第八十七話:二人だけの映画館②
丸形のテントを畳み、それと機材をレッカーの荷台に載せて、一行は出発した。
移動映画館の館主は、シマと名乗った。
「よろしくね」
と、彼は助手席に座っているマオに会釈した。
「うん」
マオは小声で答え、ちらちらっと男性を見ていた。
少し汚い服だ、とマオは思ったが、さすがに口には出さなかった。
ユキも、ハンドルを握りながらシマの様子を横目でうかがっている。
シマの荷物は、登山者が使うような大きなリュックサック一つだけだった。
「荷物少ないって思ってる?」
彼はユキを見て言った。
「ええ、まあ」
気づかれていたか、とユキは内心思い、視線を完全に前へ向ける。
「浮浪者、というか旅人が、荷物をこれしか持たずに映画を上映して回るってかっこいいなって昔思ってたことがあってね。今それを実行してるんだよ。これでも何とかなるんだよ。必要なものは現地調達ってやつさ」
水を得た魚のように、彼は訊かれてもいないことを、楽しそうに話し始めた。
「一人だと荷物は少なくて済みそうですね」
ユキはあまり興味の湧かない話だが、雇用主のご機嫌を損ねてはいけないため、無難な返事をした。
「そうだね。もしこの旅にあの人がいてくれたら楽しいだろうなって、いつも思っているよ。あ。あの人っていうのは、恋人のことなんだ。ここから少し遠くに住んでるんだけど、ユキさんとの最後の仕事の日に、僕はその町に寄ってやりたいことがあってね。まあ、そのことは一つ目の仕事が終わってから説明するよ」
荷物を荷台に積み終わった後、二か所で映画館を開催する予定であることはシマから聞いていた。
「分かりました。一か所目がどういうところか、詳しく教えてもらえますか」
ユキが尋ねると、
「うん、依頼主は遊牧民族でね、羊や馬なんかを育てて売って暮らしているんだ。エサとなる草を絶やさないように草原のあちこちを移動しているから、あまり娯楽がないらしくて、僕がある街の商店で食料を買っていた時に、たまたま同じく買い物に来ていた村長の息子と名乗った若者に出会って、今回の依頼を受けたというわけだ。うん、出会いは突然だけど、それが楽しいね」
好きなことを語らせたらどこまでも話し続けるタイプだな、とユキは思った。
「わたしも、旅をする中で色んな景色を見るのが楽しいです。山や川や海、一つとして同じところはなくて、それがいいですね」
「そうか、君は景色が見たくて旅をしているのか。それも楽しみ方の一つだ」
うんうん、と彼は笑みを浮かべて何度もうなづく。
〈山を登るぞ〉
二人の会話が落ち着いたころ、レッカーがそう言った。
目の前に大きな山脈が近づいていた。
岩肌がむき出しになっている谷底に、雪解け水の流れる大きな川を見ながら、一行は山の斜面をゆっくり進む。
そんな景色を見ながら、マオはお店で買ったパン三つをほおばった。そして、
〈無事に山を下りられたな〉
安心した風な声色で、レッカーが言った。
「ここからどの方角に進めばいいですか」
麓に下りたところでレッカーを停車させ、ユキは尋ねる。
シマは紙の地図を広げて、
「今僕らはここにいて、遊牧民族はこの辺りにいると、その若者が言ってたよ」
彼が指で示した場所は、ここから十キロほど進んだところにある小さな町の近くだった。
「途中、その町に寄ってもいいですか。レッカーの充電が切れそうなので」
「うん、分かった。僕もついでに、機材を動かす電気をつくる機械の燃料を調達するとしよう」
シマは少し苦しそうに、乾いた咳を三回ほどした。
「町へ行くの? お菓子買いたい!」
彼を間に挟んで、マオはお姉ちゃんに駄々をこねた。
「まだそこに入ってなかった?」
ユキは助手席の前の収納スペースを指さした。
勢いよくガバッとそこを開けたマオは、
「ないよー」
口をとがらせて言った。
「あらそうだったのね。じゃあそれも買っておくわね」
「あたしが選びたい! いいでしょ?」
「いいわよ。さっきお金が手に入ったから、当分の間のお菓子をまとめて買うわ」
リュックサックから出した水筒の中身を飲んで落ち着いたシマは、
「楽しそうでいいなぁ」
と、嬉しそうに小さくつぶやいた。
3へ続きます。




