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第九十六話:さよなら、我が島よ⑤

「この島が専門家の間でとても貴重な島と言われていることは、ラフさんもご親戚の方から聞いていらっしゃいますよね」


 四十代の研究者が学生へ講義するような口調で言う。


「……聞いたことはあるけど、私は絵を描きたいだけだから。昔あった国の事はあまり興味ないし」


 ラフは冷めたように言った。


「ご親戚の方からは一応、僕らは上陸許可をもらっているのですが、今の島の所有者はラフさんになっているので、念のためにお知らせしに来たのですよ」


 今度は六十代の研究者が言った。


「まあ、島の管理に私は関わってないから、親せきの人が許可を出したのなら、私がどうこう言う事はできないけど……。調べたいのなら勝手にすればいい。個人的には早く出ていってもらいたいけど。……そんなに価値のある島なの?」


 ラフは不満げに言ったが、その後四十代の研究者が目を輝かせた事に気づき、余計なことを聞いてしまったと後悔した。


「そうそう、そうなんです! この島にあった国は、とてもとても古い時代から続いていたのですが、何と世界で初めて人工知能による統治が行われていた国なのです!」


 四十代の研究者が、鼻息を荒くしながら話し始めた。


「もちろん、表向きの統治者は人間の国王がいましたが、国王は人工知能が上げてきた様々な政策に対して、実行するか否かを決めるのみを行っていたようなのです。ただ、人工知能の政策をはねのけたことはなく、ほとんど流れ作業みたいなものだったようですが」

「人間は、楽をするために機械を生み出したのですから、そういう結論に至る国があってもおかしくないでしょうね」


 ユキは、行政をロボットが担っている色んな街を思い出しながら言った。


「その通りです。人工知能による統治は数百年続きましたが、ある日それは終わりました。それはなぜだと思いますか」


 四十代の研究者が質問した。

 分かりません、とユキは答えた。

 忘れた、とラフは面倒くさそうに言った。


〈他の人工知能が攻めてきたんじゃないか?〉


 レッカーが言った。

 ユキが彼の言葉を研究者たちに伝える。


「正解です。この島の人工知能は、外部から人間が攻めてきた時に対処できる態勢はとっていました。それまで他国のロボット技術はそれほど発達していなかったからです。しかし、ある国が最新鋭の人工知能と兵器を以てやってきました。この国の物を上回る思考を持つ人工知能によって、島は狩りつくされました。人を殺され、ロボットを壊されました。でも、さらに別の国がやってきてこの島を奪い取ろうともくろんだため、別の国同士で戦争が始まりました。敵国同士で争って疲弊して島に攻め込む余裕がなくなったのか、島の統治を担っていた中枢部は残っているという噂があります。そこに行ける入り口はまだ見つかっていないので、全て封鎖されているのかもしれません」


 四十代の研究者が残念そうにため息をした。

 今度は六十代の研究者が口を開いた。


「今回、四か月ぶりに調査に来たのは、先週ハリケーンがこの島を襲ったからです。埋め立てられた場所が雨風によって開いている可能性があったので、ご親戚の方々に調査希望の旨を申請したところ、『土砂崩れなどハリケーンによる事故が起きていないかの調査も兼務してくれるなら認める』と、許可をいただいたのです。そちらの調査も専門なのでお引き受けしました」


 なるほどねぇ、とラフが胸の前で腕を組んで、しぶしぶ納得した顔をした。


「それなら調査をお願い。私だって、土砂に生き埋めにはなりたくないから」


 ラフはそれだけ言うと、紙に視線を落とし、下書きを描き始めた。

 それを見た研究者二人は、話はこれきりにすべきだと悟り、


「では、一週間ほど滞在させていただきます。宿泊は港の事務所を借りることになっています。失礼します」


 二人は去っていった。

 姿が見えなくなると、ラフはため息をついた。


「今は二人だけだからまだマシ……本当は部外者にはウロウロしてほしくないんだけど……あ、君たちは別だよ? ユキさんもマオちゃんも可愛いからいいの。でもああいうおじさんたちや作業ロボットがたくさんいるのは、落ち着かなくてイヤ。そう思わない?」

「わたしもそう思います。この大自然をのんびりと満喫するのは楽しいと思います」


 自然が好きなユキは、噓偽りない言葉で言った。


「次にフェリーが来るのは三日後だから、それまでのんびりするといいよ。あ、島の散策でもする? 私はここで絵を描いてるから、好きにしていいよ」

「分かりました。ちなみに、まだ調査されていない場所はありますか」

「うーん、確か北の方はあまり調べてないって、あの研究者たちが言ったのを親せきの人が聞いたみたいだけど」

「では、レッカーに乗って行ってきます」

「え、あ、そうか。何か見つけた時に載せて持って帰ってこないといけないもんね。それじゃ、私もついていくよ」


 ラフは鉛筆をエプロンの胸ポケットにしまった。

 ユキとラフがレッカーに乗り込もうとしたため、大人のお話が終わったと思ったマオは、ユキの袖を軽く引っ張った。


「おやつってまだあった?」

「まだあるわよ。少し食べていいわ」


 よく分からないお話ばかり聞いて疲れていたマオは、少し笑顔が戻った。



「はい、この島の地図貸してあげる」


 三人でレッカーに乗り込んだ時、ユキはラフから紙の地図を渡された。

 かなり年月が経った地図で、太陽の光で全体的に焼けていて、紙の端があちこち破けている。

 ただ、島内部の地形が描かれた部分は無事だ。

 運転席に座るユキは、地図を人差し指でなぞりながら、森の広さや山の高さなどを確認している。

 マオはおやつをむさぼり食いながら、これから何をするのかと、ちらちらとユキの様子をうかがう。


「とても大きな島ですね。一日や二日では周れなさそう」


 ユキがラフに言った。


「うん、だから何か未発見の物が落ちていても不思議じゃない」


 遺跡などには興味のないラフだが、少しワクワクした表情をしているユキを見るのは楽しい。


「では、ここから北に三キロほどの所に行こうと思います」


 ユキは地図を見ながら言った。


「うん、分かった。……あ、ちょうど湖があるね」


 ラフが、ユキの持っている地図をのぞき込む。

 そしてユキはアクセルをふかした。



 目的の場所は湖のほとりで、その周囲五十メートルほどは草原になっていて、それより奥は見渡す限り森林が広がっている。

 太陽の光を反射して、水面がキラキラと光っていて、砂浜に小さな波がいくつも押し寄せたり引いたりを繰り返している。

 湖自体の大きさは、直径一キロメートルほどで、ユキたちからは見えないが、その真ん中あたりで小さな魚が跳ね、ポチャンと音を立てて落ちた。

 湖の周りに立っている木に一羽の大型の鳥が止まって水面をじいっと見つめていて、大きな獲物が水面に上がってこないかうかがっている。

 ユキはレッカーをその木の下の方に停め、外へ降りた。

 風は穏やかに吹いていて、木の葉を優しく揺らしている。

 小鳥の声があちらこちらから聞こえてきて、人工物の音はレッカーのエンジン音しかない。


〈パッと見た感じ、それらしき物は落ちてないな〉


 レッカーは冷静に分析した。


「歩いて探すわ」


 ユキはそう言って、木の根元の茂みを手でかき分けて、お金に変わりそうな物を探し始めた。

 一方、ラフと一緒に外に降りたマオは、しゃがみこんで草原に生えている雑草を手のひらでなでた。


「気持ちいい?」


 ラフが尋ね、自分も雑草をなでる。


「うん」


 マオはうわ言のように言った。

 ユキが遺物探し、他の二人が自然の物に触れて楽しんで十分ほど経ったとき湖の北の方から、人間の大人ほどの背丈のロボットが一台、ゆっくりと森林の中から姿を現した。


6へ続きます。

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