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第八十八話:旅ノート

 コンクリートで固められた海沿いの道を、レッカーが法定速度で走っていました。

 道の右側は数百メートルの高さの山ですが、左側のボロボロなガードレールの先は海で、その真下ではコンクリートの壁におだやかな波が、ぶつかったり消えたりをくり返しています。

 まっすぐなこの道は、対向車線とを区切るガードレールなどはなく、真ん中の線も塗装がだいぶ消えていて、最近塗りなおされている様子はありません。

 他に走っている車は一切なく、道に人やロボットの姿はありません。地面を歩いている動物もいなく、空に大型の鳥が一羽、上昇気流に乗ってのんびりと飛んでいるだけです。

 さて、三十分ほど走り続けて、左側に見えていた海は林の景色に変わり、右側の山はとぎれて草原になりました。

 草原の中には、基本的に人のいた形跡はありません。

 とても昔に使われていた、牛などの家畜が食べる牧草ロールを作るための錆びついた機械が一つ、柱が折れて屋根が落ちて骨組みだけになっている、長方形の家畜小屋があるだけです。

 そして、


〈あそこで休憩するか?〉


 レッカーがユキに尋ねました。

 右手に、大型車両を停められるスペースがあって、トタンで作られた小さな建物も見えます。


「休憩にするわ。そろそろマオに外の空気吸わせてあげたいし」


 紙の地図を見ていたユキは顔を上げて、目的の場所を確認してうなづきました。

 すると、自分の名前を言ったユキに、左手の景色をぼーっと見ていたマオが尋ねます。


「何か言った?」

「休憩するのよ。もう見えてるでしょ。あそこで少しの間ね」

「ふーん。遊ぶもの何かあるかな」

「どうかしら。あまり期待しないほうがいいわね」

「何で?」

「誰も来なさそうなところだもの。屋根のついた小屋は見えてるけど」


 レッカーがスピードを緩め、荷台にたくさん載せた金属資材の重さで車体をギーギーといわせながら、ゆっくりとハンドルを切って休憩スペースに入りました。

 トタン製の小屋の前で、プシューと音を鳴らして停車したレッカーは、


〈少し寝る〉


 と言って、疲れた体を休ませるためにエンジンを切りました。

 ユキが先に外へ降りて、助手席に回りこんで、マオを抱きかかえて地面に降ろしてあげました。

「んー」とマオは真上に体をのばして、座りっぱなしで凝り固まった筋肉をほぐします。そして深呼吸しました。


「生き返るー!」


 おいしい空気をたくさん吸って、マオは大きく叫びました。

 空は春の陽気で、日差しがとても暖かく感じます。風も静かに吹いています。

 ユキは地面を見ていました。休憩スペースはコンクリートですが、あちこちひび割れていて、そのすき間から雑草や花が生えていて、なかにはマオの背丈を超える高さまで成長している花もあります。まるで、


「自然に戻ろうとしているみたい」


 ユキは誰にも聞こえない小さな声でつぶやきました。

 マオはキョロキョロと辺りを見回していますが、小屋が気になり、


「ねえ、あの中って何あるのかな」

「入ってみる?」

「うん!」


 ユキが見て、すぐに倒壊しそうな建物ではなさそうだと分析したため、彼女は先に走っていくマオの背中を見ながら、小屋に向かいました。



 ドアが無くひさしが付いているだけの入り口から中に入ると、そこは四メートル四方の空間でした。

 木でできたかんたんな造りの長いベンチが二つ、向かい合わせになるように壁際に置かれています。

 そして、ちょうどこの小屋の中央に、一メートル四方の木のローテーブルがあって、その上に紙のノートが十冊ほど、ペンが三本載っていました。

 ベンチとテーブルのどちらもボロボロです。

 マオは、ベンチに土足で登ってその上の方にある窓から外を見ています。彼女はくしゃみを一つしました。

 一方、ユキはそのノートに気づき、手に取りました。


「旅の日記……かしら。でも色んな人が書き残しているみたいね」


 表紙にタイトルは書かれておらず、中身はすべて違う筆跡で書かれています。


『休憩スペースありがとう! 一晩休ませていただきました。この時代にこんな所がまだ残っていたんですね』

『足を伸ばして寝たかったので助かります』

『○○から来ました! △△へ行ってきます!』


 他にもたくさん色んな人が書いていて、いずれも日付が書かれていますが、かなり前のものばかりです。

 ユキがそれをパラパラめくって流し読みしていると、


「お姉ちゃん、何それ」


 窓からの景色に飽きたマオが寄ってきました。


「ずっと前にここへ来た人たちが、日記みたいに書いていったものみたいね」

「へえ、見せて見せて!」

「はい」


 ユキから受け取ったそれを、マオはじっくりと読もうとしますが、


「知らない言葉があって読めない」


 彼女は口をとがらせました。

 

「どれ?」

「これ」


 ユキがノートをのぞきこんで、旅人の一人が書いた文章を読んであげました。


「誰が書いたのかは分からないの?」

「そうね。名前も書いてないし、人間かロボットが書いたかも分からないわね」

「ふーん、面白いね。あたしも何か書いていい?」

「ええ、いいわよ。ペンはそこにあるわ」


 その後、マオはベンチの上にノートを置くと、その前にしゃがみこんで、思いつくままに殴り書きしました。


「見て!」


 できあがった文章を、ユキに見せました。そこには、


『ほこりがいっぱいで鼻がムズムズした』


 と書かれていました。

 ユキはクスッと笑い、


「これでいいの?」

「いい! お姉ちゃんも何か書いて」

「わたし? そうね……」


 あまり興味は湧きませんでしたが、ユキはマオからペンをもらい、同じようにしゃがんでサラサラと書きました。


「はい」


 ユキはマオに自分の書いた文章を見せました。


『駐車スペースが自然に戻ろうとしている』


「お姉ちゃん、これどういう意味?」

「コンクリートのすき間からいっぱい草や花が生えていたでしょ? 人が造ったものがどんどん自然に変わっていっているなって思ったの」

「んー、よく分かんない! あ、そうだ。レッカーも何か書きたいことあるかな」

「聞いてくる?」

「うん!」


 ユキはいったん外に出ると、駐車場で寝ているレッカーのところへ行き、助手席のドアを軽く叩きました。

 レッカーは数秒後に眠そうな声で、


〈ユキ? どうした〉

「あの小屋の中に、旅人が書き残していったノートがあるのよ。マオが、レッカーにも何か書いてほしいって言ってるのだけど」

〈……そうだな〉


 レッカーは少し考え、とても短い文章をユキに伝えました。


「それでいいの?」

〈ああ、それでいい〉

「分かったわ」


 ユキはまたクスッと笑って、小屋の中に戻りました。

 そして、レッカーの言葉をノートに書き、マオにそれを見せて、二人でクスクス笑いました。



 二人と一台が去った小屋の中に、開かれたままのノートがあり、その一番新しいページに、


『よく眠れた』


 と書かれていました。

次話をお楽しみに。

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