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第八十七話:二人だけの映画館③

 小さな町のスーパーマーケットでお菓子や食料をまとめ買いして、レッカーの荷台にある保管庫の中に収納した後、別のお店でレッカーの充電とシマの発電機の燃料を調達した。


「この町も、ずいぶんとお店がなくなったなぁ」


 郊外へ続く道を走るレッカーの車内から、道路沿いにポツリポツリと建つレンガ造りの一軒家を眺めながら、彼はため息をついた。


「僕が最後に来たのは五年くらい前なんだけど、その時はまだ車通りも今より多くて、歩く人の数も多かった」


 町の主要道路であるこの道は、アスファルトではなく砂利道で、レッカーや他の車の巻き上げた砂が、晴れてカラッと乾いた風にのり、車の背後の視界が少し悪くなっている。

 この直線道路でレッカーの視界に入る限り、他の車は三台が走っていて、道路沿いを歩く人やロボットは十五人ほど。

 車の走行音以外には、風の音や小鳥の鳴き声、人の話し声が少し聞こえてくるだけで、


「静かな町ですね」


 ユキはアクセルをふかしながら、率直な感想を言った。


「そうだね。人の数も減ってるから、町から活気がなくなってきているし、お年寄りばかりだからなおさらだ」


 シマは寂しそうな目で、杖をついて歩く老人を見た。


「遊ぶところなさそう」


 つまらなさそうにマオはウインドー越しに景色を眺めている。


「マオちゃんの言う遊ぶところっていうのは、遊園地やゲームセンターみたいなところかな。そういう娯楽はとっくの昔になくなっちゃったんだ」


 優しい声色で彼は説明した。



 建物が一切なくなり、それまで地面がずっと砂利ばかりだったのが草原に変わった。

 車がたくさん通った場所だけが、水を多く含む土の見える道となっていて、大型トラック二台分の幅のその道は、ほとんどまっすぐに地平線の向こうまで続いている。

 所々に黒い岩石が地面から突き出している以外は、太陽の光をたっぷり浴びて青々とした草原がどこまでも広がっていた。

 はるか遠くに見える数千メートル級の山に向かってレッカーは疾走していたが、


〈白くて丸いテントがいくつか建ってる〉


 そう教えてくれた。

 運転をレッカーに任せて、三人でトランプをしていたユキは、前方を目を凝らして見た。

 確かにレッカーの言う通り、テントが固まって建てられているのが見える。

 だんだん近づいていくと、人や動物がいるのが分かった。


「なんか見えるの?」


 じいっと前を見るお姉ちゃんに、マオは首をかしげた。


「ええ、村のようね。シマさん、目的地はあそこですか?」

「……うーむ。あ、そうだね。間違いない。この辺りであの形のテントを建てているのは、彼らしかいないよ」

「ちなみに、あの村には名前はあるのですか」

「いや、ないらしい。特になくても困らないそうだ」

「では、あの遊牧民族の総称のようなものはないのですか」

「それもないようだ。軽く聞いただけだが、元々浮浪者たちが集まってできた村みたいなものらしい」


 名前もない、身元もよく分からないような人間たちの依頼は、はたして信用できるのだろうか、とユキは今さら思ったが、


「いざとなったら、レッカーで全力で逃げればいいわ」


 耳のいいレッカーにしか聞こえない声で、彼女はつぶやいた。


〈ああ、そうだな〉


 レッカーはいつも通り、人間には分からない声で言った。

 レッカーのエンジン音を聞きつけ、村民たちがいっせいに一行の方を見た。

 そして、レッカーが目の前で停まると、彼らは大人も子どもも、物珍しそうに車体を見始めた。


「どれ、僕が村長のところへ行ってあいさつしてくるよ」


 ユキとマオの間の席に座っているシマは、ユキのいる運転席側から出ようとそちらを向いた。


「わたしが先に降ります」


 ユキはドアを開け、段差に足をかけて慣れた速さで外に降りた。

 シマも自分のクレーン車と同じように降りられるはずだったが、あまり体に力が入らず、少し手足を震わせながら地面に足をつけた。

 突然現れた、長身のスタイルのいい少女と、体力に自信のなさそうなおじさんに、村民は少し戸惑ったものの、


「シマさん、今回ははるばる来ていただいてありがとうございます」


 三十代くらいの頑強な体つきの男性が、シマとユキとを順番に見て言った。男性は、無地の半袖とGパンを穿いている。


「ええ、この前は依頼をしてくれてありがとう。改めて、館主のシマです」


 と彼が名乗り、男性と握手した。


「それで、こちらが今回手伝ってくださっているユキさんです」


 シマに紹介されたユキは、よろしくお願いします、と社交辞令の笑顔で男性の手を握る。


「それでは、僕らは上映のための準備をします。村長さんへのあいさつは、その後でもよろしいですか?」

「構いませんよ。何かあれば俺に声をかけてください。村長を呼びますので」


 そう言って男性は、その場に集まっていた他の村民に、準備の邪魔にならないよう少し離れているように言った後、自分は動物たちのお世話に戻っていった。

 男性が立ち去るのを見届けたシマは、


「さっそく準備しようか。と言っても、荷台からテントや機材を降ろしてもらったら、後は全部僕がやるから、そこからは自由にしていていいよ」

「そうですか、分かりました。何かあれば言ってください」



 クレーンで彼の商売道具をすべて降ろし終わったので、ユキはレッカーの助手席でおとなしく絵本を読んでいたマオに、


「外に出てもいいわよ」


 ドアを開けて、体を抱えて外に出してやった。

 マオは車内でずっと座って凝り固まった体をほぐすように、両腕を上げて「んー」と体を伸ばした。

 午後の陽気を彼女は全身で感じた。日は徐々に傾いているが、まだ温かくて強い光がマオの肌を照らす。

 すると、マオは空気中の匂いをクンクンと嗅ぎだした。


「草の匂いがする」


 マオは地面に生えている雑草を一本、ブチっと抜いて、鼻の近くに持っていく。

 それを見たユキは、


「食べたらダメよ」

「食べないよー」

「どんな匂い?」

「おいしそう」

「だから食べちゃダメよ」

「食べないってば」


 そんな会話をほほえましく聞いていたレッカーがゆっくりと二人に近づいてきて、


〈それにしても、ここまで木とか背の高い岩とかがない場所は、久しぶりだな〉

「そうね。障害物が一つもなくて、あなたは走りやすいんじゃない?」

〈かもしれないが、俺みたいな大型の車が草原を疾走したら怒られないか? ちゃんと土が露出してる道を走れって〉

「別に問題ないんじゃないかしら。だってすでにあなたは、草の上にいるんだし」

〈確かに。ちょっと走ってきていいか? 気持ちいいと思うのだが〉

「それはダメ。燃料代もったいないから」

〈相変わらずケチだなぁ〉


 すると、三十代くらいの村民の女性が近くまでやってきた。


「こんにちは。もしよろしかったら、おやつがあるのですがいかがですか。お仕事はひと段落ついたのでしょう?」

「ええ、そうですね。ありがとうございます。お言葉に甘えることにします。マオ、おやつ食べさせてくれるって」


 ユキは、しゃがみこんで草をかき分けて根元の土をいじっているマオの肩を軽く叩いた。


「お姉ちゃん、アリがいたよ」

「アリは後でも見られるわ。今はおやつにしましょ」

「うん」


 立ち上がってお姉ちゃんの手を握り、村民の女性についていく。

 マオは少し名残惜しそうに、アリのいた方を振り向いた。

 映画館の準備をしている場所から少し離れた所に、白くて丸いテントがいくつか建っていた。


「同じテントだね」


 マオが指をさして言った。


「確かにね。シマさん、この村からテントを仕入れたのかしら」


 そのうちの一つの前に、木でできた丸いテーブルが三つあって、それぞれに木でできた三つのイスが置かれている。

 数人の女性がいて、おやつと飲み物をテーブルに並べているところだった。


「あっ、いらっしゃーい! ささっ、ここに座って」


 エプロンを着けた五十代くらいの太めの女性が手まねきしている。

 マオはいち早くイスに座り、テーブルにのっているものを見た。


「ドーナツ!」


 そのテーブルには、二枚の陶器のお皿があって、その上に二つリング状のドーナツがあった。


「これが、バターと生地を練ってつくったものに砂糖をまぶしただけのシンプルなやつで、こっちがチョコレート生地でつくったやつさ」


 その女性がマオに説明した。


「それでこっちはミルク――」


 女性の説明をすべて聞き終わる前に、マオは砂糖をまぶした方のドーナツをほおばっていた。

 たくさん口に入れて、まるで小動物のようなほっぺたになっている。


「あらあら」


 女性と他の女性たちも、マオを見てくすくすと笑った。


「すみません、この子は食べ物に目がなくて」


 ユキは苦笑した。


「いやいや、こんなにうまそうに食べてくれて、私たちも嬉しいよ」

「そうそう、牛から乳を搾ってバターをつくって……っていう手間は大変だけど、こういう顔を見ると、もっとつくりたいってなるんだよねぇ」

「まあ、お客さんが来た時とかお祝い事とか、特別なことがないとつくらないけど。だって面倒だもの」

「だよねぇ!」


 女性たちはケラケラと楽しそうに話している。


「わざわざドーナツをつくっていただいて、ありがとうございます。マオも夢中で食べてます」

「うんうん、いいよいいよ。それでさ、今晩はここに泊っていくって、シマっていう男の人がさっき言ってたみたいだから、晩ご飯もごちそうしてあげようと思っているんだけど、何か食材持ってないかい? できれば、この辺で手に入りにくいものとか」

「そうですね……。ちょっと冷蔵庫の中見てみます」


 ごちそうになるのだから、少しは食材を提供しないといけないだろうとユキは思った。

 ユキはレッカーの荷台に昇ると、バッテリーにつながれた小型冷蔵庫を開けた。

 中には、豚バラ肉がマオの普段の食事の二日分、葉物野菜が数種類三日分ほど、じゃがいもが五日分入っている。


「豚バラ肉といくつか葉物野菜が入ってます」


 どれどれ、と女性たちがレッカーの荷台に手をかけて背伸びし、冷蔵庫の中をのぞきこんだ。


「じゃあ、キャベツとじゃがいもをもらおうかな。キャベツで肉を巻いてみる?」

「いいねいいね、やろう!」


 ユキは女性たちにキャベツとじゃがいもをすべて渡した。


「ありがとう。おいしいものつくるよ」

「ぜひ、よろしくお願いします」


 ユキは荷台の上に立って頭を下げた。

 そして、マオがおやつをすべて平らげた時、


「映画館の準備ができたよ」


 シマがやってきて、ユキに言った。

4へ続きます。

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