第九十六話:さよなら、我が島よ⑧
ロボットたちの駆動音が森の中に溶けて消えていく。
その音がまだ港まで聞こえてきている中、ユキはレーザー銃を持ったまま森に向かって駆けだした。
「待って、どこへ行くんですか!」
マイクがユキの背中に向けて叫ぶ。
「マオとラフさんを助けに行くんですよ!」
いつもの冷静さを失っているユキは、威嚇する獣のような怖い顔をしている。
「港の警備ロボットを振り切って逃げているような奴らです。ユキさんが行って追いつけるか、そのレーザー銃で三体とも倒せるかも分からない。そもそもどこに連れ去られたのか分からない。奴らに他にも仲間がいるかもしれない。不確定要素が多い中、闇雲に突っ走るのは時間とエネルギーを消費するだけです」
マイクは冷静に分析する。
「僕からラフさんのご親戚に連絡します。警備ロボットの増援か、あるいは警察を待ってからの方が安全かと思います」
ショーンも言った。
頭から火花か煙が出そうな表情をしていたユキだが、二人の言葉をゆっくりと噛みしめ、徐々にいつもの冷静さを取り戻した。
「……そう、ですね。マオとラフさんを連れ去ったロボットが武器を隠し持っている可能性もありますし」
「ラフさんとマオちゃんを殺すつもりなら、さっきこの港で殺していたはずです。わざわざ連れ去ったのですから、ケガはしていても命は無事だと考えます」
マイクがユキをなだめるように優しい口調で言い、ショーンに事務所の方を指さして、ジェスチャーで連絡を取りに行くように伝えた。
ショーンが走っていくのを見届けたマイクは、ユキに向き直った。
「ぼくはラフさんの端末の連絡先を知っているので、数時間後に連絡を取ってみるつもりです」
「数時間後、ですか? 今ではなく?」
「今も彼女たちはロボットに運ばれているところでしょう。もしその時に端末から音が鳴ったら、壊されるかもしれません。どこかに閉じ込められる時間を見計らって、メッセージを送ると良いかと」
「なるほど……。いつもならそこまで思い至るのに、なぜ……。わたしの人工知能にバグが発生している……?」
「ほう、ユキさんはロボットなのですね。ぼくはてっきり人間かと。でもそのバグはきっと、マオちゃんを心配してのことだと思いますよ。人間だって、いざという時に冷静に物事を考えるのは至難の業ですから」
「それにしては、マイクさんはこんな状況でもそんな分析ができてますね」
「この国は比較的安全ですが、他国の紛争地域にも足を運んで遺跡の調査を行うこともあるので、そこでの経験からです。あとは年の功という奴です」
「……」
「まあ、こんなスキルなんて身につかずにずっと安全に暮らせるほうが、よっぽどいいんですがね」
マイクは苦笑した。
そういえば、とマイクが何かを思い出した。
「あのロボットの一体が確か、『王女発見』と言っていたのが聞こえましたか?」
「……ええ、確かに言ってましたね。それが何か?」
「実はその事で後で事務所でお話が――」
すると、連絡を取ったショーンが二人の所に戻ってきた。
「低気圧が近づいてきているせいで波が高く、ご親戚の方と警察の特殊部隊の到着は、二日後になるとのことです」
ユキは空を見上げた。太陽はとっくに西へ沈んでいて、その方角だけわずかに明るいものの、東の空は真っ暗で、厚い雲が迫ってきていて、強い風が吹き始めていた。
森の中を疾走するロボットの胸の中で、ラフはどうにか自分を拘束しているアームをどけようと身をよじっていた。
だが、ビクともしない。上半身に一本のアームが巻き付いていて、両足ももう一本のアームで縛られている。
一センチも動かせないので、ラフは諦め、自由に動かせる首をひねって、マオを捕まえているロボットを見た。
前方を走っているそのロボットの右側に、マオの足がはみ出ている。
その足首から先をバタバタとして、どうにか逃げようとしているのだが、マオも逃げられずにいる。
そのうち、マオの足もおとなしくなった。ラフからは、諦めたのか気を失ったのかの判断はつかない。
数分前に崖の下を通過した時、一番後ろを走っているロボットが崖に向かって機銃を連射し、土砂崩れを発生させて、追いかけてくる警備ロボットの行く手を阻んだ。
それ以降追いかけてきていないことから、別ルートで追跡してきているか、土砂に埋まってしまったのでは、とラフは考えていた。
どちらにしても、今すぐに助けは来そうにないと彼女は思い、周りの景色を見る。
「森しかない……」
ラフはつい言葉に出してしまった。
崖を通り過ぎてからほとんど景色が変わっていないから、港からのルートを覚えようにも難しい。
太陽はほとんど沈みかけていて、森の中にはたいして光は入ってこなくなっていた。だから、方角を割り出すことも難しい。
二十分ほど経ち、森の中の景色が少し変わった。
「あれは……屋根?」
木々が生い茂る中に、つぶれた木製の家と屋根がある。
それも一つではなく、進むにつれてその数が増えてきた。
かろうじて原型をとどめている車もあちこちにある。
「これってもしかして、王国の……」
遺跡の一つかもしれない、とラフは思った。
ラフには周りの景色を見る心の余裕が出来つつあった。
自分たちを殺すつもりなら、さっきの港で殺しているはず、と思ったからだ。
そう自分に言い聞かせていないと不安に駆られてしまう。
「なんか色々落ちてる」
というマオの声が聞こえた。意識があるのが分かったので、ラフは少し安心した。
王国が滅びたのは約二百年前だとラフは聞いていたから、年月と植林技術の発達で、元々村があったような場所も、ただの森に変わってしまったのかもしれない、と考えた。
建物に使われていたレンガがあちこちに落ちていて、地面をよく見ると、雑草の下に石畳の道がまっすぐ続いているのが分かる。
やがて、人工物が地面に確認できなくなって数分経った時、木々の間に高さ五メートルくらいの崖下が見えてきた。
そこには一部木の根が露出していて、土は腐葉土で色は濃い。
「入り口……?」
崖の一番下に、縦横一メートルくらいの四角い穴が開いている。
三体のロボットは迷う動きを一切見せず、減速した後その穴に横歩きで入った。
ラフは一瞬しか見れなかったが、穴は人工的に掘られたものではなく、雨風などの原因で偶然開いたような感じに見えた。
ロボットの額の部分にライトが内蔵されていて、三体はそれらを点灯させ、地下へと続く下り坂の洞窟をゆっくりと降りていった。
9へ続きます。




