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第八十七話:二人だけの映画館⑤

 次の目的地に向かうレッカーの車内で、ユキは尋ねた。


「シマさん、次はどんな方々に映画を見せるんですか? わたしとの契約はその街までですよね?」

「ああ、次の街で最後だよ。誰に見せるかってことだけど、次は貸し切りの予定なんだ」

「貸し切りですか?」

「うん、実を言うと僕の彼女でね、街で一人で暮らしてる。付き合ってるんだけど、僕があちこちを旅してるせいで、月に一度しか会えなくて、手紙も電話も出来なくて、彼女には寂しい想いをさせてる。だから、今回は二人だけでゆっくりと映画を楽しみたい」

「なるほど、街に着いたら彼女さんを迎えに行ってから、会場でテントを張るということですか」

「そうだね。道案内するからその子の家まで行ってくれるかな」

「分かりました」

「ただ、マイ――その子の名前なんだけど、マイは重い病にかかっていてね、本当は入院しなくちゃいけないのにお金がなくて自宅療養していて、生活費と彼女をお世話するロボットのサービス料金は僕が払っている。僕は携帯端末を持っていないから、彼女に何かあってもそれを知ることができないのが悔しい。何事もなければいいが……」

「……」


 ユキとレッカーは、車内が重苦しい空気になっているのを感じた。

 マオも、ウインドー越しに外を眺めていた視線を、ユキとシマの方に向けて、何だろうという風に首をかしげた。



 一時間ほど走り、中規模の街に到着した。

 街中の道路は石畳で、建物はレンガ造りや木材を加工したものが混在している。

 シマの案内でレッカーが停車したのは、木造の二階建てアパートだった。かなり年季が入っていて、壁のあちこちに亀裂が走っている。

 あいさつするため、ユキはマオを車内に残し、シマと共に外へ降りた。

 彼は、一階にある一つの部屋の前で立ち止まった。そして、ドアを拳で三回叩いた。

 部屋の中からの返事を待つ間、ユキはそのアパートを見回した。

 マイのこの部屋の周りはゴミが落ちていなくきれいだが、他の部屋の前はゴミや雑草などで荒れ果てていて生活感がない。

 他には誰も住んでいないのかもしれない、とユキは思った。

 すると、ギイっとさびついた金属のドアが開き、中からハウスメイドロボットが現れた。

 シマはそのロボットが口を開くのをさえぎるかのように、


「マイはいるか」


 緊迫した声で尋ねた。

 部屋の中から返事はない。

 慌てるように彼は部屋に入り、マイがいつも過ごしている寝室のドアを乱暴に開けた。


「マイ……!」


 寝室のベッドの上はきれいに片付けられ、化粧台の上に彼女の顔写真と花が置かれていた。


「これって……」


 彼がそれらを見て立ち尽くしていると、


『シマさん、マイさんは三日前に亡くなりました。死因は――』


 メイドロボットの言葉を聞いた瞬間彼は目を大きく見開き、その場で膝が崩れるように座りこんだ。

 彼は放心状態で、彼女の顔写真を見つめた。この部屋の窓際で撮られたもので、顔色は悪いもののリラックスした笑顔を浮かべている。

 彼は涙も声も出さず、抜け殻のようになり、顔から血の気が引いている。

 そんな彼を、ユキは寝室のドアの側に立って見守るしかなかった。

 ユキは、彼をしばらく一人にしようと思い、マイのアパートのを出てレッカーの隣で待つことにした。


〈何かあったのか〉


 レッカーの質問に、


「遅かったみたい」


 小さな声で答えた。



 三十分ほど経ち、そろそろ仕事の話ができるかと、マイのアパートに足を向けようとした時、


『大丈夫ですか!?』


 というメイドロボットの鋭い声が、静かなアパートの周囲に響いた。

 ユキが急いで部屋の中に入ると、


「シマさん……!?」


 そこには、メイドロボットの心肺蘇生を受ける彼の姿があった。彼は顔に大量の汗をかいていて、意識を失っている。


「シマさん、どうしたの!?」


 ロボットに尋ねると、


『発作を起こしたようです。私のネット通信機能で、マイさんの通っていた病院に通報しました。十分ほどで到着するとのことです』


 それを聞いたユキは、部屋を飛び出した。

 応急措置はロボットに任せて、


「レッカー、アパートの前を空けて! 病院から車が来るから!」


 ユキの声を聞いてレッカーは、急発進して隣にある空き地にバックで乗り入れた。

 車内で、


「うわぁ!」


 と、シートベルトを外していたマオが、席から転げ落ちて、何が起きたか分からずにきょとんとした。

 そして十二分後、病院所有の車が現れ、意識のないシマを担架で車に運び、サイレンを鳴らして走り去っていった。

 サイレンは辺りに反響し続け、数十秒後にそれが聞こえなくなると、しんと静まり返った。

 レッカーのドアを開けた音と、マオが飛び降りて着地した音、「え?」と彼女が辺りを見回した声だけがした。



 二時間後、病院の車がサイレンを鳴らさずにマイのアパートに現れた。

 運転席と助手席からロボットが出てきて、車の荷台のドアを開け、シマの遺体が乗った担架を運び出した。


『アパートの部屋にお運びしますか』


 とそのロボットが尋ねたが、


『いえ、私が抱いて運びます』


 メイドロボットは彼の体の下に腕を入れ、抱き上げた。

 病院の車がいなくなるのを見送ったメイドロボットは、レッカーの隣に立つユキのところまで行き、


『ここまでシマさんをお連れしていただき、ありがとうございました。後のことは私にお任せください』


 落ち着いた声でロボットは言った。

 ロボットは頭を一回下げると、背中を向けてアパートの方へシマを抱いたまま歩いていく。

 そのロボットが部屋へ入り、ドアが閉まったのを見たユキは、はあっとため息をついた。


「まさかこんなことになるなんて……」

〈ユキ、お前は仕事を成し遂げた。それでいいだろ〉


 なだめるようにレッカーが優しく言った。

 マオがユキの手を握ってきて、


「あのおじさん、死んじゃったの?」


 元気のない声で訊いた。


「ええ、そうよ」


 彼女はマオの頭をなでた。

 雇用主が亡くなるのは、いくらユキがあまり人間が好きではなくても、思うところはある。


〈荷台の荷物、どうする?〉

「そうね……。あのメイドロボットに預けるのが筋だろうけど……」


 すると、ユキは何か思い出した顔をして、


「レッカー、わたしの仕事、まだ終わってなかったわ」

〈……何だって。どういうことだ〉

「アパートの前に移動して。その敷地の中にテントを建てるわ」

〈もしかして……〉

「ええ、二人だけの映画館を建てる、という仕事がまだ残ってるわ」



 ユキはその後、草原の村でシマさんがやっていたのを見ていたレッカーに教えてもらいながら、テントを設置した。

 その中にスクリーンを張り、機材をセットして、パイプ椅子を二つ床に置いた。

 準備を終え、ユキはアパートのドアを開け、


「お願いがあるわ。シマさんの葬儀が終わったら、二人の遺影にこの映画を見せてあげてほしいの」


 突然のことにメイドロボットは戸惑い、


『映画、ですか? 確かに、会うたびにお二人だけで映画をご覧になっていましたが……』

「ええ、あなたの仕事は、マイさんのお世話でしょう? 最後に二人が映画を見るのを手伝ってあげて」

『………………私がシマさんと交わした契約の期間は、マイさんの生存している間まででした。このアパートの契約者でもある彼に、マイさんが亡くなったことを伝えるため私は、私を所有している会社から許諾を得て今日までここでお待ちしていました。更なる申請を会社に行ったところ私の契約期間は、『お二人に映画を見せるまで』にたった今変更されました』

「それじゃ、あなたが二人に映画を見せてあげられるのね?」

『はい、契約に従い、最後まで職務を遂行します』


 表情をつくれないメイドロボットだが、明るい声でそう言った。


「頼んだわ。ほとんど準備はしておいたわ。最後までやり方教える?」

『いえ、これまでに何回も、シマさんがマイさんのために準備しているのを見ていて人工知能に記録していますので、問題ありません』

「分かったわ。もうお任せしても大丈夫?」

『はい、ここまでありがとうございました。後のことはお任せください』



 その後、レッカーはアパートの前からゆっくりと走り出した。

 五分ほど走って大きな通りへ出た時、レッカーが尋ねた。


〈ところでユキ、上映する機械に何の映画のメディアをセットしたんだ?〉

「セットはしてないわ。機械の横にパイプ椅子を二つ置いて、シマさんが持っていたそれを全部椅子の上に積んでおいたわ」

〈そうなのか。じゃあ、あのメイドロボットが何の映画を二人に見せるかは分からないってことだ〉

「あのロボットなら、二人のお気に入りの一作を知ってるでしょうし、もしかしたら全部見せるのかもしれない」

〈なるほど、契約は『お二人に映画を見せるまで』だからな。時間や本数の制限はないか。……心行くまで楽しめればいいな〉

「そうね」


 すると助手席のマオが、


「ねえ、今度は大きな大きなスクリーンで見たい!」

「時間とお金があったら連れていってあげるわ」

「今、何の映画やってるのかな。ねえ、何やってる?」

「それは、映画館に行ってからのお楽しみでいいんじゃない?」


 二人と一台は、しばらく映画談議に花を咲かせた。

次話をお楽しみに。

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