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第八十七話:二人だけの映画館①

 縦三メートル、横五メートルほどの白いスクリーンに、映画が映し出されていた。

 スクリーンから少し離れた真正面に、台に乗せられた四角い機械があって、そこからスクリーンへ光が広がっている。

 上映されているのは、絵の具などの手書きでつくられたアニメ映画だった。

 冒険物語で、十代中ごろの少女が一人と、十歳にも満たない女の子が一人、黄土色の冒険服とリュックサックを背負って、手をつなぎながらジャングルの中を不安そうに歩いているところだ。

 トゲトゲした葉っぱが生い茂る森の中に、ギャーギャー、キーキーと動物たちの鳴き声が響いている。

 地面には、腐って倒れた大木がいくつもあって、二人はそれを息を切らせながらまたいで進む。

 年下の女の子は、顔に玉の汗をかいていて、それを手首で拭った。

 年上の少女は、猛獣の姿がないか辺りをキョロキョロと見て警戒している。

 大きな丸いテントの中で上映されているその映画を見ているのは、パイプ椅子に座るユキとマオ、そしてテントの入り口にフロントガラスの部分まで入っているレッカーだけだった。


「どうしたの、マオ」


 左に座るマオが、右手でユキの左手を握ってきたので、ユキは顔を近づけて小声で訊いた。


「ライオンとかトラに食べられないかな」


 マオはユキより少し大きい声で、不安そうに言う。


「ジャングルだからライオンは出てこないと思うわ。トラはいるかも」


 ユキは冷静に答えた。

 マオの握ってくる手の握力が少し強くなったのに気づいた彼女は、


「お店で買ったポップコーン食べたら?」

「うん」


 そう言われて、自分が紙コップに入ったポップコーンを持っていたのを思い出し、マオは一口それをもそもそと食べた。指についた塩をペロッとなめる。


「落ち着いた?」

「うん」


 マオの声に少し元気が戻った。

 ユキはフッと微笑むと、背もたれに体を預ける。

 そんな二人の後ろにいるレッカーは、


〈…………〉


 長旅で酷使した車体を休ませるために、スリープモードに入っていた。つまり寝ていた。



 一時間ほどの中編映画を見終わり、二人と一台はテントを出た。


「まぶしっ」


 テントの薄暗さに慣れていたマオは、初夏の太陽光に思わず目を細めた。

 お昼前で気温はみるみる上がってきているものの、湿度は低いからそよ風が吹くとあまり暑さを感じない。


「テントの中、少し暑かったね」


 そう言ってマオは、手首で額の汗をぬぐった。

 彼女の肌を湿らせている余分な汗は少しずつ蒸発していて、体の中にこもった熱もだんだん引いてきていた。

 レッカーはテントのすぐ隣に停車してエンジンを切った。

 ユキは、テント映画館の館主を探してキョロキョロした。

 二人と一台がいるのは、地方都市の郊外にある、木造平屋の小さな商店がいくつも連なって建っているエリアで、あちこちヒビだらけのコンクリートの道路を、大型トラックが数台走っているのが見える。

 この辺りに住んでいる人たちが、買い物や仕事に向かうためにポツリポツリ歩いているだけで、


「静かなところね」


 ユキはぼそっとつぶやいた。


「だから僕は、今回はここで映画館を開こうと決めたんだ」


 テントの影から男性が言った。

 男性はパイプ椅子から立ち上がって、文庫本をその上に置くと、ユキの前に姿を見せる。

 五十代ほどで、黄土色の作業着姿をしている。やせ気味で、少し顔色が悪く、額にたくさん汗をかいているのが、ユキにも見えた。


「集客するなら、もっと人間の多い場所にテントを建てれば良いと思うのですが」


 ユキが言うと、


「それはそうなんだけどね。この先にある市街地でそれをやろうとすると、場所代を請求されるんだ。ここならタダだから」


 男性は苦笑し、乾いた咳を少しした。

 病気だろうか、とユキは思ったが訊くことはしなかった。


「マオがとても映画を楽しそうに見てました。ありがとうございます」


 ユキは社交辞令のあいさつをした。


「こちらこそ、見てもらってありがとう。昨日はこの辺りに住む人たちが十人くらい見に来てくれたんだけど、今日は君たち二人だけだから、ゆっくり見れたんじゃないかな」


 そうですね、とユキは答え、マオの手を引いてレッカーのところへ歩いていく。すると、


「ユキさん、だったか。君がクレーン車を運転しているのを見込んで頼みがあるのだが、訊いてもらえないかな」


 男性の言葉に、


「なんでしょう。仕事の依頼ですか?」


 ユキの声色が少し高くなった。

 立ち止まって振り向いたお姉ちゃんに、


「どうしたの?」


 マオが首をかしげる。


「僕の移動映画館を手伝ってほしいんだ」

「どんな仕事ですか?」

「テントや機材を荷台に載せて運んで、現地まで行ってもらって、設営を手伝いしてもらいたい」

「どれくらいの期間ですか?」

「二日、かな。実は僕のクレーン車が故障してしまって、ここから移動できる見込みがなくて困っていたんだ。そこで、君たちが現れたんだ」

「ここからどこまで移動する予定ですか?」

「それはね……」


 男性が、懐から紙の地図を出して広げ、次の目的地を彼女に告げた。


「……この距離ならいいでしょう。報酬は?」


 彼はポケットから電卓を出して金額を表示した。


「分かりました。受けましょう」

「おお、ありがとう! 映画館の料金はお客さんから事前に払ってもらうことにしてるんだけど、それと同じように、ユキさんへの報酬も今払ってもいいかな」

「ええ、現金なら」


 彼は自分のクレーン車のところへ息を切らせて走っていき、車内から現金を持ってくると、それをユキに手渡した。

 ユキはその紙幣をすばやく数え、


「確かに受け取りました。これからよろしくお願いします」


 社交辞令でユキは握手を求めた。


「こちらこそ、よろしく」


 男性にしては弱い握力で、彼は握り返した。


2へ続きます。

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