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第九十六話:さよなら、我が島よ③

 商店エリアで時間をつぶしたユキたちは、レッカーが停まっているアトリエの前に戻ってきた。


「ただいまレッカー!」


 走ってきて元気よくあいさつしたマオは、助手席のドアを拳でコンコンとノックした。


〈おかえり〉


 彼女には聞こえないが、レッカーもあいさつして、助手席のドアを開けてあげた。

 マオ一人だと席に登れないため、ユキがわきの下辺りを持って持ち上げて、席に座らせた。

 そして、ユキとラフも乗り込んで、港に向けて出発した。

 緩やかな下り坂を徐行しながら進んでいく。

 フェリーはアトリエにいた時からすでに見えていて、


「大きい船だ」


 マオは、レッカーのフロントガラスの右下の方に見えている見慣れない乗り物に釘づけとなっている。


「でしょ? 人やロボットだけじゃなくて、荷物もたくさん運ぶ仕事もしてるみたい」


 ラフが解説する。

 坂を下りきったところは倉庫街になっていて、人型ロボットやフォークリフト、大型トラックがたくさん行き来していて、歩いている人間は誰もいない。


〈道路の端に標識が立ってる。人のシルエットに、斜め線が引いてある。もしかして、『人間は歩行禁止』ってことか? まあ、これだけロボットや作業車が行き来してたら、危ないからな〉


 レッカーが感心するように言った。


「そうね」


 ユキは、マオやラフに聞こえない小さな声で言い、ある倉庫の入り口辺りで三人の子どもが警備ロボットに注意を受けているのを、レッカーで通り過ぎるまで目で追った。

 乗り場に着くと、フェリーに伸びる橋が二つあった。

 どちらも大型トラックがすれ違えるほど幅があり、二つの橋の間には波立つ海がある。

 一方の橋には、大型トラックのシルエットが描かれた標識があり、もう一つの橋の前には普通自動車のシルエットの標識がある

 どちらの橋を渡っても、同じフェリーに乗れるようになっている。


「どちらから乗ればいいですか」


 ユキが尋ねると、ラフは懐から端末を取り出し、操作した。


「ええとね……、普通自動車用の橋に進んで」

「分かりました」


 ユキはウインカーを出して、普通自動車用の橋にハンドルを切った。

 橋の上には、乗船を待つ車がたくさん待っていた。

 二十分ほど経ち、橋を渡りきったところにあるゲートの前に停車した。人やロボットの姿は全くない。

 ラフはゲートに向かって端末を向け、予約情報を送信する。

 ゲートは自動で開き、レッカーは中へ入っていく。

 ラフは端末を見ながら、フェリーの中の駐車場で指定された所にレッカーを案内して、そこに駐車するように言った。

 レッカーが駐車してエンジンを切ると、床からストッパーがせり出してきて、四つのタイヤをしっかりと固定した。


〈おおすごい。一歩も動けない〉


 レッカーは少し興奮するように言った。


「手荷物だけ持って降りようか」


 ラフが、小さなリュックサックをしょった。

 ユキはマオ用の荷物を少しリュックサックに詰めてから降りて、助手席に回りこんでマオを降ろした。

 ラフの案内で駐車場を出て、エレベーターに乗り、最上階のバルコニーに向かう。

 バルコニーへ出る扉を開けた瞬間、一気に風が吹き込んできて、三人の髪の毛がかき乱された。

 マオは思わず目をつぶり、外へ出ると、


「海! 海の上に浮かんでる!」


 マオから見て右側は陸地で、左側は海へと続く港が広がっている。

 少し離れたところに堤防があって、海鳥が数羽そこで羽を休めながら、フェリーの方をギョロっとした目で見ていた。

 そして、堤防の向こうには海が広がっていて、その先に島の影が小さく見えている。

 マオはバルコニーの海側まで走っていき、縦に伸びた細長い金属の棒の柵の前で立ち止まり、それを両手でつかんで、島の陰をじいっと見つめる。


「あれが私が移り住む島だよ!」


 ラフが左手の人差し指で指した。

 もやがかかっていて、島の輪郭だけが分かる。


「あの島はどういう島なのですか?」


 マオの背後まで来たユキが、柵に背中で寄りかかるラフに尋ねる。


「昔は、あの島に一つの小さな国があったみたい。でも滅んじゃって、それから何かの縁で私の親せきが島を買い取って管理してたの。で、その親戚が、『誰も住んでいないのは防犯上よくないから、お前あそこに住んでみないか。管理は引き続きやるから』って言ってきてさ、下見してみて、ああいいなここって思ったから、住もうって決めたというわけ。まあ、結構軽いノリで決めたなぁって自分でも思ってるよ」


 あはは、とラフは苦笑した。


「国、ですか。もしかして、その時代の遺物が遺っている可能性はありますか?」

「あー、親せきの人が何か言ってた気がするんだけど、私そういうのあまり興味ないから、忘れちゃった。私、誰もいない隔離された空間っていうことだけ気に入って移住するからさ」

「なるほど。もし――いや、この話は島に上陸してからにしてもいいですか」


 ユキは周りをちらっと見た。多数の観光客や労働用のロボットがバルコニーに来ている。


「確かに、あのクレーン車の荷台広そうだからね。まあまあ、その話はまた後で」


 夏真っ盛りとはいえ、海風は強く、人間の体感温度としてはそれほど高くない。

 ユキはマオを連れて、船内に戻ることにした。



 フェリーの中には小さな売店があり、菓子パンやソフトドリンクが少し置いてある。

 マオにクロワッサンとミルクを買い与えて、大きな窓ガラスの側に設置されているベンチに、ユキは腰かけた。

 マオはユキの隣に座っていて、ラフはマオの隣の窓の近くに立って島の方角を見つめている。


「おや、今日はあの島に寄るんだね」


 旅行姿のおばあさんが、ユキのすぐ横に立って窓の外を見た。


「ああ、電光掲示板にもその島の名前が書いてあるな」


 おじいさんがやってきて、ユキとは反対の方のおばあさんの横に立った。


「あの島って確か、関係者しか入れないって聞いたよ。この船にその誰かが乗ってるのかしら」

「そうだろう。国があったころのお宝が眠っているという噂話があるが、私有地だから学者ですら立ち入るのが大変らしい」

「独り占めしたいのかねぇ」

「もしかしたら、あの島の持ち主は、お宝を少しずつ売却して、そのお金で楽しく暮らしているのかもしれない。まったく羨ましい限りだ。僕は多分八十歳くらいまでは働かないといけないというのに」

「それだと後十年は生きる計算だね。あなたは多分五年生きられればいい方じゃないかい? あたしは十年後も生きているかもしれんが」

「何を言ってる。確かに僕は持病を持っているが、毎日体を動かして働いているから、十年は生きられるさ。君の電動車椅子をレンタルするお金がかかり続けるのだから」

「感謝してるよ。あたしらにお宝を一つでもくれたら、あなたが少し楽になるのにねぇ」

「仕方ない。あるところにはある。ないところにはないものだ」


 おじいさんとおばあさんは去っていった。

 ユキはちらっとラフの横顔を見た。

 ユキには彼女の表情が少し寂しそうにしているように感じた。



 そして島がはっきりと姿を現した。


4へ続きます。

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