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第八十三話:雪の中の罪人たち⑤

 荷下ろしの仕事が終わり、貯蔵庫を出たユキの前に、エプロンをつけた中年女性が現れた。


「私は村長の妻です。今日は集会場でささやかな歓迎会をやるのですが、来ていただけますか」

「ええ、ぜひ出席します。食事するのは、車に乗っている妹だけですが」

「あら、あなたはロボットなのですか? うーん、ロボット用の燃料はあったかしら……」

「いえ、おかまいなく。妹の食事だけで十分ですよ」


 ユキが外へ出たのと同時に、数人の若い女性たちが貯蔵庫へ入り、中で作業している男性たちに、集会場での食事に使う食料について相談を始めた。

 商店の従業員であるバンが、女性たちと話をし、食材費は村の負担で賄われることを確認している。

 村長の奥さんは、ユキに会釈すると、女性たちのところへ行き、話に混ざった。


「ねえねえ、お仕事終わったー?」


 自分でレッカーの助手席から降りたマオがやってきて、ユキにだるそうに訊いた。


「終わったわよ。これからご飯だって」

「ご飯? 何出るの?」

「それは分からないけれど、歓迎会ででる食事だから、少しは豪華かもね」

「肉! 肉はある!?」

「肉が食べたいの? じゃあ、今のうちにリクエストしておく?」


 興奮して、顔の周りが自分の白い息まみれになっているマオの手を引き、ユキは話をしている女性たちに尋ねた。


「今日の食事なんですけど、何が出る予定なのですか?」

「色んな野菜などを、出汁の中で煮た料理にする予定です。温まるので、よくこの地方で食べられているのですよ。あ、何か苦手なものでもありましたか?」

「いえ、この子が肉を食べたいと言っていまして。でもぜいたくは言いません。無理でしたら……」


 女性たちは顔を見合わせ、皆クスッと笑った。


「分かりました。ユキさんが運んでくれたものの中に鶏肉があるので、それで作ってみます」

「ありがとうございます、わがままを聞いていただいて」

「いえいえ、あなた方のおかげで、当分の間、食糧の心配がなくなったのですから、お礼をしなくちゃいけません」


 すると、村長の奥さんが、


「そうだ。これから妹さんとお風呂に入ったらどうでしょうか」

「お風呂、ですか?」

「はい、食事をつくるのはこれからなんです。歓迎会をやる、というのは、さっき決まったことなので」

「ではお言葉に甘えます」

「入るのは、妹さんだけですか? ユキさんも?」

「ええ、わたしも入ります。一人でお風呂に入れさせるのは心配なので」

「分かりました。じゃあ、私の家のお風呂にご案内しますね。さっき、雪かきした旦那が入ったので、もう準備はできてますよ」

「ありがとうございます」


 村長の奥さんは、他の女性たちに一言言うと、ついてきてください、とユキとマオを促した。


「レッカーはどうするの? もう休む?」


 ユキが尋ねると、


〈そうさせてもらう。村長の家に行くんだろう? だったら、その前でひと眠りするよ〉

「ええ、ゆっくりして。お疲れ様」


 そしてユキとマオは、村長の家にお邪魔することになった。



「しみるー!」


 四十一度ほどのお湯に浸かったマオは、顔に力が入る。


「どこかケガでもしてた?」


 先に湯加減を確かめるために浸かっていたユキは、妹の体のあちこちを目で見て調べる。特に外傷はない。


「ちがうよー。さっきまで寒かったから、熱いお湯が気持ちいいの」


 表情がふやけたように和らいだマオは、足を伸ばしてリラックスした。

 ユキはお風呂場を観察した。

 浴槽は石でできている。きれいにみがかれているが、たくさんの石が固まって形成されていて、それが模様のようになっている。その一番端に、直径二十センチほどの金属の棒が一本、浴槽の中に突き出ている。

 脱衣所のすぐ隣に、まきを燃やす場所があり、そこで発生した熱が、あの棒から送られてくる。

 あの棒をマオが触らないよう気をつけなくちゃ、とユキは思った。


「周り、雪ばっかりだね」


 ユキの隣に座るマオが、ひざを立てて脚を両手で抱えて縮こまった。


「この家の周りのこと?」

「それだけじゃなくて、村の周り全部」

「そうね。怖い?」

「少し。山と森しかないんだもん。閉じ込められたら、死ぬよ」

「死なないわよ。だって、レッカーがたくさん食糧運んだでしょ。それに、除雪車もあるし。いざとなったら、あれで雪をどけながら街まで帰れるわ」

「それならいいけど」


 ユキは、マオの肩を抱いてあげた。



 お風呂から上がって、リビングで村長と雑談をしていたユキとマオは、玄関から入ってきたバンの声を聞き、ドアのほうを見た。


「食事の準備ができました! どうぞ集会場へ」

「ああ、分かった。ユキさん、マオちゃんと一緒にどうぞ」


 村長に促され、ユキとマオはバンについていった。

 集会場は、村民の家より一回りほど大きく、建物の中には仕切りが一切なかった。

 奥のほうに台所があり、土と石で固めてつくられたドーム状の物体の下部で、まきが燃えていて、その上に三つ、小さいドラム缶のような調理器具がある。その中では、様々な野菜や肉がグツグツと煮えていた。

 そこから器に一人分ずつ分け、いくつもあるテーブルに運んで並べられていった。男性も女性も関係なく働いている。

 やがて、準備が整い、村民全員が集会場のテーブルの前に集まった。三十人ほどいる。

 村民がイスに座る中、村長だけが立ち上がり、


「今回は、ユキさんとマオさん、クレーン車のレッカーさんの歓迎会を行います。まず、村のために働いてくれたこの方たちに、拍手を」


 村民全員が、惜しまない拍手を送ってくれた。


「マオちゃんには、ぜひご飯を楽しく食べてもらいたいと思います。レッカーさんには、後で村の充電設備をお貸しします」


 お礼の意味を込めて、ユキは会釈した。


「さあ、これ以上前置きはいらないでしょう。では、今日まで私たちを生き永らえさせてくれたご先祖に感謝し、食事をいただきましょう」


 各テーブルで、皆がスプーンで具材をすくい、口に運んでいく。


「熱い熱い!」


 マオがキャハハとうれしそうに、じゃがいもをほおばっている。

 彼女の前には、煮物料理に加えて、塩コショウで味づけした、鳥のもも肉をカラッと焼いたシンプルな料理も並んでいた。

 マオはそれを両手で持って、豪快にかぶりついた。パリパリの皮の下から、熱くて濃厚な肉汁が染み出てきた。


「そんなにおいしい?」


 ユキは、マオの口から落ちた肉のかけらを拾ってお皿に置きながら、訊く。


「うん!」


 お風呂場での不安がうそかのようにマオは満面の笑みだ。

 彼女が食事を楽しんでいる間に、ユキは隣に座っている村長に、気になっていたことを小声で尋ねた。


「村長、差し支えなければ、罪人の村とここが呼ばれている理由について、話していただけますか」


 すると、煮物料理の豚肉を運ぶスプーンをお皿に置き、村長はユキをまっすぐ見た。


「分かった。ユキさんは食事も燃料補給もいらないということだから、代わりに私からこの村の歴史について話をしよう」


 村長は水を一口飲み、


「今から百年以上も前だが、この国のある刑務所から、六人の男女が脱獄した。その刑務所は劣悪な環境で、ロボットによる体罰が厳しかったそうだ。

 すきをついて逃げ出し、六人はこの地へたどり着いた。見て分かる通り、ここは都会から遠く離れていて、隠れるのにちょうど良かった。役所にも見つからなかったそうだ。六人はちょうど男女半々だったから、それぞれ愛を育み、子どもを育てた。

 アイナ村と名前を付けられたこの地には、その後、浮浪者や訳ありの人間が時々来るようになった。外の血を取り入れながら、この村の人口はほんの少しずつ増えていった。

 ユキさんもご存知の通り、ロボットと人間との戦争が起こり、やがて終わり、法律もすべて書き換えられた。だから、私たちのご先祖のことはうやむやになったそうだ。昔、法律の専門家に聞いたことがある。

 だが、隣の街に住む人間やロボットの間では、アイナ村が罪人の集まった村、という話が残り続けた。だから、今でも私たちを差別する輩が絶えない」


 そこまで話し終えると、村長は再び水を一口飲んだ。


「法律上では問題ないことになっているのに、人々の不安だけが残っているということですか?」


 ユキがそう言うと、


「ああ、そうだね。人間はもちろんそうだし、ロボットの中にも人間と同じ思考ができる個体が増えてきているそうだ。不安というのは、何かきっかけがないと取り除けないものだ。何かきっかけさえあれば……」


 村長は一人で考え込んでしまった。

 心を動かすのは難しいだろうな、とユキは思った。

 すると、村長の隣に座っている奥さんが、話題を変えるために、


「ユキさんとマオちゃんは、今夜私たちの家にお泊りください。お二人のベッドの準備はもうできてます。あとでご案内しますね」

「ありがとうございます」


 ユキがお礼を言った。


6へ続きます。

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