第八十九話:リーナとジーン⑥
先ほどまで男たちの怒号やユキたちの話声で騒々しかったこの場所は、今はしんと静まりかえっている。
ユキは運転席のウインドーを少しだけ開け、
「ジーン、戻ってきて!」
と、レッカーの座席と同じ高さで、外でホバリングしながら辺りを警戒しているジーンに言った。
『ただいま』
助手席のウインドーから飛んで戻ってきた彼は、上機嫌な声で言った。
ジーンが車内に入ってきたのを確認するとすぐに、ユキはアクセルを強く踏んで、レッカーを急発進させた。
道に転がっている盗賊たちを避けるのは無理だと思い、彼女は彼らの体に乗り上げるのもおかまいなしに、まっすぐ走らせる。
数回ほど体に乗り上げるたび、車内が上下に大きく揺れた。
マオは、たった今とんでもないことが起きたことを、言われなくても肌で感じ、座席に座るとお姉ちゃんの服の裾をしっかりと握った。
盗賊たちを通り過ぎて再び走り出したころ、リーナが背後を振り返った。
「えー、あいつらの持ち物奪わなくて良かったの? せっかくジーンが全員殺したのに」
リーナの言葉には、今起きたことに対しての恐怖の感情は一切なく、おもちゃを取り上げられた子どものように口をとがらせた。
「まだ盗賊の仲間がこの辺にいるかもしれないわ。だから、早くここを離れないと」
ユキはハンドルを握りつつ、周りの様子をうかがう。がれきの重なる光景が続いているだけで、特に武装した人間やロボットが待ち構えている姿は確認できず、サイドミラーにも自分たちを追ってきている者もいないように見える。
『まあ、ユキさんの言う通りかもね。ぼくとリーナだけだったら、あのまま彼らの身ぐるみをはぎたかったけど、マオちゃんやレッカーを守らなくちゃいけないユキさんの気持ちは、よく分かる』
うんうん、とジーンは納得するように、座席の上で何度かうなづく。
〈死体を物色することに慣れているようだな〉
レッカーが冷静に言う。
『そうだよ。ぼくらはそうやって生きてるから』
「え、レッカーは今何て言ったの?」
ジーンがリーナに教えてやると、
「だって、死んじゃったら服も銃もお金もいらないじゃん。だからあたしたちが有効に使ってあげるの。あのままがれきの街の中に埋もれるよりも、はるかにマシだと思うよ」
リーナはケラケラと笑いながら言った。
「……まだ子どもなのに、大変な生活しているのね」
ユキが言うと、
「まあね!」
リーナは自慢するように胸を張り、
「マオちゃんはどう思う? 死んだ人から持ち物もらってもいいよね?」
と聞いた。
するとマオはうつむいていた顔をリーナに向けて、
「うん」
小さい声で、しかし瞳はまっすぐリーナを見つめながら答えた。
「え、マオちゃんたちもあたしたちみたいなことしてるの?」
リーナは遠慮というものを一切考えずに尋ねる。
「ずっと前ね」
マオは、ぼそっとそれだけ答えると、お姉ちゃんのほうを向いてうつむいた。
「ふーん」
それ以上話を続けるのをやめ、リーナはマオの横顔をじいっと見つめた。
町の中心部まで戻ってきて、一行は一息ついた。
レッカーが路肩に停まると、
「外に出たーい」
とリーナがごねた。
「いいわよ。ちょっと気分転換しましょうか」
そう言ってユキは、皆を外に連れ出した。
「コンビニとかないんだね」
深呼吸したマオは、辺りを見回して言った。
「そういうのは、もっと都会に行かないとないわね。そこの個人商店で飲み物売ってるみたいだけど、何かほしいのある?」
ユキは、すぐ近くに建っている木造平屋の小さなお店を指さす。
「みんなで行こうよ! あたしもジュース飲みたいし」
リーナがキシシと笑う。
「そうね。みんなで入りましょうか」
そうして、マオとリーナはそれぞれリンゴジュースとオレンジジュースの缶を、店主である高齢の女性から買い、外に出た。
二人が缶を開けようとすると、
「飲むのはレッカーの中にして。これからすぐにこれを売りに行きたいから」
ユキは荷台を指さした。
『その方がいいね。早くお金に換えてしまおう』
ジーンもそう言うので、
「分かった。マオちゃん、開けるの待って。中に戻りましょ」
と言って、リーナはマオの手を引いて、一緒に乗り込んだ。
そして一行は、昨日と同じ工場へ行き、拾ったロボットにとても良い値段がついたのを喜び合い、均等にお金を分け合った。
時間は朝と昼の間。一行は、買い取りを依頼した工場の前で別れることになった。
「いい収入になったわ。リーナ、ジーン、ありがとう」
ユキはレッカーのすぐ横に立ち、二人にお礼を言った。
『こちらこそ、少しの間はぜいたくできるお金が得られてうれしいよ』
ジーンがユキを見上げながら言う。
「あたしも楽しかった! またユキさんのつくったご飯が食べたいな」
ムフフとリーナは笑い、ユキの右手を両手でしっかり握った。
「ええ、また会えることがあったらね」
ユキはニコッと微笑む。リーナの細くて豆のできている手の感触を感じた。
レッカーの運転席に乗り、ユキはアクセルを踏みながらギアを動かし、レッカーをゆっくりと発進させる。
車道に入る前、ユキはいったんブレーキを踏んで停車させ、二人に右手を軽く振った。
「ばいばーい! マオちゃんもばいばーい!」
リーナが大声で言って、両腕を上に伸ばして大きく振った。
それを聞いたマオも、
「ばいばい!」
と、開いているウインドーから左手を出し、笑顔で大きく振り返した。
そして、ユキは再びアクセルを踏み、車道へ乗り入れた。
四つのタイヤが段差を降りるたび、レッカーの車体がギーギーと音をたてる。
少しずつスピードを上げながら、レッカーはユキとマオを乗せて、町の色んな会社の事務所が立ち並ぶ場所の方に走っていった。
彼らが見えなくなるまで手を振っていたリーナは、やがてしぼんだ風船のように表情に影を落とし、手を下ろした。
『リーナ、どうしたの?』
表情の変化を見逃さなかったジーンが尋ねる。
「うん、何か、お祭りが終わった後みたいに静かになっちゃったなって思って」
リーナとジーンの前の道路には、数台の車が走っていて、歩道を歩いている人間やロボットもちらほらいるものの、二人を知る者はその中にはいない。
人気のなくなった工場の敷地に、二人はポツンと取り残されたように立っている。
『明日さ、殺した盗賊のところに行ってみない?』
ジーンはわざと明るい声で提案した。
「盗賊のところ?」
『そう。あいつらが使ってた武器とかを回収できれば、もっとぜいたくできると思うよ』
「そうだけど……。もしあいつらの仲間がうろついてたら?」
『どうしちゃったのさ、怖気づいちゃって。いざとなったらぼくが守るから大丈夫だよ?』
「怖気づいたわけじゃなくて。マオちゃんとお別れして、ちょっと寂しかっただけだもん」
『で、行く?』
「うん、行くよ。だってあたしたちは、これまでこうして生きてきたんだし。今さらやめないよ」
『そうそう、その意気だよ! 今日はいっぱいおいしいご飯食べて、ぼくはしっかりエネルギー補給して、しっかり休んで、明日からまたがんばろう』
「うん、がんばろう!」
リーナが右手に拳をつくって空に向かって伸ばすと、ジーンも同じように右のアームをまっすぐ上げた。
7へ続きます。




