第九十六話:さよなら、我が島よ⑦
レーザー銃を懐にしまったユキは、先にラフとマオを逃がした事務所のドアを開けて中に入った。
「ロボットは破壊したわ」
ユキは冷静にそう言い、事務所をぐるりと見回した。
玄関から入ってすぐ横に、革製のイスが置かれた応接スペースがあり、仕切りも置かれている。
事務所の中にはデスクが二つ向かい合って置かれていて、一番奥には台所と大型冷蔵庫とソファとベッドがある。
人間が数日泊まり込みできそうな設備は整っているようだ。
「もう、ロボットは来ない……?」
ラフの手をつかんだまま立ち上がって、マオは緊張した面持ちで尋ねる。
「ええ、ロボットは完全に壊れたから大丈夫よ」
ユキはマオの頭を優しくなでた。
「一体何があったのですか?」
ラフとマオの横に立つマイクが質問した。
「わたしたちは、ラフさんの家から北に進んだところにある湖のほとりにいました。しばらく過ごしていたら、湖の反対側からロボットがやってきて、追ってきたのです」
どんなロボットでしたか、とショーンが尋ねた。
「かなり旧式のロボット、という印象でした。あちこち外装が錆びていましたから。でも機敏に動いていて、戦闘力は高そうに感じました」
「親せきが管理してるロボットが暴走したのかな……」
ラフが不安そうにつぶやく。
「その可能性もありますね。ご親戚の方に今回の件を連絡した方がいいかもしれません」
ユキの指摘に、「そうだね!」とラフは慌てて、自分の端末で、親せきに連絡を取り始めた。
すると、マイクが一歩前に出て、
「あいさつが遅れました。僕はマイクと言います。大学で教授をしています。こちらはショーンです」
マイクが握手を求めてきたので、ユキはそれに応じた。ショーンとも握手する。
「わたしはユキです。この子はマオ。あのクレーン車はレッカーです。運び屋などをやっています」
お互いのあいさつが終わると、ユキとマイクとショーンは窓の外を見た。
「先ほどユキさんが壊したロボット、ぼくたちも見てもいいですか」
「ええ、どうぞ。念のため、わたしが先行して様子を見に行きます。それでいいですか」
研究者二人はうなづいた。
三人が事務所から外に出ると、
〈あのロボットは完全に機能停止してるぞ〉
レッカーが言った。
ユキは、こくんとうなづき、念のためレッカーの運転席の陰から、そっと向こうをのぞく。
さっきまでモクモクと出ていた煙は色が薄くなり、うつ伏せの姿勢のまま体勢が変わっていない。
レッカーとユキの見立て通り、ロボットは鉄の塊と化していた。
三人はロボットのすぐ近くまで行き、観察した。
ショーンは懐から端末を取り出して、ロボットを色々な角度から写真を撮り始める。
マイクは、
「こんな形式のロボット、見たことないなぁ」
と、自分の端末にこのロボットの特徴をメモしている。
ユキは、腕の機関銃はそこそこ売れるかも、と思っていたがさすがに口には出さなかった。
数分の間、三人がロボットの周りをうろうろしていると、
「親せきの人が、『ロボットの写真を撮って送って見せてくれ』って!」
ラフが端末を片手に持って駆けてきた。
後ろからはマオも一緒に走ってきている。
ラフは三人の元まで来てロボットを見るなり、ギョッとした顔をした。
「でかい……。背丈は大人と同じくらい? こんなのに襲われたら勝てる気がしない……」
そうつぶやきながら、ラフは端末で写真を数枚撮り、親せきに送った。
端末をズボンのポケットにしまったラフは、
「このロボット、ずっとここに置いといても大丈夫かな」
ユキを見て言った。
「下手に動かすと、火花が散って爆発するかもしれないので、このままの方がいいと思います」
ユキが答える。
「うん分かった。じゃあせめてビニールシートを――」
ラフが事務所に戻ってそれを取りに行こうとした時、森から大人と同じ背丈のロボットが三台現れた。
それらは、ユキが仕留めたロボットと全く同じ形式で、彼女たちのいる数十メートル前で立ち止まった。
『脅威を排除します脅威を排除します』
三体のロボットから一斉にその音声が流れ、三体とも両腕の機関銃をユキたちに向けた。
〈みんな早く逃げろ!〉
レッカーが叫んだ時、
『侵入者発見侵入者発見』
港の警備ロボットが数台、事務所の方から猛スピードで走ってくる。
それに気づき、三体のロボットはいずれも警備ロボットの方を向いた。
その間にユキたちは、事務所の裏手に走っていく。
すると、
『王女発見王女発見。保護は最優先事項のため、驚異の排除中断。保護を遂行する』
三体のロボットはバラバラに動いて警備ロボットを交わし、ユキたちを追いかける。
そして、
「うわっ!?」「わっ!」
胴体からさらにアームが伸びて、二体がそれぞれラフとマオを捕まえ、残った一台がユキたちと警備ロボットに威嚇射撃し、森めがけて疾走した。
「マオ!」
ユキが慌てて懐からレーザー銃を取り出して撃とうとするが、マオに当たってしまう可能性もあり、引き金を引くのをためらってしまった。
警備ロボットが後を追うが、三体のロボットは森の中へあっという間に姿を消してしまった。
8へ続きます。




