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第八十九話:リーナとジーン①

 五分ほど続いていた銃撃音が鳴りやみ、車の走行音が少しずつ小さくなって完全に消えたころ、崩れたコンクリートの壁の陰から十歳くらいの女の子が顔を出した。

 女の子は、黒い半そでシャツに長いGパンというラフなかっこうだ。背中には、ちょうどいい大きさの茶色いリュックサックを背負っている。やせぎみで体つきは薄い。


「もういなくなったかな?」


 しゃがんでいた女の子が立ち上がろうとすると、


『まだ待っていて。安全かどうか一回りしてくるから』


 声変わり前の男の子の声でそう言って、女の子の隣から機械の塊がプロペラで飛びだしていった。

 そのロボットはサッカーボールほどの大きさの丸い形をしていて、中世ヨーロッパと呼ばれた時代にいた騎士の兜だけが、頭に付いたプロペラで飛んでいるようなデザインだ。

 頭の横に太い腕が二本あって、先端はアームになっている。

 ロボットは、比較的静かな音で飛行し、銃撃戦のあった廃ビルの周りを一周し始めた。

 一方、一人になった女の子はしゃがんだまま、警戒のために自分の周りをグルっと見回した。

 はるか昔は市街地だった場所だ。その証拠に、彼女の周りはコンクリートの塊だらけだった。

 重火器や爆弾などで破壊されつくされた市街地は、見渡す限りがれきの山がどこまでも続く場所となってしまっている。

 そして、今ロボットが入っていった廃ビルと同じように、とても離れた所にポツリポツリと廃ビルがいくつか建っているのが見えるだけだ。

 草木の姿は一本もなく、限りなく無機質な世界だ。

 女の子は、リュックサックから頑丈なつくりの水筒を出して、すっかりぬるくなった水を一口飲んだ。


「ふう」


 と彼女はため息をつく。ジリジリと焼くような太陽の光が、彼女に突き刺さるように降り注いでいて、額にはびっしりと汗をかいていた。

 そろそろ建物の中に入らないと熱中症になりそうだ、と思い始めていた時、プロペラの音がだんだん大きくなってきて、コンクリートの陰から飛び出すようにロボットが戻ってきた。


『大丈夫。生きている人間は誰もいなかったよ』


 ロボットは穏やかな声でそう言った。


「うん、分かった。生きてないならいいや」


 女の子は、どこかへ遊びに行く子どものように、パアッと表情を輝かせると、ミサイルのようにまっすぐジャンプして立ち上がった。


「なーにが落ちてるっかな~」


 鼻歌を歌いながら、女の子は廃ビルへ歩いていった。



 廃ビルの入り口付近に、空薬きょうがたくさん落ちていた。


「これ、売れるかな」


 女の子が地面のそれらを指さす。


『かもね。ぼくが預かっておくよ』


 そう言って、ロボットが着地してプロペラをたたんで頭の中に収納した。下部からキャタピラが出てきて、キュルキュルと音をたてながら、コンクリートやがれきでガタガタの床を移動し、二本のアームで薬きょうを拾い、そして自動で兜が上まで開いて、その中にある大きな口へヒョイヒョイと入れていく。


「ねえジーン、いつも思うけど、君の口の中って一体どれくらいの物が入るの?」


 手首で額の汗を拭いながら言った。


『実はぼくの口の中は四次元空間へつながっていてね……』


 笑いを含みながら、ジーンと呼ばれたロボットが言う。


「そういう冗談はいいから。ちょっと口の中見せて」


 女の子はジーンに顔を近づけて、中をのぞきこもうとする。


『ま、ま、待って! プライベート! プライベートだから!』


 彼は慌てて、キャタピラをギュルンと高速で動かして女の子から逃れた。


「あーもう! ずっと一緒にいるのにそこだけは見せてくれないの何でー!?」


 女の子はその場でジタバタする。


『リーナだって、服脱いで胸とかお尻とか見せてって言われたら嫌でしょ? それと同じだよ』


 ジーンは薬きょう拾いを再開した。


「別にジーンだったらいいもーん。減るもんじゃないし」


 リーナと呼ばれた女の子は腰に手を当てて、ふふーんと誇らしげな顔をした。


『それは分からないよー。もしかしたらリーナに気づかれないように君が着替えている姿を録画していて、ぼくの頭の中で楽しんでいるかもしれない』

「ジーンって男なの?」

『一人称は「ぼく」だし、男の子の声だから、そうだと自分では思ってた』

「そうなんだ。もし本当に録画してたら、君のメモリーぶっ壊すから」

『ハハハハやってみろー』


 ジーンは笑い声をあげながらリーナの足蹴りをかわし、薬きょうは一つ残らず拾ってみせた。

 少しの間、二人ではしゃいでいたのだが、彼女が何かに気づいた。


「血」


 がれきに血が点々と付いていて、それがビルの奥へ続いている。

 兜を元に戻したジーンが、それに顔を近づけて分析する。


『かなり新しいね。さっきの戦闘のだと思うよ』


 彼女は血の跡を目で追って、


「奥の部屋にいるかも。ジーン、先に行って」

『了解だ』


 細い廊下を進むと、その先は出口になっていて外の景色が見えるが、その手前に三十歳くらいの男の人が壁に背をつけて座っていた。

 頭はぐったりと下がっていて、目は閉じているが口はポカンと開いている。上半身に黒い防弾チョッキを着ていて、たくさんポケットがある黄土色のズボンをはいていた。


「死んでるよね?」


 おそるおそる男へ近づきながらリーナが言う。

 ジーンは男へ一メートルほどの距離で立ち止まって、両目のカメラで男の体を隅から隅まで分析した。


『死んでるね。死後三十分ってところかな』


 ジーンは冷静な声で言った。


「よっし!」


 リーナがパアッと目を輝かせながらガッツポーズをした。

 そして、自分のリュックサックから黒い軍手を出してはくと、ためらいなく防弾チョッキを男の体から外しにかかる。


「ジーン、ナイフでこいつの服を切ってよ。持ってる物全部出したいから」


 宝箱を見つけたような声色で彼女は言う。


『分かった。早くそいつの防弾チョッキ外して』

「……はい、とれたよ」

『ちょっとどいてね』


 彼の右手の二本の指が収納され、代わりにサバイバルナイフが出てきた。そして、手際よく男の上半身の服を切っていく。

 次にズボンを切ろうとしてナイフの刃を布に刺した時、


『あ、下半身ちょっと切っちゃった』

「うわ痛そー」

『死んでるから感覚はないよ』

「そうだけどさー」


 二人でケラケラ笑いあいながら、男の服の中に手を突っ込み、予備の銃弾やナイフや車のカギ、そして一枚の写真を見つけて、それらを二人で持って見せ合う。


「ナイフはあたしが持っておく。それ以外はジーンが仕舞っておいて」

『この写真はどうしようか』

「写真?」


 それは、男性と女性が高い木の下に並んで立っているものだった。二人とも笑顔だった。


『写真の中の男の人、今死んでるこの男だね』

「じゃあ、この女の人は奥さんかな」

『どうかな。妹の可能性もある』

「残念だったね。もう会えないね」


 リーナは写真をポイっと投げ捨てた。

 男の持ち物をすべて奪った二人は、満足そうに顔を合わせてニコッと笑った。


「ジーン、そろそろ行く? 確か十キロくらい先に町あるよね。今夜はそこで泊まりたいな」

『あ、そうだ。さっきこの辺偵察していた時に、良さそうな物見つけたんだ』

「良さそうな物?」


 ジーンに案内されてリーナが見たのは、廃ビルから五メートルほど離れたところに横たわっている戦闘用ロボットだった。


「うわあ! すごいすごい! ジーンお手柄だよ!」

『分かった分かった。だから頭を激しく揺らすのやめて。気持ち悪くなるから』

「このロボット、身長は四メートルくらい?」

『そうだね。人型の無人攻撃ロボットで、一応武装は壊れてるところはないみたいだ。ただ、あちこちさびてるから、今すぐは使えないかも』

「ふーん、こんなにデカかったら、いくらジーンでも運べないよねぇ。どうしようか」

『じゃあ、その十キロ先の町まで行って、このロボットを運んでもらえそうなトラックを探そうか』

「それって、お金を払ってってこと?」

『うん。お金は持ってるでしょ?』

「あるけど……。ちゃんと儲かるかなぁ」

『大丈夫大丈夫。このロボット、外側は汚くてさびてるけど、中身は無事そうだから、部品は高く売れるはず』

「分かった。信じるからね。もし売れなかったらジーンのせいだから」

『はいはい。もう出発しようよ。早めに町に着いてトラックを探さないと』

「うん、じゃあ、行こう!」


 リーナは町へ向けて歩き出した。

 途中で振り返って、ロボットのいるところを忘れないようにしっかりと記憶した。


2に続きます。

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