第八十五話:何もない
ある女の子は、今読んでいるお話の中で、ある言葉が気になりました。
「『何もない荒野』って書いてあるけど、『何もない』って何?」
女の子の質問に、クレーン車とその運転手の二人はきょとんとします。
「そうね……。木や草が生えていないことかしら」
運転手は、これまで自分たちが見てきた景色のうちの一つを、データベースから呼び起こしながら答えました。
運転手の考えを聞いた女の子ですが、納得はしていない様子で、
「レッカーはどう思う?」
〈生き物が何もいない所、だと思う〉
女の子はクレーン車にも聞きましたが、クレーン車の言葉は人間には分からないので、運転手が翻訳してあげます。
「石とか岩は?」
「それくらいは、あるでしょうね」
運転手が淡々と言いました。
「それじゃ、『何もない』って言わないよ」
〈難しいな〉
クレーン車は答えを出せずにいます。
一方、運転手は、
「『何もない』っていうのは多分、このお話を読んだ人がいつも見ている景色の中にあるものが、このお話の中では何一つないっていう意味だと思うわ。例えば、草木に囲まれて暮らしている人にとっては草木が、生き物を飼っている人にとっては生き物が、食べ物に困らない人にとっては食べ物が、みたいな感じよ」
女の子は、運転手の意見を聞いて、額にしわを寄せて考えていましたが、やがて、
「そうか! あたしの『何もない』と、お姉ちゃんとレッカーの『何もない』は、違うんだ!」
目をパアっと輝かせて言いました。
「そういうことよ」
〈その通りだ〉
二人は、女の子に同意します。
「『何もない』って、いっぱいあるんだね!」
次話をお楽しみに。




