘を差した。


「どこへ行くんで――」


 ショーンの言葉は、閉められたドアと強い雨音のせいでかき消された。

 ユキは右手で傘を持っていたが、風でバタバタとビニールが大きくはためき、すぐにひっくり返ってしまった。

 彼女の着ている作業着は、あっという間に大量の雨水を含んで重くなり、ショートヘアーの髪の毛が顔にべっとりと張り付く。


〈ユキ……〉


 傘を捨ててうつむくユキに、レッカーはなんと声をかけていいか分からず、名前を呼ぶことしか思い浮かばない。

 彼女は無言で運転席のドアを開けて車内に入り、ハンドルの前に座った。

 エンジンのかかっていない車内にはラジオも音楽も流れていなく、雨と風の音しか聞こえてこない。

 ユキは、前のめりになってハンドルを抱きかかえ、目を閉じた。

 座席のシートはぐっしょりと濡れ、ハンドルの淵にいくつもの滴が伝って下に流れていく。

 それはまるで、ハンドルが泣いているようにも見える。


〈玄関先で教授たちが心配してる〉


 レッカーが報告する。


「ええ」


 ユキはだるそうな声で相槌を打つ。


〈俺は何もできなかった。マオを連れていく奴らの足止めすら叶わなかった〉

「ええ」

〈もし俺に武器が付いていたら、とさっきから考えていたが、あの兵士のようなロボットにかわされて終わりだったかもとも思っている〉

「ええ」

〈俺たちはマオの保護者でいたつもりだった。でも、いざという時にあの子を守れなかった。人間だったら、自分の身を盾にしてでも子を守るかもしれない。だが、俺は敵の機関銃を見た瞬間、詰んだと感じた。これを恐怖というのかもしれない。人間的に言うのだったら、『身がすくんだ』かな〉

「レッカーはわたしやマイクさんやショーンさんの盾になってくれたじゃない。それだけでも十分よ」

〈マオを手放してしまったのだから意味がないだろうが!〉


 珍しく声を荒らげたレッカーに、ユキは返す言葉がすぐに見つからない。


〈すまない。お前に八つ当たりしても、それこそ意味がないな。…………こうなった以上、気持ちを切り替えようじゃないか〉

「…………ええ、そうね。二日後に突入部隊が到着するそうだし、それまで待った方がいいわね」

〈ああ、俺たちは戦いに関しては素人だ。闇雲にマオの所へ行くのは危険だ〉

「行くのはやめるわ。……そろそろラフさんの端末に連絡を取れるかしら。ちょっとショーンさんに聞いてみるわ」


 ユキはレッカーから降りて、彼女を心配そうに見ている彼に、連絡できるか聞いた。


「頃合いかもしれませんね。すぐに連絡とってみます!」


 彼が事務所の中に入ったため、ユキもすぐに後へ続く。

 彼女は、全身が濡れていることなど気にせず、王国の資料を調べているマイクの隣で端末を操作しているショーンを見守る。

 十秒ほど経った後、ショーンの持つ端末から、


『ショーンさん!?』


 ラフの驚いた声が聞こえてきた。


「そちらはどこですか。おケガはありませんか」


 ショーンが尋ねる。


『私もマオちゃんも無事。あ、いや訳あって私は目まいがしてるけど、それ以外は大丈夫』


 少し元気のない声だが、ラフははっきりと話している。


「マオは!? マオはそこにいますか!?」


 ショーンの端末に、ユキが強引に割り込んだ。


『お姉ちゃん……? 聞こえる……?』


 探るような声色でマオがしゃべる。


「聞こえるわ! 大丈夫? どこも痛くない?」

『痛くないよ。でもお腹すいた』

「……ああそうね。もう晩ご飯の時間だものね。ご飯は出してくれそう?」

『……分かんない』


 今度はショーンが尋ねる。


「お二人が今いるのはどこですか?」

『洞窟の中をずーっと進んでいったところにある、何かすごくいい所のお嬢様の部屋みたいな所に閉じ込められてる。本当にどこなんだろう。あ、というか、端末の電波通るんだ……』


 データ分析を行っていたマイクが顔を上げて言った。


「もしかしたら、王国の中枢部にある王族の住みかかもしれないね」

『……そういえば執事のロボット、私とマオちゃんのことを、ミレーヌ王女、リィ王女って呼んでた。本当にそうかも』

「実は先ほどから調べているデータによれば、この島にあった国の最後の王女の名前が、それぞれミレーヌとリィだったらしい。仮説だが、君たち二人が閉じ込められているのは、人工知能のある中枢システムに一番近い部屋の一つ、王女様の自室だ。君たちは、もしかしたら王女様と勘違いされて連れ去られたのだろう」


 それを聞いたショーンが、


「マイクさん、確かにその仮説は立てられますが、伝承によればこの国の人工知能はとても高性能だったとか。そんな物が、いくら酷似しているからって、赤の他人を連れていきますか?」

「ショーン、僕の仮説はまだ百パーセントではない。人工知能が何を考えているのかは分からない。経年劣化のせいで勘違いした可能性もあるし、別人だと知っていて連れ去ったか」

「知っていて、ですか?」


 ユキが尋ねた。


『王国の復活を企んでいる、とか?』


 端末越しにラフが言った。

 大人全員が息を呑み、少しの間沈黙が流れる。


「なるほど。さすが芸術家。発想がすばらしい。いや、皮肉ではなく、僕の素直な感想です。さきほどからデータを分析していても、奴らの意図がどうしてもつかめないでいました。その線もなくはないですね」

「王女二人が戻っただけで、王国が再建しますかね」


 ショーンの疑問に、


「考えにくいな。国が滅びて二百年経っても戦闘用ロボットを現在まで維持しておける工業力はあるのだろうが、それだけで一つの国を築き直すのは難しいだろう」


 マイクが冷静に分析する。


『直接ロボットに訊いてみるのはどう? 私たちの言う事なら何でも聞いてくれるみたいだし』


 ラフの指摘に、


「一考の余地はありますが、少しばかり僕に準備する時間をください」


 マイクが緊張した面持ちで言う。


『準備って? 何をするの?』

「ラフさんに、この国の中枢システムを停止してもらいたいのです」



11へ続きます。

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