第八十九話:リーナとジーン④
やがて、周りに森しかない場所で、レッカーが停車した。
彼の走ってきたこの砂利道は、大型トラックが余裕ですれ違えるほど広く、まっすぐ地平線まで伸びている。
路肩でエンジンを切り、仮眠し始めたレッカーから、一同が両側のドアから出てきた。
マオは、両手を広げて大きく深呼吸した。
「マオちゃん何してるの?」
リーナが尋ねる。
「空気がきれいだよ」
マオがそう言うので、彼女も同じように息を深く吸い込んだ。
「うーん、よく分かんないけど、でも確かにコンクリートだらけのあの場所よりかはいいかも」
リーナには正直空気の違いは感じられなかったが、マオに話を合わせた。
『ぼくにはまったく分からないな』
ジーンが二人のマネをして両手を広げて、息を吸う仕草をする。
「ジーンは呼吸しないでしょ」
リーナが鼻で笑い、ジーンの頭を拳で軽くコツンと叩いた。
三人がおしゃべりしている間に、ユキは荷台から食材や調理道具を降ろしていた。
ユキがジーンを見て、
「ジーン、手伝って。折りたたまれてるテーブルを広げてほしいのだけど」
『うん、分かったよ。へえ、調理道具って、その収納ボックスに入ってるんだね』
ジーンが頭からプロペラを出して飛び上がり、レッカーの荷台をのぞきこんだ。
荷台の前方に大きな金属製の収納ボックスが設置されていて、その中に小型冷蔵庫や調理道具などが所狭しと入れられている。
ジーンは、レッカーに立てかけられているテーブルを、飛びながら器用に組み立てていく。
「あたしも手伝う!」
リーナが、荷台に登っているユキに言った。
「それじゃ、この鍋とカセットコンロをテーブルの上に置いてくれる?」
ユキは荷台の上にあるそれらを、地面に立っているリーナに取りやすいように、荷台の端に寄せた。
リーナは、「意外と軽い」と、一つずつ丁寧に運んだ。
それを見ていたマオが、
「あたしも! あたしも何かやる!」
とごね始めた。
「ちょっと待って。これから近くにある川に野菜を洗いに行くから」
そう言うとユキは、荷台の端に獣の皮でできた袋を四つ置いた。
荷台から飛び降りて、彼女はそのうちの二つを両手に持つ。
「はい、玉ねぎの入った袋はマオが持って。こっちのじゃがいもはリーナね」
二人はユキから野菜を受け取った。
「あたしも野菜洗うの?」
リーナが言う。
「そうよ。イヤなの?」
ユキの問いかけに、リーナは首を横に振った。
「楽しそうだからやる!」
リーナは袋を振り子のように大きく振りながら、道路から茂みの中へ入ろうとする。
「方角はそっちじゃないわ。私についてきて。マオ、重くない?」
マオは両手で袋の口をしっかり持っているが、少し顔に力が入っていて赤らめている。
「だ、大丈夫」
「そう? ちゃんとついてきてね。ジーン、残ってる袋の中身は肉だから、食べやすい大きさに切ってくれる? 包丁とまな板使ってね」
『うん、お安い御用だよ。いってらっしゃい~」
ジーンは三人に手をふった。
そうして三人は、森の中へ入っていった。
材料を切って鍋に入れて煮て、完成したのは夕日が森の木々に隠れてしまった後だった。
太陽の姿はないものの、空に浮かぶ雲の西側がオレンジ色に染まっている。
そして、東に視線を移していくに従って、空の闇がどんどん深まっていく。
「こんなにおいしいシチュー初めて食べた!」
ごくんと飲みこんだ後、リーナが鼻息を荒くしながら言った。
「それなら良かったわ」
軽く微笑んでユキは答えた。
リーナとマオとジーンは、砂利道の端にあるちょっとした草原の上に敷いたビニールシートの上に座っていて、リーナとマオは食器をカチャカチャと鳴らしながら夢中で食べていた。
そのすぐ隣に高さのあるテーブルがあって、ユキはそこに置いた折りたたみ式のイスに座っていた。
テーブルの上には、太陽電池式のランプがあって辺りを明るく照らしている。
テーブルの向かい側にはもう一つ折りたたみイスがあるが、そこには調理道具が置かれていた。
「どうしたのマオ、食べながらニヤけて」
少し顔を伏せながら、ゴロゴロとしたじゃがいもを口に入れたマオの顔を、ユキはのぞき込んだ。
マオはゆっくりと噛みしめた後に、ユキを見た。
「今日は人が多いから楽しいなって思って」
「そうね。今夜はにぎやかね」
それを聞いていたリーナも、
「あたしも他の人と食事するなんて久しぶりだから、とっても楽しいよ」
そう言った後、スープ状のシチューをペチャペチャとお皿に少しずつこぼしながら、金属製のスプーンで口に運んだ。
『ぼくにも一口ちょうだい』
ジーンがリーナにねだった。
「え、なんで?」
『味見したいの』
「ロボットだから必要ないじゃん」
『食レポってやつだよ』
ジーンが仮面を上げて口を開けたので、リーナは仕方なくスプーンでじゃがいもをすくって、彼に食べさせてあげた。
彼は仮面を下げて数秒沈黙し、
『うん、ホクホクしてていい。野菜のエキスが染みて、人間はおいしいって思うだろうね』
声変わり前の男の子の声でそう言ったため、ユキはシュールさを感じてクスッと笑った。
「ほらー、ユキさんにも笑われたじゃん。やっぱりジーンに食レポは無理だよ」
プークスクス、とリーナがスプーンをお皿に置いて、片手で口を押さえて笑った。
『そうかなぁ。あんまりやったことないけど、うまくできたつもりだよ?』
ジーンが不満そうな声で言った。
そうしてしばらく、森の中に笑い声と話し声が響いていた。
食事の片づけが終わって夜が深まってきたころ、ユキがマオの着替えとタオルを車内から持ってきて、
「マオ、体洗いに行くわよ」
「うん」
二人はいつものように言葉を交わし、川の方に歩いていく。
「どこ行くの?」
ゲップをした後、リーナが尋ねた。
「川よ。マオの体を川の水で洗ってあげるの」
「じゃあ、あたしも行く」
リーナはリュックサックから着替えを出して、それをタオルでくるんで二人の後を追った。
『じゃあぼくも……』
ジーンが動きかけたが、
〈君は俺と残るんだ〉
先ほどまで仮眠していたレッカーが言った。
『分かったよ。それじゃ今の時間は二人っきりで話しでもする?』
〈そうだな〉
レッカーははっきりした口調で答えた。
『何の話しようか。お互いの駆動バッテリーの規格とか? ぼくはね――』
〈いや、せっかく二人っきりだから別の話をしたい。声を潜めてほしいんだが……〉
『何?』
〈君、人を殺したことあるだろ〉
『……あるけど? 何で分かったの?』
〈君のアームの先端に血の跡が付いているのが見えた。だから聞いてみた〉
『よく見てるねー。レッカーさんはかなり年季入ってるけど、そういうの分かるのかな?』
〈俺たちも何度か、人の死に目に立ち会ったことがあるからな。経験だよ経験〉
『そうかぁ。で、どうするの? ぼくたちと仕事するのやめる? 人殺しとは仕事したくない?』
〈確認させてくれ。人を殺したのは、正当防衛か?〉
『そうだよ。愉快犯じゃないし、人を殺すのって労力も武器も消費しちゃうし、面倒だし。だからあまりやらないね』
〈だったらユキも納得するだろう。このご時世、綺麗ごとだけじゃ生きていけないからな。今晩、ユキに話しておく〉
『うん、いいよ。じゃあ、もうこの話は終わり?』
〈ああ、終わりだ〉
『川に行ってくるよ』
〈ダメだ〉
『えー、ぼくはリーナが体を拭いてる所なんてよく見るよ』
〈そうじゃない。マオが裸になってるからダメだ。クレーンで捕まえてもいいんだぞ〉
『……分かったよ』
5へ続きます。




