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第九十六話:さよなら、我が島よ①

 陸地から五十キロほど離れたところに、一つの島がある。

 その面積は、一つの街ほどあり、海からは熱帯の木々が生い茂っているのが見える。

 ギャアギャアと大型の鳥が数羽、森の上空を旋回していて、地面にエサがないかうかがっている。


 島に向かって、一隻の小型ボートがエンジン音をけたたましくたてながら、海の上を滑るように疾走していた。

 ボートの上には、人間の男が二人いて、どちらも大きなリュックを背負っており、迷彩の作業着を着ている。

 ボート後方部に座っている、二十代の男が言った。


「兄貴、あの島ですか?」

「ああ、サム。あれが約二百年前まで存在した王国のあった島だ」


 兄貴と呼ばれた、ボート中央部に座っている三十代の男が、朝日を浴びてキラキラと光る海霧の向こうに見える島の陰を指さす。


「なんか、俺たち二人が漁るには大きな島ですね……。もっと人数そろえたほうが良かったんじゃないですか?」

「アホ、それだと分け前が減るだろうが。それに俺は二回、下調べのためにあの島に行ってる。お宝がありそうな場所の目星はついてるんだ」

「おお、さすが兄貴! あ、もう島の岸が近づいてきましたけど、どこに停めたらいいですか?」

「北側に回りこめ。そこに、海水が流入した洞窟がある。最近岩が崩れてできた穴だそうだ。入り口は広いから、簡単に侵入できる」

「了解です!」


 兄貴に言われた通り、サムは北側にぽっかりと開いた穴の中へ舵を切った。

 その兄貴は、ボートの前方に直径三十センチほどのライトを設置し、スイッチを入れた。

 途端に前方が明るく照らされる。

 洞窟は、進めば進むほど広くなり、あっという間に小さな港ほどの広さにまでなった。


「この空間、何なんでしょうね」

「確か、元々は王国の警備隊の小型船の停泊基地だったらしいが、以前はここまで広くなかったらしい。この辺りってよく海が荒れるだろ? 長い年月で浸食されてこうなったのかもな」


 海水が途切れ、緩い登り坂になっている岩肌が露出しているのが見えた。

 兄貴に言われ、サムはそこにボートを停泊させる。

 ボートに繋がれたロープを伸ばし、岩肌に杭で打ち込んで固定させる。

 二人は、リュックから折りたたみ式のヘルメットを出して頭にかぶり、それに付いているライトを点けた。

 二人は、辺りの様子を慎重にうかがいながら、奥へと進む。

 太陽の光が差し込むような穴は開いておらず、ライトがないと真っ暗だ。

 程なくして、サムが天井辺りで何かを見つけた。


「兄貴、あれ!」

「ん?」


 サムが指さしたのは、天井から生えているように見える金属製の突起物だ。


「なんでしょう、あれは」

「だいぶ錆びてるな。最近の物には見えない。王国時代の遺物だろうな。だが、あんなに高い場所にあるんじゃ、今の装備では取れそうにないな」

「兄貴がここに偵察に来た時から、あれはありました?」

「俺がここに来た二週間前には、あんなものはなかった。きっと先週のハリケーンが起こした波で、岩に似せたカバーが取れたのかもしれない。見ろあの突起物、所々に岩のかけらが付いてる」

「……ああ本当ですね。あれ、何かセンサーっぽく見えません?」

「センサー?」

「ほら、だってこんな島の入り口にあるのなら、敵が侵入してきたのを察知する機械があってもおかしくないかな、と」

「まあ、それもありえる。だが、年月が経っても機能しているとは思えない。あのセンサーらしき物の周りを見てみろ、岩肌が波で削られた跡がある」

「確かに。それに、仮にセンサーが何かのはずみで動き出したとしても、駆け付ける警備隊なんていないですよね、きっと」

「そのとおりだ。こんな寂れた島でそんな奴がいるわけが――」


 すると、洞窟の奥からタイヤが勢いよく回るような音が響いた。


「……な、何ですかこの音。近づいてきてません?」

「複数のタイヤが回っているな……。高速移動できるキャタピラのような音だ……」

「どうしてそんな音が……。まさか本当にロボットが……」

「バカいえ! とうに滅びた国だぞ!? 一体どうやって――」


 洞窟の陰から、四角い胴体に丸い頭、そして足はキャタピラが付いたようなロボットが現れた。両手は機関銃で武装されている。

 息つく間もなく、二人は腰に装備しているレーザー銃を抜いたが、


『侵入者排除』


 男たちが狙う前に、ロボットが機関銃を連射した。



 ユキたちは、とあるアトリエに呼び出された。

 そこは、港町の小屋で、窓からは海が見渡せる。

 木の板をたくさんつなぎ合わせてつくられたその小屋の中に、ニヤニヤと笑う画家が一人いた。

 見た目は二十歳くらいの女性だ。

 ショートカットの茶色い髪の毛はあちこち寝ぐせがついたままで、黄土色のワイシャツと真っ黒のズボンを着ていて、真っ黒の大きなエプロンを着けている。

 女性は、壁に向いて絵をかいている。

 縦一メートル・横三十センチほどの板に、同じ大きさの厚紙が貼られていて、彼女は木製の丸イスに座って、絵の具のついた筆を走らせていた。

 画家の座っているところから二メートルほど離れたところに、ユキとマオは丸イスを横に並べて座っていた。

 五分ほど二人は、おとなしく画家の作業がひと段落するのを待っていたが、しびれを切らしたマオがユキに言った。


「まだかな?」

「しっ、マオ声が大きいわよ。多分、もう少しだと思う」

「さっき屋台で、ハンバーガー売ってたよ。おいしそうだったね?」

「二時間前に朝ご飯食べたのに、もうお腹すいたの? お昼になるまで我慢しなさい」

「ねえ、何であの人さっきから笑ってるの? ウヒウヒって言ってる」

「そういう人なのよ、きっと」


 ユキとマオの会話は、画家には一切聞こえていない。

 画家は額に汗を浮かべ、太ももをもじもじさせながら、目はまっすぐ絵に向き、筆は精密作業をするロボットのように正確に動いて、色を重ねている。

 二人が会話を終えて二分ほど経った時、画家の体が小刻みに震え始めた。

 その様子を真後ろから見ていたユキは、声をかけるべきか悩んだが、体調不良だったら大変なので、


「具合悪いのですか?」


 とおそるおそる尋ねた。すると、


「トイレ……がまんしてるの」


 と、二人に背を向けたまま、かすれた声で言った。


「……行けばいいのでは」

「今、筆がすごくのってるの。席を立つと、今の感覚が戻りそうになくて。代わりに行ってくれない?」

「トイレは代われませんよ。それにわたしはロボットなので」

「え、あ、そうなの……? 全然分からなかった。後で顔とか体とか見せて――うぉうぉうぉ!」


 突然、女性が低い声で雄たけびをあげた。全身をくねくねと波のように動かし、それでも筆を紙の上で変わらず走らせていた。


「仕方……ない。今日は私の負け……」


 画家は筆を、絵の隣にある折りたたみ式テーブルの上にある絵の具セットの上に丁寧に置くと、漏れないように早歩きでトイレへ消えた。


「不思議な人だね」


 マオは、そっとユキに耳打ちした。


「そういう人だから、きっとたくさん売れるような絵が描けるのよ」

「さっきあの人、『うぉうぉうぉ!』って言ってたの、アザラシみたいだった」

「……本人に言ったらダメよ」


 ユキはそう言って、画家の書きかけの絵を、座ったまま見た。

 それは、海霧の中に浮かぶ島の黒い影を描いたものだった。

 作中では、太陽は島の裏側にあるようで、それで逆光になっているため、島が影で黒く描かれているらしい。

 これが、今回行く島だろうか、とユキはその絵をずっと見つめていた。



 数分後、用を済ませた女性の顔は晴れ晴れとしていた。


「あ、ごめんね待たせて。どうしても筆が乗ってるうちに描き進めたくて。でも今は一旦席を立っちゃってモチベーション下がったから、そろそろ君たちと話しちゃうね」


 ごめんと、ちっとも思っていなさそうだとユキは感じたが、もちろん仕事の依頼主にそんなことは言わない。


「私はラフ。見ての通り絵描きだよ。一応言っておくけど、人間だから。あ、さっきトイレ行ったから分かるか! アハハハー」


 ラフと名乗った絵描きは、照れた顔をして右手で頭をポリポリかく。


「わたしはユキです。ロボットです。こっちはマオで、人間です。表に停まっているクレーン車が、レッカーです」

「よろしくねー。へえ、君たち二人とも人間にも見えるし、精巧につくられたロボットにも見えるね。初めて会うとどちらか分からないかも。人間か、ロボットか……。あ、これ何か使えるかも。メモメモ……」


 ラフはエプロンの左右に付いているポケットのうち、彼女から見て右のポケットから鉛筆と小さなメモ帳を出して、ささっと書き記した。


「ラフさん、今回は引っ越しの作業と、仲介業者からお聞きしたのですが」


 ユキが尋ねると、


「そうそう。そこにある段ボール箱に、もう荷物は詰めてあるから、運んでほしいんだ。あ、あとこの絵描き道具もね」


 ラフは部屋の隅に置かれた段ボール箱を指さした。

 大小合わせて五箱が横に並べられている。


「分かりました。場所は所有している島、ですか?」

「うん。先祖代々所有してる島で、つい最近譲り受けたの。この近くにある港からフェリーが出てて、普段はその島の近くは通らないみたいだけど、今回特別に寄ってくれることになってね。クレーン車でも余裕で乗れると思う」

「なるほど。出発は何時ですか」

「今日の十三時。あのフェリーって自動運転だから、一分でも遅れると乗れないから注意ね」

「報酬はいつ支払ってもらえますか」

「ええと、今半分払うから、島に着いたらもう半分払うってのでどう?」

「構いません。ではさっそく、積み込みを始めます」


 そう言ってユキは、まず小屋の入り口を開け放して、それから段ボール箱を一つずつ丁寧に外へ運び出していく。


「さーて、私は絵描き道具を片付けるかー」


 ラフは、絵とそれを張り付けている板がすっぽりと入る大きなバッグを、部屋の隅から持ってくると、それらを入れていく。

 エプロンをしまい、彼女が次に絵の具と筆を別のバッグにしまおうとした時、マオが近くでそれらを興味津々にのぞき込んできていることに気づいた。


「マオちゃんは、絵に興味があるの?」


 ラフは、それらをマオの前に見せる。


「これで絵を描くの?」


 とマオが聞いた。


「そうだよ。何か描いてみる?」


 ラフは大きなバッグから、縦三十センチ横十五センチくらいの板と紙を取り出し、それらを上部で透明なテープで固定すると、少し迷ったが、それを床に置いた。


「マオちゃんに合うテーブルがないから、床で描いてくれる?」

「うん」


 マオは彼女から絵の具と筆を受け取ると、絵の具の入った小さな箱を開いた。

 中には、小さなチューブに入った様々な色の絵の具があり、フタの部分は取り外せて、色を混ぜるボードに使えるようになっている。

 ラフが簡単に使い方を説明すると、マオはまず赤色の絵の具をチューブから少しボードに出した。

 ペットボトルに入っている水を、ラフが絵描き用の小さなプラスチックのコップに入れると、それで絵の具を柔らかくしてから筆に付けると、よく色が伸びて良いということを、マオに伝える。

 言われた通りにして、マオは筆に絵の具を付け、そして、紙の真ん中に大きく丸を描いた。

 ラフはつい作業を止めて、マオが丸の中を同じ赤色で塗りつぶしていくのを見ている。


「マオ、何してるの?」


 小屋に入ってきたユキが、優しい口調で尋ねる。


「りんご描いてるの」


 マオは、塗りムラがたくさんあるその赤色の丸い物体の上に、別の細い筆に黒色を付けて、縦に一本線を入れた。


「その黒い線は茎ね」


 ユキが言う。


「獲れたばかりのりんごには、葉っぱが付いてることがあるみたいだよ」


 ラフが言った。

 マオは無言で、三本目の筆に黄緑色の絵の具を付けて、茎の下の方に楕円形の物体を書き加える。そして。


「できた!」


 マオは立ち上がって、床に置かれたその絵を片手で示して二人に見せた。


「いいわね」

「よく描けてる! 将来が楽しみだ」


 二人に褒められて、マオはうふふと笑顔を浮かべた。



 ユキがレッカーに荷物を積み終わったことを報告したところ、


「それじゃ、少し早いかもだけど、お昼ご飯にする? 私おごるから」


 とラフが言った。


「マオ、もうお昼ご飯食べても大丈夫?」


 ユキが尋ねると、


「うん、ねえねえさっき言ったハンバーガー食べたい」


 と大きな声で言った。

 するとラフが、


「ハンバーガーかぁ。この辺だったら、あのフィッシュバーガーの店かな。マオちゃん、私をその店まで連れていってくれたら、お金払ってあげる」

「本当!? じゃあ行こう!」


 開け放しているドアから、一人で外へ飛び出そうとしたマオを、ユキは手を握って止めた。


「人とか車とかいるんだから、一人で行ったらダメよ」

「むー」


 不満げな顔をしたマオと、彼女を注意したユキを、


「姉妹っていいなぁ」


 絵のアイデアになりそうだと思いながら、交互に見た。


2へ続きます。

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