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第八十九話:リーナとジーン⑦

 リーナとジーンと別れた翌日の夕方ごろ、レッカーはがれきだらけの旧市街地を疾走していた。

 その場所は、昨日盗賊と遭遇したところから数百メートル離れたところで、大型の車がスピードを出してすれ違えるほど広い道だ。

 ユキたちは、昨日二人と別れた後、新たに運送の仕事をもらい、隣街に向かっていた。

 本当はここを通りたくはなかったが、隣街へ行くにはこの旧市街地を通らないといけないため、仕方なく走っていた。

 昨日のこともあり、ユキとレッカーは周りの様子を慎重にうかがっていた。すると、


〈おっ〉


 レッカーが、前方百メートル先に道端から小さな人影が一つ飛び出してきたのを見て、ブレーキをかけた。

 その小さな人影には何となく見覚えがあって、息が上がってうつむいていた顔を、その人物は上げた。


「リーナ?」


 ユキが警戒心を含む声で言った。

 レッカーが徐行しながら近づいていくと、やはりリーナで、顔が涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。

 ユキは助手席のマオに、


「ちょっと様子を見てくるわ。ここで待っててね」


 と言い残し、勢いよくドアを開けて外へ飛び降りた。

 ユキが走って向かってきているのが分かると、リーナはその場に崩れ落ちた。


「どうしたの?」


 ユキがしゃがみこんで尋ねると、


「ジーンが……ジーンが……」


 嗚咽を漏らしながら、リーナがユキの上着を両手でつかんだ。


「ジーンに何があったの」

「あたしたち、今朝またあの場所に行ったの……。盗賊とあったところに……。そしたら、死んだ盗賊と敵対している別の盗賊と出くわして……、戦闘になって……。ジーンが全員殺したんだけど……。その時……ぐすっ……右腕に銃弾を何発か浴びて……。バチバチって火花が出て、右腕が動かせなくなって……。そしたら急に倒れて動かなくなっちゃって……。とりあえずあそこから離れて、ここまで連れてきたんだけど……」

「ジーンはどこ?」


 リーナは、すぐ近くのがれきの陰を指さした。

 ここから、ジーンの頭が少し見えている。

 ジーンのところまで行き、ユキはまず触れずに観察した。

 ジーンの右腕の関節辺りに穴が開いていて、配線が二本飛び出している。

 外傷はそれかと思いきや、後頭部にへこんだ跡があり、おそらく転んだか何かが勢いよくぶつかって、バッテリーが一時的に機能不全を起こしたのかもしれない、とユキは推測した。

 頭から腕、足の方まで丁寧に調べていると、レッカーが近くまで来ていて、


〈ユキ、ともかくここを離れよう。もしかしたら盗賊がうろついてるかもしれない〉

「そうね。リーナ、レッカーの中に乗って。車内で応急措置するわ」

「え、直してくれる……の?」


 涙と鼻水で濡れた顔をユキに向けて言った。


「ええ、いいから早く乗って」

「うん」


 ユキはジーンを慎重に持ち上げ、車内に置いてから、ひっくひっくと泣くリーナを抱えて席に座らせ、自分も乗り込んだ。


「レッカー、出て!」


 ユキがそう言うと、彼は運転席のドアを閉め、勢いよく発進した。

 運転はレッカーに任せ、ユキはすぐにジーンを見始める。

 まずは、ジーンの右腕から飛び出ている配線をつなげなければならない。

 ユキは、運転席と助手席の間の足元に置いてある道具箱を席の上に置き、中からペン状の道具を取り出した。


「それ何?」


 リーナが尋ねる。


「配線をのりみたいにつなげる道具。あくまで応急措置だけどね」


 そうしてユキは配線に顔を近づけて、慎重に作業を行う。


「ジーン大丈夫?」


 マオが心配そうにジーンをのぞきこむ。


「あたしも心配……。マオちゃん、あたしの手を握ってくれない?」


 リーナが細い手を差し出した。


「うん、いいよ」


 マオは右手でそっと、リーナの左手を握った。



 数分後、ユキが顔を上げ、


「とりあえず、腕を動かすくらいには直せたと思うわ。昨日みたいに、武器を換装したりできるかは分からないけど」


 そして、次はジーンの頭部を両手で触って調べる。


〈俺のバッテリーをつないでみるか?〉


 走りながらレッカーが言う。


「いえ、もしそれをやってあなたが動けなくなったら困る。だから、わたしの燃料電池をつないでみるわ」


 ユキは、ふうと軽く息を吐くと、上の作業着を脱ぎ始めた。中に着ているシャツも脱ぎ、上半身裸になる。


「え、ユキさん何してるの?」


 困惑した顔で、リーナが訊いた。


「わたしの燃料電池とジーンのバッテリーを、配線でつなぐの。たぶん、外部から少しだけエネルギーを供給してあげれば、後は自分のバッテリーで動けるはず」


 ユキは道具箱からボールペンくらいの太さの配線を取り出し、次に自分の胸部の小さめな双丘の間辺りをまさぐり、上から下にふたを開けた。

 その中にはバッテリー室があり、二つの燃料電池が縦に並んでいる。


「すごい……」


 リーナは、人間の裸にしか見えなかったユキの体に、一部機械の部品が見えていることが珍しく、まじまじと見つめた。


「お姉ちゃんの体の中、そんな風になってるんだね」


 マオも興味津々といった様子で、リーナの肩越しにユキの機械の部分を見ている。


「あんまり見ても、面白くないと思うけど」


 そう言いながらユキは、自分の燃料電池を一つ外して、それに道具箱の中から出した配線をつないだ。


「失礼するわね」


 ユキはジーンの仮面の部分を上に開き、彼の素顔を見る。

 目の部分が液晶画面になっていて、下の部分に大きな口があって、今は閉じられている。

 目と口の間に、バッテリーを示すマークがあり、そこのフタを開いた。


「良かった。配線をつなげられそうね」


 ユキは安堵し、ジーンのバッテリーと自分の燃料電池を配線で接続し、エネルギーを与えた。


「ジーン……ジーン……。あたしだよ、リーナだよ。起きて」


 リーナが彼の頭を優しくなでる。すると、


『…………あれ、ここはどこ…………。もしかしてユキさんたち?』


 細々とした声でジーンが言った。


「ジーン? ジーン! ジーン! あたしだよ、分かる?」


 リーナがジーンに顔を近づけて、叫んだ。


『分かるよ。そんなに顔を近づけなくても、声だけで分かるから。あれ、涙と鼻水でひどい顔だ。もしかして心配させちゃったかな。ごめんね』


 ジーンが左腕を伸ばして、リーナのほっぺたを優しくなでた。

 リーナは鼻水をすすりながら、ジーンのアームの感触を肌でしっかりと感じ、安心した表情になる。


「意識が戻ったのね」


 ユキが言うと、


『わざわざ自分の燃料電池を使って直してくれたんだ。本当にありがとう。自分の大事な部分をさらしてまでも、他のロボットを直すなんて、ユキさんしか知らないな』

「そう? わたしだって、たまにしかしないわよ」

『直してもらって言うのも変だと思うけど、ユキさんたちって結構お人よしだね。このご時世に珍しい』

「わたしは昔から、あまり人には深く関わらない方だったけど、マオと一緒に過ごしているうちに、少し考えが改まったというか、心が緩んだというか……。自分でも上手く言葉にできなくて」

『そうか、つまりユキさんは丸くなったってことかな』

「分からないけど、そうかもしれないわね」


 ユキとジーンはクスクスと笑った。

 二人が笑いあっているのを見て、マオとリーナも安心し、お互いにしっかりと手をつなぎながら顔を見合わせ、フフッと笑った。



 一行は、そのまま旧市街地を抜け、やがて大きな街に着いた。

 日はほとんど沈んでいて、等間隔に設置されている街灯が、一つまた一つと灯り始めている。

 ユキは、レッカーをある工場の前に停め、


「ここはこの地域でも有名な企業の工場よ。お金さえ払えばしっかりと直してくれるはず」

『うん、分かった。ここまでしてもらってありがとう。ほら、リーナも頭を下げて』


 リーナとジーンは、座席に座りながら、ユキに頭を下げた。


「ユキさんはジーンの恩人だよ! 絶対に忘れないから」


 リーナは顔を上げ、ユキの胸に飛び込んだ。


「ええ、あなたたちも、これからはあまり無茶なことをしないほうがいいと思う」


 ユキが彼女の頭をなでながら言う。


「……うん、気をつける。うん、絶対生きてまた会いたいから、ほどほどにする」

「本当はそういうのをやめたらいいだろうけど、でもこれ以上あなたたちには言わないわ。あなたたちの人生だから」

『今度は、改造を受けて、リーナをもっと守れるように強くなるよ。次に会う時、楽しみにしてて。レッカーもね』

〈ああ。俺も君たちに会えるまで廃車にならないよう、がんばるよ〉


 そして、リーナはお尻をこすりながら座席の上を移動し、マオをしっかり抱きしめた。

 リーナは、半そでの上着越しにマオの温かい体温を感じながら、


「じゃあね、マオちゃん。また一緒にご飯食べようね」

「うん、じゃあね。元気でね」


 マオもリーナを抱きしめた。マオの鼻腔を、リーナの汗とシャンプーの匂いがくすぐった。



「じゃあねー!」


 外に降りたリーナとジーンは、ユキたちに大きく手を振った。


「ばいばーい!」


 マオもウインドーを開けて、手を振りながら叫んだ。

 レッカーは車道に入ると、スピードを上げて郊外に向けて走り出した。

 それを見送った二人はレッカーに背を向け、修理のために工場へ足を向けた。


 そうして、一行はそこで別れることとなった。

 ユキたちとリーナ・ジーンは、その後再開する日が来るのだが、それはまた別の話。

次話をお楽しみに。

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