第八十九話:リーナとジーン③
町の中心部に着いて、レッカーは買い取り業者の工場で停車した。
そして、ユキが担当者と数分の間打ち合わせをして、査定をしてもらう手続きを行った。
「さて、行きましょうか。後はレッカーと業者に任せればいいから」
ユキは運転席のドアを開けて、中にいるマオとリーナに言った。
ユキから見て手前に座っているリーナが、
「じゃあ、すぐそこのレストランでいい? マオちゃんはそこでいいって言ってるよ」
工場のすぐ近くにあるそれを指さした。
許可を求められても、結局近くにある飲食店はそれしかないため、
「ええ、いいわよ。マオ、行こう」
お姉ちゃんに促されたマオは、ウキウキした顔で助手席のドアを開けて外に飛び降りた。
リーナもマオと一緒に降りて、
「ジーン、行くよ」
レッカーの荷台に乗っているジーンに呼びかける。
『うん、このままここに乗ってたら、他のガラクタと一緒に売られかねないからね』
彼はそう言うと、頭からプロペラを出して飛び上がり、リーナのすぐ隣に着地した。
ユキは、ジーンがハイテク技術で作られていることが気になったものの、後で訊いてみようと思い、いったん保留にした。
「マオちゃん手つなごう?」
「うん」
リーナとマオが手をつないで先に歩いていくのを後ろで見て、
「子どもってすぐ仲良くなるのね」
とユキはつぶやいた。
『リーナとマオちゃんはいい子だからね』
その場で立ち止まっていたジーンが、くるっと振り向いて言った。
「そうね」
ユキは、これから仕事のパートナーになるかもしれない相手に、社交辞令として相づちを打った。
レストランの内装は、木の板をいくつも並べてつくられていて、その色は濃い。
入店してすぐカウンター席が目に入り、それがキッチンを三方向囲んでいる。
キッチンの中は客からも見え、中では二十代くらいの若い女の人がコックさんの格好で料理を作っていて、茶色いエプロン姿の五十代くらいの男の人がカウンター席のテーブルを布巾で拭いていた。
店内には、はるか昔のジャズ音楽が小さく流れている。
「いらっしゃい。四人ですか? なら、あちらの席はどうですか」
小さい子ども二人に背の高い女性に丸いロボットを見て、男性店員は少し珍しいものを見た顔をしたが、その後は冷静に、窓際に一つしかないテーブル席を示した。
テーブル席は窓から入ってくる光に照らされていて、主役であるお客さんが座るのを待っている。
「ええ、ではそちらに」
ユキが先にテーブル席の近くに行き、三人を手招きして席に座らせた。
ユキとマオが隣同士に座り、リーナとジーンは二人の向かいだ。
マオとリーナはメニュー表を見て、マオはオレンジジュースとショートケーキ、リーナはカフェラテとシュークリームを注文した。
注文を聞いた男性店員がキッチンに戻るのを、マオとリーナは目で追った。
『さて、注文した品が来るまで、改めて自己紹介しようか。ぼくはジーン。危険なロボットじゃないから安心して』
どうも~、とジーンは右手を軽く振った。
「また自己紹介するの? あたしはリーナ。多分十歳。危険な人間じゃないよっ」
リーナは、てへっと舌をペロッと出した。
ユキとマオも名前を名乗ると、
『親睦を深める前に一応聞いておきたいけど、ユキさんは契約書なるものはつくらないタイプ?』
「……そうね。たいてい口約束が多いわね」
『じゃあ、今回もそれでいいよね。いちいち書類用意するの面倒だし。で、まず何から確認しようか』
「報酬の分配ね。わたしはこの場合、半々が無難だと思うわ。ジーンたちが見つけて、わたしとレッカーが運ぶのだから」
『そうだね。トラブルを避けるにはそれがいい。他には何を決める? どこに売るとか?』
「売る場所は、隣の工場でいいと思うわ。わたしが調べた中で一番信用置ける会社よ」
『うん、分かった。まあ確認しておくのはそれくらいかな。今回のは仕事というより、お宝探しに近いし』
「それもそうね」
大人同士が難しいお話をしているため、
「マオちゃん、手見せて」
「手? うん」
マオが右の手のひらをさしだす。
「……うーん、お。マオちゃんは少し前に大変な目にあったのかな。線が乱れてる。でもその後は線がしっかりしてるから、今後の人生は順調だと思うわ」
いきなりリーナが変なことを言いだしたので、マオは首をかしげた。
「ん? 何をしてるの?」
「ああ、手相占いだよ! 手のひらに刻まれてる線を見て、人生の色んなことを占うの」
「ふーん、じゃあリーナのは?」
「マオちゃんに分かるかな? はい見て」
マオの手を離し、今度は自分の手のひらを見せた。
「傷が三つできてる。えっと、これはタコっていうんだっけ?」
「うん、そうそう。色々苦労しててね……って見るのはそっちじゃなくて、線の方。あたしの生命線は色々乱れまくってるから、きっとこの先も苦労するんだと思う。いやぁ、多分命がいくつあっても足りないんじゃないかなぁ」
リーナはわざとらしく笑った。
マオがおそるおそる訊く。
「そんなに大変なことしてるの?」
「うん、してるよ~。ガラクタ拾いしたり、盗ったり、ころ――いや何でもない」
急に思いつめた表情になったリーナに、マオはもう一つ訊こうとしたが、
「マオ、何の話してるの?」
と、仕事の話を終えたユキが会話に入ってきた。
「リーナがとても大変な目にあったって話」
「そうなのね。それじゃ……」
ユキからの視線を感じたリーナは、
「ん? 何?」
「わたしからも一つ聞いていい? ちゃんと食事してる? あなたくらいの年の子だったら、もう少し肉付きが良いはずだけど」
「あたしのこと心配してくれるの? どうして?」
「仕事のパートナーになるかもしれないからよ」
「あ、まだ契約は済んでないの?」
リーナがジーンを見た。
『ああ、ユキさんと話して、ちゃんと売れそうなロボットだと判断できたら、そこで契約するってことになったんだ。何しろ、そのロボットはぼくらしか見ていないわけだし』
「それもそうか。まあそれでもいいよ。ロボットが転がってたのは本当だしね。で、あたしの体の話だっけ? スリーサイズ知りたいの?」
リーナは再びユキを見る。
「スリーサイズには興味ないわ。やろうと思えばいつでもすぐに見ただけで測れるけれど。ちゃんとご飯が食べられるくらい収入は得ているの?」
「まあそこそこね。ガラクタ拾いの他には、旅先で色んなお店のお手伝いをしたりしてお金もらってる。ジーンがやってくれることもあるよ」
『こう見えて、力仕事はそこそこ得意なんだよ』
ジーンが力こぶをつくる動作をした。
「それで、ユキさんはあたしに何が言いたいの?」
「仕事は明日の朝からということになったから、今夜はこの町に泊まるわ。だから、晩ご飯を食べさせてあげようと思って」
「え、本当!?」
「お店に食べに行くとお金かかるから、なるべく自炊するようにしてて、今夜もそうするつもりなの。一人分だけつくるよりたくさんつくったほうが、もっと節約になるし」
「でもそうしたら、食費かかるじゃん」
「いいわ。マオが楽しそうにしてるし、わたしも子どもはあまり嫌いになれないから」
「ふうん、さっきガラクタ置き場で『殺す』『殺される』なんて言ってた人とは思えないんだけど」
「あれは初対面だったからよ。このご時世、相手を疑わないと生きていけないから」
「でも、食事に誘ったってことは、あたしとジーンのことを信用してくれたってことでしょ?」
「まあ一応ね」
それからすぐに、男性店員がマオとリーナの注文した品を運んできた。
マオはすぐに、グラスに入ったオレンジジュースが半分になるくらい、一気に飲んだ。唇に残ったそれを、ペロッと舐める。
一方リーナは、
「ふっふっふ。一か月ぶりのぜいたく……!」
シュークリームを一口食べて、「甘ーい!」とほっぺたが落ちそうな表情をした。そして乱暴にカップの取っ手をつかむと、アイスカフェラテを三分の一くらい一気に飲んだ。
『ところで、こういう交流の場って、自分たちの身の上話とかをするのかな。ぼくたち、他人とテーブルを囲むってことはあまりしないから分からなくて』
食事ができないジーンが手持ち無沙汰になって、何となくつぶやくように言った。
「話したかったら話せばいいと思うわ。仕事のパートナーにそこまで明かす必要はない、とはわたしは思っているけれど」
同じくヒマしているユキが答えた。
『そうだね。わざわざ話すことでもないか。お互い金儲けできればそれでいいんだし』
「ええ、それでいいわ」
するとそれを聞いていたリーナが、カップをテーブルに置き、
「あたしはマオちゃんやユキさんのこと知りたいなぁ。ねえ教えて教えて~」
甘えたような声で、マオとユキを交互に見た。
『リーナ、相手のことを聞いたら、自分たちのことも話さなくちゃいけなくなるぞ。どこで生まれて何がどうなってぼくとリーナが二人だけで旅をしているのかって』
「……そっかー。その話をするには、ちょっとここじゃダメかもね。このお店は明るくておしゃれだし」
今度は、夢中でケーキを食べていたマオが、フォークをお皿に置いて口を開いた。
「あたしのことを聞きたいの? あたしはねー、焼いた肉が好き! あとは、カレーも!」
一瞬びっくりしたユキが、クスッと笑って、
「マオ、それじゃ今食べてるケーキやオレンジジュースは?」
「これも好き!」
マオはニカッと歯を出して笑った。
きょとんとしたリーナは、とたんにケラケラ笑いだして、
「ああー、好きな物の話ね! あたしも肉を焼いて食べるの好き。どっかで食べたんだけど、鳥のもも肉の皮がパリッとしてて肉汁がぶわーって出てきて、とってもおいしかったな。手にいっぱい脂ついちゃったんだけど、もったいなくて全部なめたくらいだったもん!」
リーナとマオが、どんどん好きな食べ物の話で盛り上がっているのを見て、
『ユキさん、こういう交流は問題ないよね』
「そうね、いいと思うわ」
ジーンとユキは、お互い顔を見合わせて静かに笑った。
レストランを出ると、ユキは皆を引き連れて、その隣にある工場の敷地に入った。
敷地の中にはレッカーがいて、
〈おーい〉
とユキたちに言いながら、人間が手を振るようにクレーンを軽く左右に振っていた。
レッカーの荷台から、さきほど拾ってきたガラクタがなくなっていた。
「査定の結果はどうだった?」
ユキが尋ねると、
〈悪くないようだ。詳細な金額は、事務所に行って確認してみてくれ。端末で見せてくれるらしい。納得したらサインしてほしい、と言ってた〉
「分かった」
そうしてユキは、工場の事務所へ行き、端末の画面に表示された四角の枠に、指でサインを書いた。
ユキが戻ってきて、
「さて、夜ご飯の準備をするわよ」
レッカーの前でおしゃべりしていたマオとリーナとジーンに言った。
「もう? まだおやつ食べたばかりだよ?」
リーナが首をかしげる。
「明日の早朝に、あなたたちが言っていた場所に行って、ロボットを積んで運び出す予定なの。もし誰かに取られていたら困るし。だから今のうちから夜ご飯の準備をして、早めに寝るのよ」
ユキは冷静に説明した。
『そうだね。あんまり日が高く昇った時間にあの辺うろついてたら、他の人に見つかっちゃうかもしれないからね』
ジーンが納得したように、うんうんとうなづく。
ジーンのその言葉にユキは少し引っかかったが、
「ええ、どこかお店に行って食料とガス燃料を買うわよ」
『へえ、もしかしてガスコンロがあるの?』
「あるわよ。マオに食事をつくってあげるのが、いつも森の中とは限らないし。何もない荒野の真ん中でご飯を食べさせたこともあるわ」
それを聞いていたマオも、
「あー、おいしかったねぇ」
暑くなった日の夜、遠い山から吹いてきた風を受けて食べた食事のことを、マオは思い出していた。
「その時は何食べたの?」
リーナがマオに尋ねる。
「ええとね、シチューだったよ。熱々だったけど、風が気持ちよかったから、ちょうど良かった」
「いいなぁ、あたしも食べたいなぁ。ユキさーん、今夜はシチューがいいなぁ」
リーナのリクエストを聞いて、ユキは少し考え、
「それじゃ、玉ねぎとじゃがいもを買いましょうか。にんじんと肉はあるから」
「よーし! そうと決まれば行こう行こう!」
マオの手を引っ張って、リーナは助手席の方から中に乗り込んだ。
『リーナはまだ子どもなんだ』
レッカーの外に残ったジーンが、隣に立つユキに落ち着いた声で言った。
「お互い様よ。マオもほんの子どもだから」
ユキは、フッと笑った。
小さな個人商店を数軒回って、必要なものを買いそろえた一行は、レッカーに乗って郊外の森へ向かっていた。
「なんでわざわざ森に行くの? 町にいくらでも空き地があるんだから、そこでいいじゃん」
とリーナが口をとがらせる。
「車中泊するためだけだったらいいかもしれないけど、今回は火を使うから、さすがに土地の持ち主に怒られると思う。巡回している警察のロボットに見つかってね」
ユキがハンドルを握りながら答えた。
「そんなの放っておけばいいでしょ。たった一晩そこでご飯食べて寝るだけなんだし」
「怒られるだけじゃなくて、町の中でご飯つくってると、たまに浮浪者が寄ってくることがあるの。それが面倒だから、というのもあるわ」
ユキの言葉にリーナは、ふーんと相づちをうち、それ以上言い返すことはしなかった。
「それにマオはいつも、静かな夜の森の中でご飯食べるの楽しいって言ってるわよ」
お姉ちゃんに名前を言われたマオは、ヒマそうに助手席のウインドーから外を眺めていた視線を、ユキたちに向けた。
「そうなの、マオちゃん。夜の森の中で食べるご飯って、おいしい?」
リーナがすぐ近くまで顔を近づけてきて、少し戸惑ったマオだが、
「うん、鳥の声とか少し怖いって思ったこともあるけど、でも楽しいよ」
「へえ、そうなんだ! 楽しみだなぁ。今日はあたしも一緒だから、きっともっと楽しくなるよ」
「うん」
マオは生返事した。
『マオちゃん、あまり乗り気じゃないように見えるね』
今度は車内にいるジーンが、こっそりとユキに言った。
「いえ、そうじゃないと思うわ。同年代の女の子と一緒にご飯を食べる経験をあまりしてないから、そういう楽しみ方がよく分かってないだけよ。イヤ、というわけではないわ」
『それなら良かった。リーナはマオちゃんと食事できるのが楽しみみたいだから』
4へ続きます。




