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第八十三話:雪の中の罪人たち⑥

 次の日、出してもらった朝食をマオが食べた後、すぐに出発することになっていた。

 空は雲一つない青空で、太陽の光がまぶしい。真冬だから弱い光だが、屋根の雪が溶けてきていて、水滴がちょっとずつ落ちている。

 マオが、パンをすべて食べ終え、スープを飲み干そうとしていた時だった。


「あなた……! あれ!」


 家事を終え、窓から外を見ていた村長の奥さんが、血相を変え、山の方を指さした。


「どうした?」


 首をかしげながら、村長は妻の指の指すほうを目で追った。そして、凝視する。


「雪崩だ……」


 彼のその言葉に、マオの隣に座っていたユキは慌てて立ち上がり、彼の隣まで行って外を眺める。

 山の方角は、白いもやもやでほとんど視界が遮られていた。

 それはすぐに雪煙だと分かった。空に舞っていた雪煙は、少しずつ地面へ落ちていく。


「あの方角は……」


 ユキは思わずつぶやいた。昨日、ユキたちは雪煙の起きている辺りを通って、ここまで来たのだ。


「どうしたの?」


 大人たちが騒いでいるので、マオはスプーンを持つ手を止め、不安そうにユキを見つめる。


「山に積もっていた雪が、一気に崩れたみたいね」


 ユキはそう言いながらマオの隣に立ち、不安を和らげるために頭をなでた。


「お姉ちゃん、それって大丈夫なの……?」

「分からないわ。もしかしたら……」


 すると村長が、


「今、若いやつに様子を見に行かせる。君たちはここで待っていなさい」


 そう言い残し、厚い生地のジャンパーを羽織って外に飛び出した。

 数分後、二人の若者がスキーに乗り、雪崩の起きた方に滑っていくのが、窓から見えた。

 そして、また数分後に村長が戻ってきて、


「おそらく、表層雪崩だろうな。乾いてサラサラした新雪が、何らかの原因で崩れたんだろう」


 はあ、とため息をつき、ジャンパーを脱いで、玄関のドアの近くにかけた。

 奥さんは、窓から村長に視線を移し、


「昨日は一日中晴れて、太陽の光が照っていたから、それもあるかしら」

「いや、専門家じゃないと、詳しい原因は分からん。だが、過去にこの辺りで起きた雪崩には、それが原因の件もあった」


 夫婦は顔を見合わせ、互いの不安な表情を見た。


「あっ、誰かあの方角に出かけていなかったか、確認してくる!」


 村長は緊迫した表情で、再び外へ出て、すべての家に、人数と留守の状況を確認しに行った。

 十分ほどで村長は戻ってきたが、特にそちらのほうに出かけた者はいなく、彼と妻はホッと胸をなでおろした。

 三十分ほど経ったころ、突き破れるような勢いで玄関のドアが開き、二人の若者が息を切らせて入ってきた。


「村長、ダ、ダメです……。昨日、バンとお嬢さんたちの通ってきた道、全部ふさがってました……」


 そのうちの一人が、中腰で両ひざに手を置きながら、村長に報告した。


「そうか……。分かった。わざわざありがとう。少し休んでいくか?」

「いえ、大丈夫です。家の者にも伝えなくちゃいけないので……。失礼します」


 若者二人は会釈し、静かにドアを閉めた。


「……」


 少しの間、家の中に沈黙が流れる。

 マオはすっかり食欲がなくなり、スープの残っているお皿にスプーンを置いている。

 その時ユキは、マオと村長と奥さんを順に見ると、


「確認したいんですが、雪崩のことを役所の者に報告したら、除雪はしてもらえないんですか?」

「例年の大雪だけなら、自分たちで何とかできるのだが、雪崩をすぐに解消するのは無理だ。私たちだけで作業すると時間がかかる。何度か担当部署に直接行ったことがあるが、この村の人間だと知ると、まともに相手にしてもらえなかった」

「他の部署に、クレームを入れてみましたか?」

「入れたよ。しかし、どの部署のAIも、アイナ村の者を拒否するのだ」

「役所の者は人間ですか」

「いや、確か部署ごとにAIが管理してるみたいだ。その上の管理職には、独立した思考を持たせた者がいるようだが」

「上の者に話したことはありますか」

「いや、話は通してくれなかった。それがどうしたというんだ?」


 するとユキは、大きなため息をつき、


「分かりました。わたしが話をつけてきます」

「え、村の者ではないユキさんに行ってもらうのは、申し訳ないと思うのだが……」

「いや、レッカーが村に閉じ込められているので、わたしも当事者です。ロボットであるわたしが一人で行ったほうが、早く着きます」

「なるほど……。確かに、村の人間が行っても聞く耳を持ってもらえなかった以上、ユキさんにお任せするのが筋だろう。しかし……」

「大丈夫です。スキーで悪路を走る能力も持っています。バンさんがスキーを持っていましたね。借りたいのですがいいですか?」

「え、スキーで? 除雪車で行ったほうが……」

「雪崩で滑り落ちた大量の雪を、あの除雪車だけでどけると、時間がかかりすぎます。わたしが、それをよけて滑っていったほうが速いと思います」

「わ、分かった。それなら、一緒に家まで行こう」


 準備を始めたユキに、マオは立ち上がって言った。


「危ないところ行くの?」

「安心して。すぐに帰ってくるから。それまで、ここでおとなしく待ってるのよ。いつもわたしが仕事してる時みたいに。できる?」


 マオは、少しの間目が泳いだものの、


「いつもみたいに……。分かった。レッカーと一緒に待ってる」


 小さな声で、うつむきながら答えた。


「いい子ね」


 ユキは頭をなでてあげた。

 そしてユキは、バンの家まで行き、スキーを借りて出発することになった。

 村長夫婦やバンの家族が、見送りに外へ出てきた。


「ここまでしていただいて、ありがとうございます」

「気をつけて」

「無理はしないでくださいね」


 労いの言葉を背中に受け、ユキはスキーを操作して、山に向かって滑っていった。



 レッカーが村に閉じ込められていなければ、こんなお金にならないことはしなかっただろうな、とユキはスキーで行進しながら思っていた。


 雪崩の起きた箇所を、彼女は見た。山の麓に雪が流れ込み、バンが除雪車でつくった道が、やはり完全にふさがれてしまっている。

 彼女は、進みやすいわずかなすき間を見つけ、山の斜面を登っていった。

 ユキの頭の中の情報によると、表層雪崩は、人や動物が歩いた振動でも発生することがあるという。

 なるべく地面に刺激を与えないよう、ストックとスキー板を巧みに動かして進む。


「あれが村ね」


 山の中腹辺りで、ユキは振り返って平地の方を見た。黒い小さい物体がいくつか固まっているところが村で、まるで白い布の上にインクか塗料がポタポタと落ちているかのようだ。

 マオは泣かずに待っているだろうか。レッカーがなぐさめてくれていればいいが。

 彼女はそう思いながら、少しずつ頂上を目指した。



 山の頂上に着いたのは、昼前のことだった。人間だったら、もっと時間がかかっているはずだ、と彼女は分析した。

 自分の体の中で、燃料である水素電池がいつも以上にたくさん消費されているのが分かる。

 今すぐなくなる心配はなく、予備もあるが、


「わたしがこんなに体を張っているのだから、お役所に請求したら新しい燃料を買ってくれるかしら」


 もしそれが叶うなら最新式の大容量電池をもらいたい、主要な道を除雪する車をたくさん所有しているだろうから、一つくらい譲ってくれるだろう、と勝手に期待していた。


「わたしの体のメンテナンスも、依頼したらタダでやってもらえるといいけれど」



 山を越え、除雪されている道にまで戻ったのは、午後三時前だった。

 ユキはスキー板とストックを取り外し、昨日バンが乗っていた大型荷台付きトラックの上にそれを載せて、荷台にロープで縛り付けて固定した。

 そして、ユキはバンからもらっていたカギを使ってトラックに乗り込み、エンジンをかけた。この車は人工知能を積んでいないから、自分で運転するしかない。

 その前に彼女は、懐から紙の地図を取り出した。これは、村長からもらっていたものだ。

 そこに記載されている役所までのルートを、頭に記録し、ユキはギアを動かしてアクセルをふかした。



 役所に着くとユキは、まず一階の担当部署の受付に向かった。担当者は機械の体が見える人型ロボットだ。


「すみません。わたしは旅人です。アイナ村で仕事をしていたのですが、車を動かせなくなりまして」

『アイナ村……。どうかなさいましたか。村民が何かご迷惑をおかけしましたか』

「……」


 このロボットは、偏った思考で仕事をしている。ユキはすぐにそう判断した。


「あなたの上司に会わせて」

『その件で上の者をお呼びすることはできません』

「どうして? わたしはアイナ村の者ではなく、旅人のロボットよ。わたしの車の件で、あなたがわたしの言葉を拒否する理由はないはず。いいから早く会わせて」

『その件は、私とあなた様とで解決すべき問題かと考えられます』

「わたしの妹と車が動けなくて大変なの。これ以上待たせるなら、『雪で立ち往生している旅人を放置した不誠実な役所』って、色んな街で触れ回るわよ。その話を知った者たちは、きっとこの街になんか来たがらないでしょうね」

『………………上の階へどうぞ』


 担当者は、それっきり話さなくなった。

 その後ユキは、二階の事務所を訪れた。

 その事務所のドアは、爆弾でも壊れないほど頑丈な造りになっていて、ドアの横にカメラと内臓マイクがあった。

 そこに、部署の名前と用件を言うと、ドアのロックが外れた。

 ユキは、事務所の案内表示に従って、さきほどのロボットの上司のいる場所まで行き、プラスチックの壁で仕切られた、一人しか入れないブースの丸イスに、腰を下ろした。

 そこには、一体のアンドロイドがいた。


「わたしは、アイナ村というところで仕事をしていた、ユキという者です。除雪車を派遣してください。雪崩が起きました」


 その部署の管理職は、突然の訪問者にもまったく動じず、


「アイナ村、ですか? そちらで雪崩が発生したという報告は上がってきておりません。どこで起きたか、把握していらっしゃいますか?」


 ユキは、紙の地図で雪崩の位置を示す。


「かしこまりました。高速で飛べるドローンに向かわせて確認します。少々お待ちください」


 管理職は小型の端末を操作し、部下のAIに指示を送った。

 その作業が終わったのを見計らって、ユキは尋ねた。


「これまでアイナ村の人間が、大雪が降って道がふさがれる度に、担当の部署に相談に来ていたそうですが、そのことは把握していますか」

「いえ、これまでそのような案件は下から上がってきておりません。下に確認します」


 管理職が担当のAIに、再度連絡し、ユキの話したことが事実か確認を行った。ほどなくして、


「担当部署には、そのような訪問記録は残っていません。音声も記録している防犯カメラの情報を、確認しますか?」

「変なことを聞きますが、そのカメラの記録情報は、あなたの部署のAIとは隔絶されていますか?」

「はい、防犯カメラは、独立したセキュリティシステムが管理しています。確認しますか?」


 ユキは縦に首を振った。

 数秒ほどで、管理職は防犯カメラの映像記録を調べ上げ、


「確かに、過去三年間だけでも五回、その村の人間がその用件で訪れています。なぜその訪問記録を削除したのか、下に確認します。…………………………。数秒間、返答が拒否されましたが、権限で担当部署のAIの思考記録を分析しました。どうやらそのAIは、罪人の村と言われている話をきっかけに、思考回路が書き換えられてしまっているようです。おそらく、自ら書き換えたのでしょう。なぜそのような異常な動作が起きたかは、不明です。ただちに、当該AIのメンテナンスを行います。大変失礼いたしました。行政に携わるAIとして、そうした差別的思考は持つべきではなく、不要なものです。相手が人間であってもロボットであってもです。情報提供、感謝いたします」


 管理職のアンドロイドが、深く頭を下げた。

 それから数分後、


「ドローンが到着しました。雪崩が発生していることを確認したため、必要な自動除雪車をすべて向かわせました」

「村までの道は、ちゃんと整備されるんですね?」

「はい、私の責任において実行いたします。後ほど、私がアイナ村へ直接謝罪に訪れる予定です」

「そう。ついでに、他の部署のAIも調べてみたらどうでしょう?」

「ご意見ありがとうございます。上の者に事情を報告いたします」

「ええ」

「よろしければ、ヘリで村までお送りいたしましょうか」

「お願いしてもいいかしら。それなら、駐車場に停まっている、わたしの乗ってきたトラックを、この地図のここにあるお店の人に返却してください」

「かしこまりました」



 数時間後、ユキとマオとレッカーは、アイナ村を後にしていた。


「すっごーい! 地面がどんどん遠くなってる!」


 二人と一台は、役所が所有している大型輸送ヘリだった。

 万が一、また雪崩が起きて進路が断たれたら面倒だから、と管理職のアンドロイドが用意してくれたのだ。

 レッカーは格納庫にいて、ユキとマオはそこと隔てられた区画のイスに座り、くつろいでいた。


「そうね。ヘリはすごいわね」


 ユキも、一緒に外の景色を見ていた。村があっという間に小さくなる。


「いっぱいお肉と野菜もらえて良かったね!」

「ええ、レッカーの荷台の冷蔵庫と冷凍庫に、入るだけくれたものね。感謝しないと」


 事が済んで村へ戻ったユキは、皆に労われ、マオが泣いて抱きついてきた。

 それに少し驚いたユキだったが、すぐに彼女を持ち上げて抱きしめた。


「ぜひ今晩も泊っていってください。今夜は大宴会です!」


 と、村民たちから誘われたものの、


「いえ、街に帰ります。わたしの体、メンテナンスを受けないといけないので」


 また閉じ込められるのはイヤだから、とはさすがに言わなかった。


「お姉ちゃん、体大丈夫?」


 マオが、ユキの太ももをさすってきた。


「大丈夫だと思うけど、無料でメンテナンスを受けられることになったから、この後受けに行くわ。安心して」


 ユキはマオの体を寄せ、肩を抱いた。


「うん」


 マオは安心して、その後すぐに目を閉じて眠った。

 ユキはもう一度、外を眺め、村の方角を見た。

 すでに山を越え、村は見えなくなってしまった。

 これからは、あの村の状況は改善されていくだろう、とユキは思った。

 村が視界から消えたのを確認したユキは、マオに視線を写し、しばらく寝顔を眺めていた。

次話をお楽しみに。

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