第八十七話:二人だけの映画館④
シマとユキが村に建てられたいくつものテントの間を歩いて、映画館の準備ができたことを知らせに歩いた。
それを聞いた村民たちは、家畜を見張る人間を数人だけ残して、それ以外全員がテントの前に集まった。
人数は三十人ほど。大人が六割で、後は子どもと赤ん坊だ。皆、わくわくした表情でテントの中に入っていく。
〈全員座れるのか?〉
約三十人全員がテントの中に入ったのを見たレッカーは、隣に立つユキに言った。
ユキはテントの入り口の布を片手でめくって中をのぞき、そして戻ってきた。
「子どもとお年寄りと女性たちだけ座ってて、あとの人たちは立ち見ね」
〈どんな映画を流すか聞いたか?〉
「マオが見た、子供向けの冒険物語らしいわ。ちなみに、これは『昼の部』みたいよ」
〈ということは、夜の部もあるのか。一体そちらでは何を流すんだろうな〉
「それは訊いてないわ。まあ、見てからのお楽しみでいいんじゃない?」
ユキは、自分の近くにしゃがみこみ、草を根から引っこ抜いて遊んでいるマオに、
「午前中に見た映画と同じものを流すみたいだけど、また見る?」
「見る!」
「じゃあ、一緒に入るわよ。もうすぐ上映が始まるみたいだし」
「あ、ねえねえお姉ちゃん、あのお話の最後、どうなったか知ってるけど、もう一回見て面白いかな」
「どうかしらね……。レッカー、どう思う?」
〈面白いぞ。例えば、主人公のお姉さんが笑顔で話をしているけれど実は心の中でこんなことを考えていたんだ、と気づけるからな〉
レッカーの言葉をそのままマオに伝えた。
「ふーん、二度おいしいってやつ?」
「マオ、食べ物じゃないんだから……。でも、あってると思うわ」
〈ユキ、もうテントに入ったほうがいいぞ。もう席は埋まっているだろうが、もしかしたらマオのために見やすい席を譲ってくれるかもしれない。そういう話は早めにしておくべきだ〉
「分かったわ。じゃあマオ、入りましょう」
そうして、二人と一台は、もう一度映画を楽しんだ。
上映が終わった時には、外はオレンジ色の光であふれていた。
映画館のテントから少し離れたところに開けた草原があり、そこで羊と肉牛がのんびりと草を食んだり足を折って座ったりしている。
家畜たちとその周りにいる人間数人は、逆光で薄黒くなっていて、影がこちら側に長く伸びていた。
「まさかの展開だったな。まさかお姉ちゃんが小さい妹を人里離れたところで殺すためにジャングルに入ったなんて」
「実は二人は義理の姉妹で、お姉ちゃんが妹の家系に恨みを持ってたんだろ?」
「でも、妹と一緒に旅をする中で愛情が芽生えたのは良かったな」
「そうだな。一族の恨みはその妹ちゃんには関係ない、と気づけたお姉ちゃんはえらいよ」
「二人とも幸せに暮らせるといいな」
村人たちは、薄暗いテントを出ながら映画の感想を言い合っていた。
マオもユキと一緒に出て、
「まぶしい!」
とはしゃぎながら、穏やかな風が運ぶ草の匂いを、鼻いっぱいに吸いこんだ。
二人の横を、
「さーて、ご飯作るかー!」
村の調理を担当する人たち数人が通って、少し離れたテントの中へ入っていった。
他の村人も、家畜を夜の間休ませる場所へ集める仕事や、外にロープを張って干していた洗濯物を片付ける仕事などに戻っていく。
ユキは、レッカーの車内で備品をいじっているシマに声をかけた。
「上映終わりました。また楽しませてもらいました」
「あー、また見たんだ。楽しかったかい?」
「ええ、マオは二度目でも十分面白かったようです」
「それなら良かった。夜の部もあるからぜひ見るといい」
「夜の部はどんな映画を流すんですか?」
「恋愛物語だよ。僕が一番好きな映画なんだ。えっとね……あ、言わないほうがいいかな。見てからのお楽しみということで」
「そうですね」
「少しここで休んでいていいかな。仮眠したくて」
「構いませんよ」
「ありがとう……、ゲホッゲホッ」
彼は錠剤を懐から取り出すと、それを水で飲んだ。
それから、ふーっと長い息を吐き、シマはシートでぐったりとして目を閉じた。
「レッカー、何かあったらすぐに呼んで」
小声でユキは言った。雇用主の身を案じるのは、雇われている彼女からしたら当然のことであった。
夕食の時間になると、村人全員で地べたに座り、ロールキャベツやじゃがいもの実がゴロゴロと入ったスープを食べて、マオは大満足の様子だった。
会食の場で、シマは夜の部を上映するのでぜひ来てください、と皆の前で言った。
準備が出来たらお知らせします、と彼は早めに食事を終えてその場を離れた。
皆の食事が終わったころを見計らって、シマは上映の準備ができたことを伝えに来た。
食事の片づけをする者や早めに休む者を除くと、十五人の大人が映画館の中に入った。
「マオは見る?」
ちょうどゲップをしたマオに尋ねた。
「見るよー」
のんびりした声で言った。
「大人向けのようだけど」
「とりあえず見る」
「それもそうね」
〈ついでに俺も見るかな〉
最後にレッカーが言った。
二人がテントに入ると、すでに映像が流されていた。
ただそれは本編ではなくCMだった。
『○○年〇月発売!』
と推理物の映画の宣伝がされているが、その年は八十年ほど前のことだ。
もしかしたらお店で売られていた映画を流しているのかもしれない、とユキは思った。
ちなみに、後でこのことをシマに聞いたら、
「数十年前に戦争が終わった時、法律がすべて変わって、この映画の著作権は切れているんだ。だから、僕がこれを上映して利益を得ても問題にはならないよ」
彼は得意げに語った。
ユキとマオは一番前の席に座った。
映画の本編は、実写映画だった。二十代くらいの男女が、医療研究機関の広い中庭にあるベンチに座り、研究内容について語り合っている。
場面は変わり、女性が病院に通うシーンになった。難しい名前の病名をAIに診断され、「やっぱりね」と彼女はため息をついた。
それを知った男性が、「絶対に病気を治してみせる! たくさん勉強して君を助ける!」と、女性を抱きしめる。
その後男性は研究に没頭する生活が続くが、いくら時間をかけてもまったく治療法が見つからない。
苦悩する彼に、「まだ体が十分に動かせる間に、あなたとデートしたい。カフェとか遊園地とか映画とか」
男性は拒否するが、「気分転換するといいアイデアが浮かぶかもしれない」と、彼女は研究室から彼を引っ張り出した。
二人は彼女の言葉通り、色んなところを一緒に訪れて楽しんだ。
そして夜になり、ホテルで一人ずつシャワーを浴び、お互いのバスローブ姿に顔を赤くし、そして一緒にベッドに入ってキスをしたところで、映像はフェードアウトしていった。
「二人で一緒に寝たの?」
とマオが上映中に聞いてきたが、
「そうね」
ユキは言った。
一時間二十分の映画が終わり、観客は静かにテントを出てきた。
外は真っ暗になっていて、他のテントの入り口付近には明かりが吊るされていて、その辺りだけぼうっと浮かび上がっている。雲一つない星空がどこまでも続いている。
テントを出てきたユキとマオに、
「どうだったかな」
パイプ椅子に座っていたシマが声をかけた。
「女の人、助かって良かった!」
とマオがにこやかに言い、
「脳以外サイボーグになって病気を回避するとは予想できませんでした」
ユキは冷静に感想を言った。
「そうだろうね。僕はこの結末が好きだな。制作された八十年ほど前にはマイナーな治療方法だったから、当時この映画は少し話題になったんだけど、その十年後には人々が治療のために体を機械に変えるのが一般的になったんだ。でも、戦争が終わると、そんな治療を受けられるくらいお金を持った人間は減って、その処置ができる医療機関も製造するメーカーも少なくなった。それでまた、この治療方法が珍しいものとなって、今この映画の人気がマニアの間で再燃していてね」
急にまくしたてた彼を、マオはぽかーんとした顔で見て、ユキは興味があるように見えるように相づちをうっている。
「ああ、ごめん。相手の都合を考えずにしゃべっちゃうのが、僕の悪い癖なんだ。ところで、もう二十時を過ぎてるけど、君たちはどうする? この村の人たちは、明かり代の節約のためにこの時間には寝るらしいけど」
「わたしたちも寝ます。今日は映画が見られて楽しかったです。ありがとうございます」
「いや、楽しんでもらえて僕も嬉しいよ。僕はこのテントの中で寝るから」
そうして彼はパイプ椅子を畳んでテントの中に入っていった。
翌日、マオとシマは軽めの朝ごはんをごちそうになり、一行は村を出発した。
レッカーの周りには村人が全員集まり、映画を楽しませてくれたお礼を言った。
そして村人が手を振る姿に背を向け、レッカーは次の目的地に向かって走り出した。
5へ続きます。




