第五話:子どもだまし⑧
不思議とマオは、未練は無さそうだった。村民の影が見えなくなってもため息一つつくこと無く、いつもと同じく珍しげに周りの景色を眺めている。
「寂しくないの?」
とさりげなく聞いてみても、
「また会えるから」
マオは一言、自分に言い聞かせるように言った。それは、何を思ってのことなのだろう。生きていればいつか会えると考えているのか、あるいは何となくそう言いたかっただけなのか。両方かもしれない、とユキは思った。
「いた」
独り言のように言った声に、ユキは左側に見えてきた空き地を見た。最初に出会った時や昨日の朝に迎えに行った時と同じように、ルリは二十羽以上集っているカラスの真ん中でエサを投げていた。
空き地に入ってからすぐにクラクションを一回鳴らすとルリはすぐに気がつき、こちらに向かって手を振ってきた。エサを遠くの方へ投げてカラスを遠ざけてから近づいてくる。ユキはレッカーを止め、降りてとマオを促し、自分もその後に外へ出る。
「もう出発するの?」
ルリは、エサを投げていた方の手をコートで拭いながら尋ねた。帽子を取って見せた顔は、とても寂しそうだ。
「そうよ。私たちもそろそろ行かないと。また会えるわよ」
「また会えるよ」
マオもユキに続けて言った。
「ありがとう。ところであなたたち、ショウジたちに『また来てね』とか言われたんでしょうけど、しばらく会えないと思うよ」
ルリから笑顔が消えた。
「そんなの分からないわ。次この近くを通ることがあれば、きっと――」
「無理ね。だってその頃わたしたち、もうあの場所にはいないもの」
「引っ越しちゃうの?」マオは、もう会えないのというような目をしている。
「その通り。だってわたしたち、逃げなくちゃ」
ここまで聞いて、ユキはルリを疑いのまなざしで凝視した。マオよりもルリの近くに立ち、彼女をいつでも守れる態勢を取る。
「たいしたことはしてないの。ただ、他人の持ってるものから自分たちに必要なものを調達しただけ」
ユキは今度、自分を疑ってみた。もしかしたらルリはお芝居ごっこをしているだけなのかもしれない。彼女の何を考えているか分からない瞳にだまされているだけなのではないだろうか。しかし、子どもは遊んでいる時にこんな感情の無い顔つきをするものなのだろうか。もしかしたら……
「それって泥棒だよ」
マオは指摘した。
「マオちゃん、だけどね、世の中には良い泥棒もあるんだよ」
「なあに、それ?」
「弱い者が強い者に何かを取られても、弱い者は文句を言っちゃダメなの」
それはおかしいわ、とユキが口をはさんだ。「カラスにエサをあげている時に言っていたわよね、助け合いが必要だって」
するとルリは、口の端を曲げてニヤけた。まっすぐユキを見つめる。
「どうせ死んでいく弱い者が食糧を持っていたら、せっかく命をくれた米や肉や魚がムダになるでしょ? モノはわたしたちに使われて幸せ、わたしたちはモノを使って幸せになれる。これが助け合いなの」
「まず先に、人間同士助け合うべきじゃない?」
「頭の悪いクズな人間を助けても、わたしたちは得しない。そんな奴らは勝手に死ねばいい。村の皆が仲良く暮らすことができればそれでいいって、おじいさんやおばあさんが言ってた。正しいと思う」
「あなたたち……狂ってる……」
「そう。人間は狂ってるの。だから、あなたたちロボットはわたしたちの数を減らしたんでしょ?」
ユキは、懐に入っているレーザー銃に手を伸ばしかけたが、胸のあたりでかろうじて手を止めた。
「知ってたの?」
「うん。わたしだけだけど。手に血が流れてなかったから。昨日、手の大きさを比べた時に分かったの。やっぱり冷たいって」
ルリは手に持っていたエサをコートのポケットに押し込むと、もう片方のポケットからビニール袋を取り出した。中には腐った肉が一口大に切ったものが入っている。それを持ってもう一度カラスの方へ歩いていった。
「ねえ、弱肉強食って言葉知ってる?」
ルリはエサを放った。カラスは一斉に群がってきた。
「世の中って、生きてる者が皆幸せになれないようにできてるの。偏ってるの。わたしはね、幸せな方の人間になりたい。だから、幸せになれないような人からモノを取るショウジたちが好き。わたしも、そのお手伝いがしたいの」
「……」
「こんな腐った肉でも喜んで食べる奴らを見てると、面白いよ」
遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。おそらく、村の誰かがルリを迎えに来たのだろう。
「早く行きましょ」
ユキは強引にマオの手を引っ張って行き、助手席に押し込むように座らせた。
運転席に座った時、そのすぐそばまでルリがやって来て、見上げて言った。
「お互い、強者でいようね」
ユキは逃げ出すようにアクセルをふかした。一秒でも早く、あの薄気味悪い村から離れたかった。
砂利道に入った所で、そっとミラーで後ろをうかがった。目を凝らすと、ルリは満面の笑みで手を大きく振っていた。
マオは未練を残したような表情でウインドーから顔を出して後ろを見ている。ほこりが入ってくるから、と顔を引っ込めさせた。
ショウジと出会った街へ着いた頃、どうして村の皆はもうすぐ移住するというのに「またこの村に来い」なんて言ったのだろう、二度と会えることはないはずなのに、と考えていた。どう考えても「私たちは会うべきじゃない」と言ってる風にしか思えない。初めてあった日の夜の「純粋で素直なあなたは、男共と気が合わない」というおばあさんの言葉が引っかかる。本当は“男共”じゃなく“私たち”なのではないだろうか。
そして一番気になるのは、なぜルリは部外者である自分たちに村のことを洗いざらい話したかということだった。もしユキが他人に村のことを話せば、村民が気味悪がられるということは容易に想像できるはずなのに。
実は、自分たちのことを覚えていてほしいと思っていたのではないか、とも考えたが、結論は出なかった。
そんなことを考えながらユキは、出発する前に必要なものを買う店を探すことにした。次は長旅だ。
このお話で終わりです。次作にてまたお会いしましょう。




