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第八十三話:雪の中の罪人たち④

 街を一歩外に出るとすべてが雪に埋まっていた……ということもなく、主要な道は見える範囲では除雪されている。

 だが、十分ほど森の中を走っていると、


〈ああ、こっちに曲がるのか……〉


 バンの車が、除雪されていない脇道の前で停車したのを見て、レッカーがだるそうにつぶやいた。

 その道は、標高の高い山へ伸びているが、ここが道だと分かるのは、背の高い広葉樹が生えていない場所がまっすぐ続いているからだ。


「除雪しないのかしらね」


 ユキがため息をつく。


〈ここから先の道には、そんなもの必要ないと思われているってことだろうな〉


 レッカーが冷静に分析する。


「お役所に?」


 ユキが聞き返す。


〈ああ〉


 そんな会話をしている間に、バンは荷台付きトラックから除雪車を降ろしていて、それのエンジンをかけていた。


「それじゃ、あなたにもシャベルを付けるわよ」

〈ああ〉


 レッカーは、自分の荷台に積載されているシャベルにクレーンのフックを引っかけ、待機する。

 ユキは運転席を降りて荷台に上り、食料品の入った段ボール箱を傷つけないよう、ゆっくりと上昇していくシャベルの揺れを押さえる。

 シャベルが彼の前方に置かれるのを確認したユキは、すぐに荷台から飛び降りて、それの取り付け作業を始めた。

 そのシャベルは、上下に三十センチほど動かすことができる。シャベルのアームを、レッカーのエンジンルームの下あたりに取り付けた。


「レッカーがショベルカーになった?」


 ユキが作業して目を話しているすきに、マオが外に出て、ショベルの可動アーム部分を、しゃがみながらじいっとのぞきこんでいた。


「触ったら危ないわよ。まあ、わたしもレッカーがショベルを取り付けられるなんて、二週間前まで知らなかったわ」

「これがあったら、この雪も押していける?」


 マオは、まったく除雪されていない脇道を見た。

 道というよりも、雪の被った高さ数メートルの丘が永遠に続いている、という風な光景だ。


「レッカーだけじゃ無理ね。あの除雪車に、先に雪をどかしてもらわないと」


 ユキは作業を終え、それを指さす。

 その除雪車は、前方の下部に雪を巻き込むローラーのような装置がついていて、そこから上部の排雪口に送り込み、雪を遠くへ飛ばすものだ。

 バンはそのローラーの稼働テストを行っていた。そして、


「ユキさん、準備が終わりました。そちらはどうですか?」

「こちらの準備も終わってるわ。いつでも出発できる」

「それじゃ、行きます」


 バンは、大型トラックを路肩に寄せて駐車させた後、すばやく除雪車に飛び乗り、ゆっくりと脇道へ入っていった。

 ローラーに吸い込まれたパウダースノーが、勢いよく森の中へ飛んでいく。

 大量の雪が木の枝にぶつかり、細い枝が折れていた。

 そのすぐ後ろを、レッカーが徐行しながらついていく。

 除雪車のローラーとレッカーの幅は同じくらいで、ほとんどの雪を除雪車が飛ばしてくれるものの、レッカーのシャベルで整地したほうが、もっと走りやすくなる。

 その作業を延々とくりかえし、峠を越えるくねくねした道を進み、ようやく目的の村に着いたのは、午後四時過ぎのことだった。



 峠を越えて山を下りる途中、真っ白な平野の向こうに、茶色の点のようなものが小さく見えてきた。


「あれが村かしら」


 ユキは、ホッと胸をなでおろした。


「着いた? 着いたの?」


 疲れた声で、マオが尋ねる。


「ええ、ここからまっすぐ先に見える所が、村のようね」


 ユキが確認すると、家らしき建物が六つほどあって、倉庫のような建築物もいくつかあった。

 ただ、それらの建物は、麓に下りてしまうとたちまち周りの雪の山に隠されて見えなくなった。

 やがて、除雪車のスピードが落ちた。


〈やっと村までの道が開けたか〉


 レッカーがつぶやく。村の方からも除雪が行われていたため、村まで残り数百メートルのところで、除雪車のローラーは動きを止めた。


「着いたー!」


 マオがバンザイして喜ぶ。

 急に視界が開け、村の中がよく見えるようになった。

 広い広い平野を丸く囲むように、六軒の家が建っている。家は木造で、板と丸太を組み合わせてつくられている。

 バンの除雪車が村の中へどんどん入っていくのについていくと、村の敷地内は除雪がきっちりされていて、一角に四メートルくらいある雪山が三つできていた。

 村には十人ほどの男が外に出ていて、自分たちの家の屋根に積もった雪を落としているところだった。

 エンジン音に気づいた彼らは、一斉にその作業を止め、除雪車とレッカーの方に駆けよってきた。

 十人はまずバンのところへ行き、激励の言葉をかけた。彼の背中をバンバンとうれしそうに叩く中年男性もいる。

 そして、彼らはレッカーの運転席の下まで来て、


「ありがとう、ありがとう。ここまで来てくれて助かったよ」

「よく来たね。歓迎するよ」

「おお、荷台に載ってるのが食糧かい? ありがたい」

「お前ら、客人を寒い外に引きとめるな。さあ、まず村長の家にご案内しますよ」


 最後に話した中年男性が言った。彼は、バンの背中を叩いていた人だ。

 中年男性は、除雪車の中のバンのところへ行って一言話すと、


「こいつについていってください!」


 レッカーに向かって手招きした。

 そしてユキたちは、村の奥へ足を踏み入れたのだった。



 バン以外の男性たちは、除雪の作業に戻った。

 村長の家の前まで案内されたレッカーは、そこで停車した。

 先に降車したユキは、助手席に回り込んで、マオの体を抱えて、外に降ろしてあげた。するとマオは、


「空気が違う!」


 と、楽しそうにユキに言った。


「どう違うの?」


 ユキが尋ねると、


「冷たいけど、街よりも空気がおいしい気がする」

「街では、色々排気ガスを出す施設があるけど、この村にはそれが少なそうだしね」

「そうかもしれない!」

「話、分かったのかしら」


 ユキは苦笑した。


「ここが村長の家です。一度あいさつしてもらってもいいですか?」


 車を降りたバンがやってきて、ユキにそう確認した。


「ええ」


 ユキはうなづく。

 バンは、鍵のかかっていない村長の家のドアを開けた。


「バンです! 戻りました!」


 大きなバンの声は、廊下の奥にあるドアの向こうまで届いた。

 すると、すぐにドアの奥のリビングから、六十代の男性が出てきて、


「おおー! 無事のようだな。良かった……」


 その男性はセーターと厚い生地のズボンを穿いていて、体が引き締まっている。手には、農作業や除雪でできたマメがいくつもある。

 そして男性は、バンの後ろに立っているユキとマオに気づき、


「バン、このお嬢さんたちは?」

「はい、ここまで食糧を運んできてくれた、ユキさんです。こっちの子は……」

「マオです」


 代わりにユキが答えた。


「ありがとう、ありがとう。よくこんな辺境の地まで来てくれた。感謝するよ」


 男性は満面の笑みで、ユキの両手を握った。


「バンさん、こちらの方は?」


 ユキが尋ねると、


「ああ、失礼しました。こちら、村長です」


 バンが改まって紹介した。


「よろしく、ユキさん。村を代表して歓迎する」


 ユキの手を握ったまま、村長は会釈した。


「ありがとうございます。運んできた荷物ですが、どこで降ろせばいいですか」

「バンに案内させよう。バン、ユキさんに場所を教えてやりなさい。それと、外で雪かきしてる連中にも声をかけて、荷物を降ろす手伝いをさせなさい」


 ユキは村長に、「また後ほど」とあいさつし、マオの手を引いて外に出る。そしてレッカーに、バンについていくように言った。

 バンに案内されたのは、村の中心部にある貯蔵庫だった。

 村民の家よりも数倍大きい鉄筋の建物で、入り口はレッカーが余裕で入れるくらい広い。

 その左横には、村民の家とデザインと大きさがほぼ同じ建物があり、


「これが俺たちのお店ですよ」


 お店を指さしながら、バンがユキに紹介した。

 バンによって声をかけられた十人の村民のうち、男性二人が入り口の大きなシャッターを開ける。

 男性たちが入ったすぐ後に、ユキもマオと一緒に貯蔵庫の中へ入った。


「さむーい!」


 マオは足をドタバタさせながら叫んだ。貯蔵庫の中で、声が響く。

 氷点下十度を下回る外気温によって鉄筋は冷やされ、建物内部には冷気が充満していた。

 外と同じく、マオの鼻息や吐息が真っ白になっている。


「天然の冷凍庫ね。太陽光がある分、外の方がマシかもしれないわ」


 ユキはそうつぶやいた。

 電気が点けられ、内部の様子がはっきり見えるようになった。

 食糧のストックはあるものの、貯蔵庫の半分ほどの面積が空になっている。

 入り口のほうでは、男性たちの合図でレッカーがバックで入ってきているところだった。


「クレーン車がひとりでに動いてるよ」

「こんなの都会でしか見たことないな」

「一台くらい村に欲しいぜ」


 男性たちはそんなことを話していた。

 レッカーが指定の場所で停まったので、ユキはマオを連れてそばまで行き、


「じゃあ、荷物を降ろしていきます」


 ユキは男性たちに言った。

 作業中にうろちょろされると危ないので、マオを助手席に座らせ、おとなしくしているように諭すと、


「この中探検したい」


 マオは貯蔵庫の奥を指さすが、ユキは「ダメ」と言った。

 むー、とほっぺたを膨らませたマオに、ユキは収納スペースから絵本を取り出し、


「これ、この前買ったばかりの絵本よ。一人で読める?」

「絵本くらい読めるよ!」


 マオは少しいらだった声で言い、絵本をペラっと開いた。

 彼女のその様子に、ユキは安心して微笑んだ。

 その後、ユキは荷台に登って、積み荷を降ろす作業に入った。

 ロープにフックを引っかけ、吊り上がっていく積み荷が揺れないよう、両手で押さえる。


「マオちゃんをおとなしくさせるの、上手ですね」


 作業をしながら、バンは感心したように言った。


「もう慣れましたから」


 クレーンで降ろした荷物のロープを男性たちがほどき、段ボール箱を決められた場所で積んでいく。

 作業を終えたのは、山の陰に太陽がちょうど沈んだ頃だった。

5へ続きます。

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