第六話:最強の二人①
オープンカフェの席と店内の間を、女性ウェイターの格好をしたロボットがせわしなく動き回っていた。
午後の陽光が柔らかに降り注いでいる。日が昼間よりは傾いてきているから、暗くなりがちな店内にも太陽光線が斜めに差しこんでいる。店はたっぷりと太陽の恵みを取り入れる造りになっていて、日差しの強い期間に設置される屋根は取り外されていた。周りに太陽をさえぎるくらい高い建物の無いことが、このお店が好条件な立地であることを物語っている。
大通りに面しているものの、車は数えるほどしか通らない。クラクションも聞こえない。その車に乗っている人はいずれも休日を楽しむ人々で、郊外にある遊園地やショッピングセンターが目当てだ。一家四人で歌を歌い、年寄り夫婦の静かに微笑みながら昔話に興じる姿などを、赤信号で止まる車の中に見ることができる。
ただ、それらとは反対側にそびえ立つ標高二千メートル級の山脈の方に向かう車はほとんど見られない。その山の向こうには土壁でできた家に住む人々の国があって、経済格差の問題が深刻であると、この国で有名な地図の説明にある。
カフェに、二人の少女が来店した。一人は作業着を着ていて、背は百六十センチを少し過ぎたくらいで、ショートの黒髪を揺らしている。歳は十四ほどだが、大人に見られることもある。一方、真っ先に席を決めてイスに座ったのは、五、六歳くらいの少女だ。お手製の毛皮のコートを羽織っている。ただ、今は脱いで背もたれに掛けている。コートの下は、クリーム色のセーターに紺色のジーパン。背中まで伸びている黒髪が踊るように振られている。周りをキョロキョロと見回しているのだ。セーターの少女が座ったのは、カフェの席の中でもはじっこに位置する所だった。
「いらっしゃいませ」
席の間を忙しく歩き回っているものと見た目が全く同じのロボットが、店の中からやって来て二人におじきした。顔は一目で機械だと分かるタイプだった。ウェイターロボットは、両手で大事そうに抱えるメニュー表をテーブルのちょうど真ん中に置いた。向かい合って座る二人に見えやすいよう、横向きにしてある。
「ご注文が決まりましたら、側を通る私共に声をおかけください」
最初と同じ角度で再びおじぎすると、元来たように店内に戻っていった。店の奥で作られたお手製ケーキをトレイに載せて外まで持っていく。二十代くらいの女性二人の所に、それぞれ置かれた。ちらっと見えたが、いちごショートとチーズケーキだった。二人とも、頬を赤らめてそれらの登場を喜び合っている。ただ、セーターの少女マオは彼女たちのケーキには目もくれず、自分の手元に持ってきたメニュー表を真剣な表情で凝視していた。
「いつにも増してじっくり考えてるわね。食べたいものがいっぱいあるの?」
作業服の少女ユキは頬杖をつきながら尋ねる。自分はロボットで何も食べる必要が無いから、この時間はマオがおやつを食べ終わるのを待つだけだ。その代わり、二人でお話したり辺りを詳しく観察したりして時間を潰している。
「そうだけど、どれが安くて一番おいしそうか見てるの。どうせ高いやつはダメなんでしょ?」
いつものことのようにマオは不満そうに言った。良く言えば倹約家、悪く言えばケチケチなお姉ちゃんのことはもう学習済みだ。どの品を選べばユキに断られるかはだいたい分かるようになってきた。
「ふふっ、実はマオに大事なお知らせがあるのよ」
「え、なあに?」
突然ニヤけ出したユキに、不信感のにじむ声を出した。
「なんと、今日は自由に好きなお菓子を食べていい日なの! だから、何でも一つ注文していいわよ」
人差し指を立てて自慢げに言うユキ。
「うそ!? 本当に? どうしてどうして?」
「何でなのか、聞きたい?」
「うん、うん」
激しく首を縦に振った。
「ついさっき鋼材を取引しに行ったでしょ。見慣れない種類だったからとりあえず持って行ったの。そしたら、かなりレアな金属だったのよ。火山地帯で数多くの条件を満たさないとつくられないものらしいわ。その価値を知らない業者が私に安い値段で売ってくれて、そして高い値段で買い取ってくれたから、その差額でかなり儲けたの。分かった?」
「ううん」
今度は首を横に振った。きょとんとした顔をする。「でも、お金をいっぱい持ってることは分かった」
「それさえ理解してくれればいいわ。とりあえず、何でも頼んでいいの。例えば、こんなやつでも」
ユキはメニュー表にデカデカと載っているパフェを指さした。アイスクリームをベースにポッキーやフルーツをトッピングしている。普通と同じくらいのサイズだが、食材はどれも高級なものらしい。値段はそれの三倍はある。
「えー、いっぱい食べたいよー。これがいいな」
右隅にある品を指さして見せてきた。どれどれ、と覗きこむ。「二人で仲良く食べよう!」と手書きのPOPで書かれている。クッキーなど、子どもが好きそうなお菓子を乗せるだけ乗せたようなものだった。値段は普通サイズの一.五倍する。子どもどころか成人女性でも途中で音を上げそうな量だが、マオなら全て平らげてしまうかもしれない。お金には余裕があるから、何を選んでも問題は無い。ここは彼女の意見を尊重した。店員さんを呼んで注文した。
お客さんが多いからか、十分ほどかかってマオがじたばたしそうになってようやく二人の目の前に品が置かれた。以前に手に入れたカメラで撮ってから、マオはパクついた。口に入れすぎたクリームと共に、満面の笑みもこぼれた。ユキはペーパーで拭き取ってあげた。
お腹をポンポンと叩きながら助手席に乗るマオを確かめると、ユキも荷台付きクレーン車の運転席に座った。ドアを閉めたとたんにエンジンがかかる。クレーン車が自分でかけたのだ。
二人ともシートベルトをすると、勝手に路肩から道路へとゆっくり走り出した。
「ねえねえ、これからどうするの?」
マオは何も思い残すことなど無いという風に笑顔を向ける。
「今日は久しぶりにホテルに泊まるわ。いつもレッカーの中で寝泊まりは飽きるんでしょ? 私は鋼材を取りに行った時転んじゃって、シャワーを浴びたいから」
「さんせー!」
右手を突き上げて喜ぶマオに、ユキは微笑んだ。
「ん? マオ、レッカーがすねてる。そんなに寝心地悪かったかって」
ユキは苦笑しながら、自動で動くハンドルを手の甲でコツコツと叩いた。
「そんなこと無いよー。レッカー大好きだよー」
マオは口の横に手を当てメガホンの形をつくり、床に向かって愛のエールを送っている。
「ありがとう、だって」
ユキの解説が入る。レッカーと呼ばれたクレーン車が若干スピードアップしたのは、さらに広い通りに出ただけが理由ではない。
目的地はあらかじめレッカーに伝えてあるので、ユキは街に入った時に買った地図を広げてホテルにチェックインした後どこを見て回ろうか考え、マオは辺りの写真を所構わず撮りまくり、思い思いに過ごしている。ユキが体に異常を感じたのは、ホテルまで一キロの地点の赤信号だった。
「……燃料が切れてきたかも」
ユキは自分の胸の辺りを擦った。燃料というのはレッカーのものではなく、彼女のそれのことだ。彼女の燃料電池はそれなりに長時間使えるが、それでもいつかは替えなくてはならない。ちょうどロボットが働いている街に来ているのだ。この辺で買っておいた方がいいだろう。
「レッカー、運転変わるわ。地図は覚えたから、ちょっとお店まで付き合ってね」
オッケーとレッカーは答えたが、写真を撮っていたマオは、カメラを大事そうに持ちながら不思議そうな顔をお姉ちゃんに向けた。
ユキが足を踏み入れたのは、街でも有数な大きさを誇るショッピングセンターだった。外面は、空に向かって真っすぐ伸びる高層ビル型で、辺りの建物に溶け込むかのような灰色の塗装の壁だ。だが、高さはこのビルが抜きんでている。ショッピングセンターは六階までで、それより上はオフィス、マンション、ホテルになっている。
目的のお店は三階の家電コーナーだった。主力商品はロボットのようで、お掃除ロボットが特に多く展示されている。ロボットが家電扱いされていることに、ユキはいささか不満気だ。ロボットだって人工知能があってちゃんと生きているのだから。でも、そんなことをいちいち口に出すことはしない。
電池は、エレベーターから出てまっすぐ進んですぐの所の棚に吊るされていた。ユキの探していた水素電池は棚の真ん中あたりにまとめられている。彼女は中くらいのサイズを一つ手に取った。そして周りの商品には一切目もくれずに、レジへ向かった。マオを連れているから、あまりうろついていると何かねだってくるかもしれないからだ。
レジは四角に囲まれた空間に対になるように置かれている。手前側が混んでいるので、向こう側に並ぶことにした。ユキたちの一つ前には、スーツ姿のおじいさんが立っている。
「お姉ちゃん、新しい電池を買ったら、古い電池は捨てちゃうの?」
マオはユキの胸の辺りをじろじろと見ている。視線は気にせずポケットに入れている財布を取り出した。
「そんなことないわ。これは予備として持っておくの。電池が切れたら取り替えるつもり。今は片方の電池だけ切れてきてるだけだから」
「ちょっといいかいお嬢ちゃん」
突然、前に並んでいたおじいちゃんが振り返って彼女を凝視し始めた。顔だけでなく、胸やお腹、下半身、そしてお尻や太ももまで舐めまわすように見ている。
「あ、あの……、何ですか?」
じりっと少し後退する。マオもそれにならった。ちょ、ちょっと待ってくれ、とおじいさんが慌てて首を横に振る。
「かん違いしないでくれ。僕はロボット開発者なのさ。この腕時計は、ロボットが近付くと反応する仕組みなんだ。君はそうなんだろ?」
彼は自分の腕時計を自慢げに見せた。
「はい。そうですが……」
ユキは警戒して顔を引きつらせた。見た所頭は良さそうだ。メガネをかけて男にしては小柄な体型で、白衣を着せたら博士に見えなくもない。
「僕は今まで数多くのロボットをつくってきたが、君のような人間と区別がつかないような種類は初めて見るよ。良かったらどうだろう。これから家に来ないかい? 今夜、ぜひお話したい」
「失礼ですが、おじいさんはロボットですか?」
的外れな質問だったのだろう。彼は目を丸くした。
「い、いや、僕は人間だよ」
「ということは、いつも食事をして生きているということですね?」
「もちろんだよ。それがどうしたんだ?」
「実は、この子は人間なのです。良ければ食事をいただきたいのですが。その代わり、出来るだけのことはお話します」
少し考えていたが、たいして時間はかからなかった。おじいさんはこくりとうなずいた。
「いいとも! 女性のお世話は男の仕事だからね。今夜はおいしい食事を用意させよう」
「それでは、よろしくお願いします」ユキは頭を下げた。
頭の上でかわされた二人の会話に、マオは一切ついていくことができなかった。ただ、ごはんが食べられることは分かったので、そのことには喜んだ。
電池を買うと、それを懐に仕舞い、おじいさんに連れられてエレベーターに乗り込んだ。食事を振舞ってもらえるのは嬉しいけれど自分の体を調べられるのかな、と一瞬だけ不安がよぎった。
2へ続きます。




