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第九十四話:都市間バスにて【リーナ・ジーン編】

「大きなバスだねぇ」


 乗車口のすぐ近くで、リーナは目の前に停車している大型バスを、右から左に見た。


『見た所、全長は十メートル超で、窓から内部を見たら、三十人以上座れる席があったよ』


 ジーンが地面に着地して、頭部のプロペラをたたんだ。


「車体のこのデザインは何を表してるのかな。国旗?」


 バスの前方から真ん中あたりまでは白色だが、斜めに境界線があって、そこから後方までは赤色に塗られている。


『全然違うよ。このバスを運行している会社のロゴと、色遣いが似てるから、たぶんそれかも』

「ふーん、そろそろ乗る? 出発の時間っていつだっけ?」

『あと二分後だよ。置いてかれる前に乗っておこうか』


 二人は紙製の小さな切符を取り出すと、バスに入ってすぐのところにある機械に入れた。

 階段を上がって車内を見渡すと、閑散としていた。人影が全くない。運転席にも誰も乗っていない。


「このバス、本当にあたしたちが乗るやつ? 誰もいないよ? ジーン間違えたんじゃないの?」


 彼女が振り返ると、階段の上をプロペラで飛んだジーンが、ちょうど通路に着地したところだった。


『ぼくたちが乗るバスで間違いないよ。切符に書いてあった乗り場で乗ったから。それと、一番後ろの席に男の人が一人乗ってる』

「えっ」


 リーナが背伸びしてよく見ると、確かに座席の背もたれの奥に、男性の顔があった。年は五十歳くらい。

 彼女はため息をつき、ジーンに小声で、


「せっかく貸し切りだと思ったのにね」

『他人と一緒に乗るのが普通。座る席は自由だから、一番前に座ろうか』

「何か非常事態が起きた時、すぐに脱出できるように?」

『それもあるけど、リーナは車酔いしやすいじゃないか』

「まあ、そうだけど」


 ジーンの皮肉交じりの指摘に、リーナはいつもみたいに反論することなくそう言った後、素直に一番前の窓側に腰を下ろした。

 窓枠に肘をついて、外をぼんやりと見始めたリーナを見て、隣の通路側の席に座ったジーンは、後で気を紛らわせる話でもしてあげようと思った。



 時間になり、バスは運転手不在のまま走り出した。


「あれ、運転手って乗り込んできたっけ」

『いや、ぼくが見た限りじゃ、このバスに乗ったのはぼくらが最後だよ』


 リーナが立ち上がって運転席をのぞき込むと、確かに誰も乗っていなく、アクセルやハンドルが自動で動いてバスを動かしている。


「自動運転かぁ。そういえば最近、大きな街に行くと自動運転のバスばかり走ってるよね」

『人型ロボットに運転させると、運転手の定期メンテナンスが必要だし、人間は論外だから。自動運転にすれば、メンテナンスするのはバスだけで済むし。効率がいいんだよ』

「ふーん」


 高いビル群の間を走っていたバスだが、草原地帯を十分ほど走ると、まもなく森林地帯に入った。

 道路は舗装されていなく、轍のできた砂利道がまっすぐ伸びている。


「なんか、さっきの街に着く前にも思ったけど、この地域って森が多いよね?」

『お、いいことに気づいたね。調べたところによると、この地域では植樹が盛んみたい。ずっと昔に、人間がいっぱい木を切って環境を悪化させたことを反省して、ロボットがそれを直してるんだ』

「ってことは、ロボットが人間の尻ぬぐいをしてるってことだね」

『そうそう。そういうこと』


 リーナは、外に目を向け、ロボットが復活させた森を眺め始めた。

 一方、通路側の席に座っているジーンは、ちらっと後方を見た。

 一番後ろに座っている男性が、聞き耳をたてていた。

 ジーンの視線に気づいた男性は、あわてて目をそらした。



 二時間ほど走り続け、バスは森を抜けた先にある、別の都市の郊外に停車した。

 そこには、トタンでできた簡易式のトイレが設置されていて、一枚の薄い壁で男女の仕切りがしてあるだけだ。


『トイレ行っておいた方がいいんじゃない? バスの中にはないし、次いつ停車するか分からないし』

「うん。あっ……」


 ジーンに促されたリーナが席を立とうとすると、背後から男性がやってきて二人の側を通り、外へ出ていった。

 そして、そのままトイレへ向かう。


「トイレの壁ペラッペラに見えるからさ、あたしあの人の隣でするのイヤだなー」


 男性の姿が見えなくなるのを確認してから、リーナがそう言った。


『まあそれもそうか。ただ、電光掲示板に出てる通りあと十五分くらいで出発するそうだから、早めにね』


 リーナは、男性と入れ替わりに用を足した。バスに戻ろうとすると、


「……」


 バスの乗車口付近で、男性がタバコを吸っていた。

 こっそりと彼の横を通り抜けようとしたリーナだったが、


「ねえお嬢さん。君はさっき通ってきた森を見てどう思った?」


 急に男性が話しかけてきた。

 階段に右足だけ乗せていたリーナは、それを引っこめて、じろっと彼を見上げる。


「別に。森だなーってことしか思わなかった」


 ジーンと話をしていた時より、彼女は声のトーンを落として答えた。


「ぼくはね、あの森が嫌いなんだ。ロボットが植えた、機械的に等間隔に木が並ぶ森なんて、自然とは呼べない」


 なんか面倒くさい人に捕まっちゃったな、とリーナは思い、少し眉間にしわが寄った。


「どっちでもいいよ。自然の森だろうが、ロボットがつくった森だろうが。あたしは森の中で吸う空気が好き。それだけ」

「そうか……。君、知ってるかい? 人が壊した森をロボットが直しているけれど、そのことによって川や山の環境がどんどん良くなっていることを。ぼくは思うよ、この星には人間はいらないんじゃないかと。ぼくらがいるとこの星が壊れる。ぼくは、自然を壊した人間が嫌いだ。ただ、自然をマネしてとても自然とは言えない森をつくっているロボットも嫌いだ。それなのに、どんどん自然環境が良くなってきているのが悔しくてたまらない」

「……」


 五秒ほど沈黙が流れると、


『確かに人間はろくなことをしない。ぼくらロボットが自然に手を入れ、色々あって人類が数をゆっくりと減らし続けているから、どんどん自然は良くなっていっている。だからって、今ここで人間であるリーナを殺すことは、ぼくが許さない』


 乗車口の一番下の階段に立ったジーンが、右手を銃に換装して、男性に向けた。

 それを顔だけ向けて見た男性は、


「いつから、ぼくが爆弾を持ってるって分かった?」


 と、彼は両手を上げながらジーンに尋ねる。


『ぼくはロボットだよ? 人間に分からない火薬の成分が、バスの中の空気中に流れてきていたのを感知できた。それをぼくの目で追うと、その発生源はあなただったってわけ』


 えっ、とリーナはすばやく男性から離れた。


「すごい機能を持っているんだね君は。そう、実はぼくはバスに乗っている最中に、腰に巻き付けている爆弾を爆発させて、一緒に乗っている人間どもを道連れにするつもりだったんだ」

『それをどうしてやらなかったの? いや、あなたの表情を読み取ったら、それをしないってことは一目瞭然だったけど』

「そんなことも見抜くのか。ますますすごい。いや、ぼくとしてはもっとたくさん人が乗っているときに、あの森の中の道でやりたかったんだけど、お嬢さん一人しかいなかったし、ぼくには逃げられた妻の間にできた娘がいて、最後に会ったのがちょうどお嬢さんと同じくらいの年だったから、爆発させる気にはなれなかったんだ」

『何でもいいから、早くどこか行ってよ。行かないなら今すぐあなたの頭を撃つけど』

「ああ、それは勘弁してくれ。ロボットに殺されるのだけは、爆弾で死ぬより嫌なんだ。今すぐいなくなるから、撃つのだけはやめてほしい」

『どこへなりとも行っちまえ!』



 男性の姿が遠くの森の方角に見えなくなってから、リーナとジーンはバスに乗り込み、すぐにバスは出発した。

 彼とは反対の方角に走り始めたバスの中で、


「もう! 何で爆弾持ってたこと教えてくれなかったの!? ありえないんだけど。あたしまだ死にたくないんだけど。早くそれを知ってたらあたしがすぐにあいつを殺しに行ったんだけど」

『リーナがあいつを殺そうと近寄った時に、あいつの気持ちが高ぶって爆弾を爆発させるかもしれなかったし、さっきも言ったけど車内ではあいつは死を選びそうにないとぼくは判断できたから、休憩時間にあいつがバスを降りた後でいいかな、と思ったんだ』

「あいつがトイレに行くとき、あたしたちのすぐ隣を通ったよね? 爆弾が側を通ったんだよ? ねぇ」

『結果的にはそうだね。でもその瞬間に事を起こすことのリスクを考えた。それだけ』

「はあ、一気に疲れた。もう寝る」

『おやすみ。悪夢を見ないことを祈るよ』



 バスが出発してから約十分後、男性の消えた方角の森から爆発音が響いた。

 慌てて飛び起きたリーナは、少しの間そちらを見ていたが、ふうとため息をついて座りなおした。


「あいつのせいで森が汚れたね」

『生き物もいっぱい死んだかもね。どうして人間は死ぬ時も自然に迷惑をかけるのかな。ああイヤだイヤだ』

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