プロローグ
土ぼこりを立てながら、一台の荷台付きクレーン車が走っていた。
荷台には鉄骨やその他の鉄くずが無造作に搭載されている。ガタガタの道を進むたび、それらが暴れるかのように側面にぶつかり、運転席を鈍い音を立てて叩く。
クレーン車が走っているのは、がれきの山の間にある道だ。かつてはビルが我も我もと乱立していたのだろう。だが、爆弾や砲撃などによって跡形もなく破壊された今となっては、雨風もしのげないコンクリートのかたまりと化している。
空はきれいに晴れていた。太陽が天高くまで昇り、強烈な日差しが大地に降り注いでいる。
「止まって」という少女の声が運転席から聞こえた。それに応えてクレーン車はゆっくりとブレーキをかけて停車した。
ドアが開かれ、ジャンプして飛び降りたのは、十四歳ほどの少女だった。辺りの様子をうががい、見渡す。右手で探知機のようなものを持っている。
少女は探知機のスイッチを入れ、デジタル画面を注視する。丸い円の中心から一本の棒が伸び、時計回りに回っている。『爆弾・その他の不発弾無し』と画面の上部に表示された。
「よし」と探知機をクレーン車の助手席に放りこむと、彼女は荷台に上った。
背負った物は、少女の身長の半分ほどある黒い金属製のボックスだ。華麗に飛び降りる。
肩ひものボタンを押すと、ボックスの側面が開かれ、中から三つ指の金属アームが二本現れた。別のボタンを押すと、自由自在に動かせる。
軽い足取りで、少女はがれきの山に登り、辺りを探っていく。アームでコンクリートを避け、奥に埋まっているものが無いか確かめる。
やっぱり無理だ。少女はそうつぶやいた。この辺は何度も訪れている場所だ。もう鉄くずはあらかた発掘されてしまったに違いない。まだ原型をとどめているビルに爆弾を投げつけて採取する、という手もあるが、そんな物を買うお金などない。
「仕方ないわね。今日も行くわよ、レッカー」
名を呼ぶと、クレーン車は彼女の近くまでやって来て止まった。少女が荷台に黒いボックスを片づけるのを待ってドアを開ける。
運転席に乗ると、クレーン車はアクセルをふかし、大きな道へと入っていった。
街の第一ブロックには、工場群が立ち並んでいる。鉄くずを集めて溶かし、新たな鉄骨をつくる。また、コンクリートの生産など、建築に関わる過程が、一か所で集中して行われている。その情景は、まるで工業都市だ。
ただ、働いているのはすべてロボットだ。人間は誰一人見当たらない。人間は、数十年前にロボットによってその数を大幅に減らされた。成すすべもなかった。
少女とクレーン車は、ロボットの修理工場の隣にある溶鉱炉を訪ねた。
「すみません。また鉄くずを持ってきたのですが」
少女が門番にそう言うと、すんなりとゲートを開けてくれた。そのまま工場の中へ入っていく。
「おうおう、ユキか。また持ってきてくれたか。助かるな」
人間そっくりの姿をした工場主ロボットが声をかけてきた。ユキと呼ばれた少女は、ずいっと右手を見せる。「代金をください」
「分かってるよ。ちょっと待ってな」工場主は、懐から紙とペンを取り出し、さらさらと走らせる。
「これを事務所へ持っていけ。代金はそこでもらえる」
ありがとうございます、とユキは作業服の胸ポケットに仕舞った。
「最近わたしの水素電池の具合がおかしくて。これでようやく交換できます」ユキはニコッと笑う。
「そうか。お大事にな。ところで、昨日言っていた話は本当なのか?」
「はい、この街を出て、高く売れそうな金属を求めて旅をしたいと思います」
「うーん、君はとても優秀な人材だったのに。残念だよ」
心配はありません、とユキは運転席に飛び乗った。
「一番高く売れる物は、絶対ここに持ってきます。あなたとレッカーはわたしの命の恩人ですから」
今までお世話になりました、と彼女は頭を下げた。
「達者でな」
工場主は工員ロボットに荷台の鉄くずを運ぶよう命じた。工員は二足歩行の単なる作業用ロボットだ。
レッカー行って、というユキの声で、クレーン車は工場を後にした。
別の工場で水素電池の交換を済ませると、ユキは「いい感じ」とつぶやいた。レッカーがエンジンをふかせて応える。
「ユキに元気になってもらって自分もうれしいって? レッカーったら」
クスクス笑うと、彼女は太陽の方を見る。こう暑いと、自分の体やレッカーのエンジンもオーバーヒートを起こしてしまう。いったん日陰で休まなくては。
「あの広場に止めて」
かつて人々が歌い踊っていた広場に踏み入れた。今は荒れ果て、大きな木が一本そびえたっているだけだ。レッカーは日陰に乗り入れる。
「お疲れ」
誰もいない助手席に向かってそう言うと、レッカーがエンジンをうならせた。「お疲れ」と言っているようだ。
ユキはドアを開け、外に出る。涼しい風がときおり吹き抜けていく。暑くなった体を冷ますため、根元の芝草に寝転がった。レッカーもエンジンを切り、助手席のドアも開け、空気を入れ替える。
彼女は人間同様眠るという行為をする。体を休ませ、ロボットとしての寿命を延ばすためだ。夢も見る。
「動くんじゃねぇ!」
突然レッカーの陰から男が現れた。両手には拳銃が握りしめられていて、それはユキに向けられている。
「そのまま立て!」と男は不敵な笑みを浮かべる。ユキは仕方なく言う通りにした。懐にはレーザー銃があるのだが、どうすれば取り出せるか。
「フヘヘ。最近ロボットしか見なくなって、人間の女の子は久しぶりだ。売り飛ばしたらかなりの値段がつくだろうぜ」
早足で近付いてくる。相手が女の子だから、すっかり油断している。
「ウゲッ!」
考えを巡らしていると、男が川の向こう側まで吹っ飛んでいった。レッカーがクレーンで殴り飛ばしたのだ。
ふう、と胸をなでおろすと、ユキは運転席に乗り込み、レッカーに出発するよう促した。
その日の夜、ユキはがれきに囲まれた場所でたき火をしていた。人間みたく食べ物を焼くなんてことはしないが、まっ暗だと何も見えなくなるからだ。今は星空が雲に隠れてしまっている。
彼女の足もとには、昼間の広場にあった男の隠れ家から奪った物品が散乱している。食べ物は捨てるしかないが、コンロやフライパンはそこそこの値段で売れそうだ。ただ、一人分にしては量が多い気がする。レッカーがブルルとうなった。
「旅が不安じゃないかって? まあ、あなたに助けられてからこの街を出たことがないから、不安じゃないと言えばうそになるわね」
もう一度エンジンをふかすと、彼女はふふっと笑った。「俺がついているから大丈夫だ! ってレッカーってば……」ユキはひざの間に顔をうずめた。
「昼間の事件は別として、この街はとても安全な所よ。誰しも慣れ親しんだ土地は恋しいものだから、新たな世界へ足を踏み入れることに恐怖を感じるわ」
レッカーが寄り添ってきた。
「でも、躍動感もあるの。どんな景色があるんだろう、ロボットたちはどのような仕事をしているんだろうとかね」
レッカーは静かにエンジンをふかせて、彼女へ、
〈俺も楽しみだ〉
と、伝えた。
その時、背後からがれきが動かされる音がした。
「誰っ」
ユキがすばやく立ち上がり、レーザー銃を向けた。すると、闇夜を探る小動物のように女の子が一人姿を見せた。五~六歳だろう。かなり痩せている。女の子は這いつくばり、右手を伸ばしながら静止している。
「そこに立ちなさい」
どすの利いた声で言い放った。だが、女の子はエネルギー切れのロボットのようにポーズを変えず、大きな瞳をぱちくりしている。
「ねえ」
「何よ?」
「お腹すいた。ご飯分けて」無邪気な声で言った。
驚いた。こいつは人間だ。
「助ける義理なんてないわ。さっさと消えなさい。わたしは人間のことが大嫌いなの」
「ちゃんとお姉ちゃんの食べる分は残すから」
「わたしはロボットよ。こんな物は必要ないわ」
え、と女の子はそのまま後ずさった。「立ち上がりなさい」の声でようやく言うことを聞いた。
「手を頭の後ろに回して」
「どうして?」
「いいから」
ふう、とため息をついた。面倒くさい生き物だ。
「ママが言ってた。ロボットには危ないから絶対近づいちゃダメって」
「そうね。でも、人間の方がよっぽど恐ろしいことをしてきたのよ」
「恐ろしいことって?」
「たくさんありすぎて、何から挙げたらいいか分からないわ」
「どれくらい分からないの?」
少しイラっとしたが、ユキは女の子の首根っこをつかんで持ち上げた。そしてたき火の近くに持っていく。
「分かったわよ。ここにある食べ物、全部あげるからおとなしくしなさい」
とすん、と女の子はお尻から落ちた。お腹からうなるような音がする。
汚れをはらってパンを食べ始めた。女の子は小さい口をめいいっぱい開き、自分の顔と同じくらい大きいパンを、やはり小さい手で押しこんでいく。あっという間に収まった。
ユキは、容器に入った水を、むせ返っている女の子へ渡した。中身はたぶん腐っているだろうが、かまわずすべて飲み干す。
「さてと」と、ユキはどこまでも広がるがれきの向こうを指さした。「これで満足した? じゃ、そろそろ……」
見ると、女の子は船をこぎ始めている。「起きろ!」とゆすった。
「むにゃ……何?」
「何? じゃないわよ。どこにでも好きな所へ行きなさいって言ってるの」
「あたし、もう行くところがない……」うつむきながらつぶやいた。
ブルルン、とレッカーがエンジンをふかす。
「え、話しを聞いてやったらって? どうしてよ」
二言話すと、あなたがそこまで言うなら、と女の子をにらんだ。
「さあ、わたしに続きを聞かせて」
少し目を見開いた女の子は、ぽつりぽつりと話しだした。
それによると、女の子はマオという名らしい。ずっと母親と一緒に隠れ家で暮らしていたが、その母親がおととい病気で死んでしまった。今日まで水のみで生き延びていたという。
「話は聞いたわ。でも、わたしが同情すると思ったら大間違――」
気がつくとマオはこてん、と倒れ、寝息をたてていた。
ユキは思わずレーザー銃を取り出す衝動に駆られる。
その日ユキは、とても不満そうに眠りについた。
助手席に気配を感じ、ユキは目を覚ました。そこには、ドアに寄りかかって眠るマオの姿があった。
「なっ……」
彼女は運転席を飛び出ると、急いで回りこみ、マオを引っ張り出した。「わあ」と寝ぼけ眼で驚く。
「あなたねぇ、どうしてレッカーの中で寝てるのよ? わたしは許可した覚え、全然ないんだけど」
少しして事態を飲みこんだマオは、レッカーを指さして言う。「だって、ドアを開けてくれたから」
えっ、ユキはふり返る。ブルルと何かを発した。
「女の子を一人、外に寝かせるなんて酷だ? 何訳の分からないこと言ってるの。こいつは人間よ?」
まあいいわ、とユキはマオに向き直った。
「いい? これからわたしたちは旅に出るの。だから、あなたとはこれでお別れよ。清々するわ」
マオが返事をしようとした時――
「オラ! 昨日はよくもやってくれたな」
いつの間にか、数人の人間の男に囲まれていた。どうやら、仲間を連れてきたようだ。
「何か用?」
「ああ、その女の子は俺たちの知り合いでな、こちらへ譲り渡してほしいんだ」
「いいわよ」と突き放した。「ちょうど手放したかったところだから」
それは助かるぜ、とリーダー格の男がマオの手を引っ張った。彼女は首を小刻みに横にふり、うるんだ目をユキに見せている。
どれくらいで売れるだろうな、きれいでかわいいからけっこういい値段になるぜ、などとユキへ聞こえないように話している。
「姉ちゃんは抵抗されると困るから、おとなしく離れてな」
しぶしぶ言う通りにする。せっかく女の子を連れていってくれるのだ。静かにしているのが正当だろう。
「よし、ついでにこのクレーン車はいただいていくぜ!」男たちが次々と荷台へ乗り始めた。
その瞬間、マオをつかむ男の腕光が貫通した。ユキがレーザー銃を撃ったのだ。人間全員が悲鳴を上げパニックに陥る。マオはその場に倒される。
「逃げろ!」男たちは恐怖で顔をゆがませ、立ち去った。リュックなどの持ち物を落っことしていった。
ユキは、ふんと鼻を鳴らした。
「この子を連れて行けって? どうしてなのレッカー?」
男たちが見えなくなったすぐ後、ユキは運転席に乗り、アクセルをふかそうとしたのだが、レッカーが勝手にブレーキを踏んだ。
〈がれきしか無いこんな所に、幼い女の子はおいて行けない。ほら、この子一人だと席に上がるの苦労するから、手伝ってやれ〉
レッカーはそう言って、助手席のドアを開ける。
はぁ、とユキはため息をつき、いったん外に出て、マオの両脇を抱えて持ち上げる。
マオの体の細さと軽さを感じ、とても脆そうだと思ったが、体温は高い。人間の温かい体に、彼女は久々に触れ、少し、ほんの少しだけマオに興味を持った。
助手席に座らされたマオは、興味津々といった様子で、車内やそこから見える景色をキョロキョロと見回す。そして、座席のシートやほこりの匂いをかぎ、思わず鼻をこする。
一人と一台で気ままに旅する予定だったが、その最初からいきなりイレギュラーが発生し、ユキは不安を隠せない。
とりあえず、人間のたくさんいる街まで行くか。
ユキはそう思い、今度こそレッカーを発車させた。マオをどうするかは、それから考えることにした。
後日レッカーの説得でユキは、マオを旅に連れて行くことになる。
これから旅を続ける中で、マオは家族のような存在になるのだが、その事をユキはまだ知らない。
この後、ユキがマオを家族として迎えることになるのですが、それは二十七話に書いていますので、ぜひお読みください。
マオがユキやレッカーと出会う前、どう生きてきたのかについては、七十六話に描かれています。ぜひどうぞ。




