表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
209/295

第八十九話:リーナとジーン②

 リーナとジーンのいる場所から数キロほど離れた場所に、一台の荷台付きクレーン車が停まっていた。

 車体は白だがあちこち塗装がはげていて、クレーンは赤色。

 運転席に近い荷台の上には小型冷蔵庫とバッテリー、そして収納ボックスが固定されているが、荷台の大部分はガラクタや金属資材で占められている。

 クレーン車の横には、はるか昔に使われていた車のエンジンや外装やタイヤがバラバラになった状態で置かれていて、一人の少女がしゃがんでそれらをロープで縛って一まとめにしようとしていた。

 少女は紺色の作業着を着ていて背が高く、顔は十四歳ほどに見えるが雰囲気は大人びている。

 ショートカットの髪を揺らしながら、作業を淡々とこなしていく。

 少女の足元には、背中に背負える四角くて黒い物体が置いてあり、それの側面から二本の太いアームが伸びている。

 先ほどまでその道具を使って、ガラクタを拾ったり運びやすいように切断したりしていた。


〈ユキ、作業に集中するのはいいが、マオがどんどん離れていくぞ〉


 クレーン車がその少女に言った。


「えっ、どこ――」


 ユキと呼ばれた少女は、作業を中断して立ち上がり、辺りを見回す。


「マオ―、こっちに戻ってきてー」


 彼女は少し大きな声で呼んだ。

 クレーン車とユキから数十メートル先の、ガラクタが積み重なって山になっている所の麓に、五~六歳ほどの女の子がいた。

 マオと呼ばれた女の子はユキに呼び止められて、ユキたちの視界から外れる山の影に回りこむ前に立ち止まり、ふり返った。


「どーしたのー?」


 ユキと同じくらい大きな声でそう言い、マオはガラクタやコンクリートの破片の上をザクザクと音をたてながら、走って戻ってきた。

「ガラクタの山が崩れたら危ないから、わたしの近くにいて」

「そう? あ、あのねあのね、今行ったところに、車のドアみたいなのが落ちてたよ」

「ドア? ……分かった、これをロープで縛りあげたら行くわ。ちょっと待ってて」


 ユキはしゃがんで、作業を再開した。

 そして、いくつかのガラクタの塊が出来上がると、


「レッカー、わたしはマオの言っていた物を見に行くから、これを荷台に積んでくれる?」

〈ああ、やっておく。ユキも周りに気をつけて〉

「ええ」


 レッカーに向けられていたユキの視線が自分の方に向くと、マオは先に走り出そうとする。


「危ないって今言ったばかりでしょ。わたしとちゃんと手をつないでて」


 マオの手をしっかり掴まえながらも、グイグイと彼女に引っ張られながら、ユキは目的の場所に連れていかれた。


「これ」


 マオは足元の物体を指さした。


「これ?」


 ユキはしゃがんで、地面に横に置かれているそれに触れた。

 確かに車のドアにも見える。しかし、


「この素材、もしかして……」


 ユキは自らのデータベースで分析すると、このドアの素材はかなり頑丈な物だと分かった。


「戦闘用ロボットのドアかもしれないわ」

「ロボット? ドア? なんでロボットにドアがあるの?」

「人が乗り込んで操縦するタイプもあったみたいよ」

「ふーん。高く売れる?」

「本当に戦闘用ロボットの部品ならね」


 このサイズなら作業用アームは必要ないと判断したユキは、しっかり踏ん張ってそれを胸に抱えて持ち上げた。

 高さは一メートル三十センチくらいあり、車のドアよりも重く作られているのは確かだと彼女は感じた。

 それを抱えたままレッカーの元に戻ると、


〈お、マオの見つけたやつは売れそうなやつなのか?〉

「たぶんね。戦闘用ロボットの部品かもしれない」

〈それは良かったな。頑丈に作られているから、高い値段で取引されているんだろう?〉

「そうね。戦闘用ロボットは戦後すぐに大体の数が、行政や業者に回収されてしまったみたいだけど、今でも発見した物を持ち込めば高く買ってくれる業者がいるから」

〈ロストテクノロジーってやつか?〉

「そんな大層なものじゃないわ。回収された部品は新しい機械の一部になる場合もあるけど、コレクターの手に渡ることもあるみたい。ただそれだけ」

〈そうか。じゃあ、それを荷台に積んだら町に戻らないか? もうこれ以上載らないと思うぞ〉

「分かったわ。ああ、さっきの車の部品載せてくれたのね、ありがとう。最後にこれをクレーンで荷台に上げてくれる? その後ロープで固定するから」


 そうして作業を終えると、二人はレッカーに乗り込んで出発した。



 爆弾や砲撃などで破壊された旧市街地を、レッカーは重い荷台を揺らしながら慎重に走っていた。

 がれきが積み重なって壁になっていて、車が通れる道の幅が、彼の車体よりほんの少し広いくらいしかないから、どうしても徐行することになる。


「手を伸ばしたら触れそう」


 暑くて空気を入れるために開けているウインドーから、マオが手を出そうとしている。

 

「ケガするからダメよ。マオ、わたしのところに来て」


 お姉ちゃんが手招きしているのを見て、彼女は助手席のシートベルトを外して、地続きになっているイスの上を四つん這いで進み、運転席のユキにぴったりくっついて座った。

 ユキは、素肌の露出しているマオの右腕が自分の左手に触れていて、妹の体温を感じた。

 外の暑さのせいでマオの体温も上がっている、と分析した。水を飲ませた方がいいかもしれないと思い、


「これ飲んだら?」


 イスの上に横倒しになっている丸い水筒を、マオの背後から手を伸ばして掴み、渡した。

 少しのどが渇いていたマオは、無言でフタを回して外し、水筒を傾けて一口飲んだ。


「うええ、ぬるいー」


 苦いものを口に入れたような顔をしたマオは、すぐにフタを閉めて水筒をイスに投げ捨てた。


「朝に宿屋で入れてもらった水だから、仕方ないわ。町に着くまでそれで我慢して」

「あんまりのど乾いてないからいい」


 マオは少し機嫌悪そうに言って、ヒマそうに辺りの景色に視線を移した。



 やがて、正面に開けた道が見えてきた。

 その先は、大型の車が余裕ですれ違えるくらい広く、砂利道ではあるが作業車によって平らにならされている。

 ただ、両脇にがれきの山が積み重なっているのは変わらず、その向こうには今にも倒れそうなビルが点在しているのが見える。


〈川の支流から本流に入った気分だ〉


 ようやく細い道を抜けたレッカーは、一安心してそう言った。


「スピード出して走れるから、町まであと少しね」


 ユキが言った。


「そろそろおやつの時間でしょ? 何か食べたい」


 マオがお姉ちゃんの上着の裾を引っ張る。


「金属やガラクタを買い取ってくれる工場の近くに、小さいレストランがあったはずだから、買い取りの手続きをレッカーに任せて食べに行ってみる?」

「うん!」

〈俺もそれでいい。楽しんできてくれ〉


 快調に走るレッカーがご機嫌いい声で言った。

 その後、五分ほど走っていた時、


〈女の子とロボットが歩いているが、どうする?〉


 先に気づいたのはレッカーだった。一応彼は、スピードを少し緩めた。

 その問いかけを聞いて、ユキはマオとのおしゃべりを中断して前方を注視した。

 女の子は、黒い半そでシャツに長いGパンを穿いていて茶色いリュックサックを背負っている。

 一方、ロボットはサッカーボールくらいの大きさで、側面に太いアームがあってキャタピラで動いていた。

 女の子とロボットは両方とも後ろ姿で、顔はユキたちからは見えない。


「あと数キロ歩いたら町があるから、あの子たちもたどり着けると思うわ。先に行きましょう」


 ユキは、女の子とロボットを追い抜いていくように、レッカーに言った。


「誰かいるね」


 マオも前方を見て人影に気づいたものの、レッカーが停車しそうにないため、


「お姉ちゃん、あの人たち乗せてあげないの?」

「特に用事はないし、あの子たちでもきっと町に歩いていけるわよ」

「外暑いよ? 倒れちゃうかも」

「もしあの女の子とロボットが武器を持っていたら危ないでしょ。あの子たちよりもマオとレッカーの方が大事なの。分かった?」

「むー」


 マオはいまいち納得いかない顔をした。


〈ロボットが立ちふさがった。仕方ないから停まるぞ〉


 そう言ってレッカーは強めにブレーキをかけた。

 レッカーの言葉通り、ロボットがこちらを向いて両手を広げていて、女の子も「おーいおーい」と両手を大きく振っている。

 レッカーがロボットと女の子の数メートル手前で完全に停車したのを確認したユキは、


「座席の下に身を隠して」


 マオへ小声で言って、片手でジェスチャーした。


「お姉ちゃんは?」


 マオはお姉ちゃんが緊張した顔をしているのを感じた。


「ここから少し話してみるわ」


 ユキは運転席のウインドーを十センチほど開けた。

 それを見た女の子とロボットは、運転席のすぐ下まで駆けてきた。

 女の子は浅黒い肌で、茶色がかった髪をポニーテールでまとめている。

 ロボットはまるで古代西洋の騎士のような仮面に、手とキャタピラが付いているようなデザインだ。


「あたしリーナっていうの。ね、お姉さん。良かったら仕事しない?」


 リーナと名乗った女の子は、ユキを見上げてキラキラした目を見せた。


『ぼくはジーン。一応この子の保護者だよ。良かったら仕事しない?』

「…………仕事?」


 ユキは警戒心たっぷりの声で言った。


「そう、あたしが見つけた戦闘用ロボットがあるの! それを拾って売りたいから協力してくれないかなぁ」

『リーナ、手柄を横取りしないでよ。あ、本当はぼくが見つけたんだ。戦時中に使われていたままの状態で見つかってね、売ったら相当な値段になると思うんだ。どうかな? 話に乗らない?』


 ユキは、いつでも懐に入っているレーザー銃を取り出せるように、作業着のファスナーを少し開ける。


「あいにくだけど、荷台はすでにいっぱいなの。他の仕事をするには、まずこれを売ってからでないと無理ね」

「うーん……。そうだ、お姉さんがこのガラクタを売り終えたら、またここへ一緒に戻ってくるのはどう?」

「それだと、ジーンっていうそっちのロボットがわたしたちを殺してから、レッカーを使って戦闘用ロボットを手に入れるかもしれないわ」

「えー、なんでそんな物騒なこと言うの? あたしもジーンも仕事のパートナーにそんなことしないよ? じゃあ、荷台のガラクタを売る前にお姉さんにロボットの場所教える?」

『待ってリーナ、そうしたら今度はぼくたちがお姉さんに殺されて、ロボット持っていかれるかも』

「そうかー。どうしよう……」


 会話が止まって沈黙が流れる。

 助手席の座席の下でおとなしく隠れていたマオだったが、もうおやつの時間になっているので、


「お姉ちゃん、おやつまだ?」


 マオは小さな声で言った。


「おやつ? その話は後で」


 ユキが咎めた。


『おやつ? どうかしたのお姉さん』

「いえ、ちょっとね……」


 するとリーナが、


「あ、そうだ! あたしがお姉さんにおやつおごったげる! この先の町で好きな物ごちそうするよ」

「おやつ……。そんなにわたしたちと仕事がしたいの?」

「もちろん! お姉さんにあたしとジーンのことを信頼してほしいから、カフェかレストランで一緒に過ごしたいな」

「……なるほどね。わたしはロボットだからいらないわ。でもおやつはごちそうになる。とりあえず町で話を聞きましょう」

『よっし! そうと決まればまずは町へ行こうか。あ、もちろんお姉さんの仕事が終わってからでいいからね』

「わたしはユキよ。リーナはここから乗って。ジーンは荷台でいい?」

『うん、ぼくはガラクタと一緒でも楽しいから問題ないからいいよ』


 そうして、リーナとジーンを乗せたレッカーは、再び町へ向かって走り出した。



3へ続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ