表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/295

第八十三話:雪の中の罪人たち③

 事務所の外に出ると、冷気がユキと青年の二人を襲った。


「ううっ、寒い!」


 ユキの後ろに続いて出てきた青年はそう言って、自分の体を抱きしめながら身震いする。


「さて、仕事内容について、説明してもらいましょうか。ああ、その前に自己紹介するわ。わたしはユキよ」


 彼女は胸に右手を当てて、名前を名乗った。


「俺の名前はバンと言います。アイナ村で商店を経営しています」


 バンは、はきはきと言い、ニコッと笑顔をつくる。

 さわやかな青年だ。ユキの第一印象はそれだった。

 ユキは尋ねる。


「それで、わたしへの仕事って何?」

「俺たちは、人里離れた所の村に住んでいて、俺や仲間がこの街にやってきて、商品を仕入れています。色々訳あって、アイナ村の住人は、ある親切な一つの卸売業者としか取引させてもらえないんです」

「罪人の村、と聞いたけれど」

「ええ、そう呼ばれているんです。でも誤解しないでください。先祖は確かに悪者かもしれませんが、俺たちは違う。それは分かってください」

「……あなたの話だけでは、わたしはそれを判断できないわ。その卸売業者の人と会ってからね。話を続けて」

「は、はい。普段はその業者のところへ、シャベルのついた車で、雪を押しながら山を越えて行くんですが、この大雪で俺たちの車では危険だと思いまして……。それで、道がふさがっているところを、俺一人でスキーでここまで来たんです。食糧の在庫はまだあるのですが、いつまで雪が降り続くか分からなかったので、村の食糧貯蔵庫をいっぱいにしておきたくて」

「つまり、あなたたちの村まで、行けるところまで商品を運んでくれる車がほしいってこと?」

「そうです。ユキさんのこの荷台付きクレーン車なら、たくさんの食料が運べると思います」

「なるほどね。わたしは、あなたたちがいつも世話になってる業者のところへ行って、商品を積んで運べばいいのね?」

「そうですそうです。ぜひお願いしたいです。俺に、他にトラックのあてはないんです。どうか、どうか……!」


 バンは、頭と腰がほぼ直角になるくらい、深くお辞儀をした。


「こういうことらしいのだけど、レッカーはどう思う?」


 ユキは、レッカーの方を見て尋ねる。


〈今は雪は降っていない。荷台に乗ってるシャベルを、俺の前方部分に取り付けて、雪を押しながら走れば、何とかなるはずだ。どれくらいの距離にある村なのかだな。あとは、金次第〉

「あの、このクレーン車、エンジンをブルンブルンってふかしてますけど、もしかしてしゃべってるんですか?」


 バンは少し驚きながら、ユキに訊いた。


「ええ。目的地まで走ることは可能だって言ってるわ。アイナ村までの距離と、金次第ね」

「お金、ですよね。もちろん分かってます。では……」


 バンは、懐から紙の地図を取り出し、それを使ってルートをユキに見せ、村までの距離と、報酬の金額を言った。

 金額は、相場の倍くらいだ、と彼女は思った。


「まあ、いいわ。とりあえず、その卸売業者のところへ行きましょうか」

「あ、ありがとうございます! ぜひ、よろしくお願いします!」


 バンは顔を紅潮させ、きつくユキの両手を握った。



 バンがトイレに行くのを待っている間、


〈そういえばユキ、以前に『食料品は運ばない』って言ってなかったか? 『金属を運びたい』って言ってたよな。方針を変えたのか?〉

「しょうがないでしょ。車内に暖房をきかせるために燃料代も高いし、この地域じゃマオの食料も値段高めだし。雪のせいでガラクタ拾いも出来ないし」

〈暖かい地域で仕事探すのは考えなかったのか〉

「この季節、そんな場所じゃ、運送業者の競争が激しくて、日雇いの運び屋の入り込めるすき間は少ないの。豪雪地帯なら、みんな敬遠するでしょうから、儲かると思って」

〈なるほどな。で、今日はその雪が降りすぎて仕事がなくなったわけだ〉

「……ついてないわね」

〈ところで、罪人の村って言ってなかったか? 怪しい人物じゃないだろうな? マオがいるんだからな〉

「ええ、あの人自身は悪い人には見えないわ。彼の目はうそをついてなかったし。卸売業者っていうのがどういう人なのか、それを見てからでもいいと思うわ」


 ユキは、バンの案内を聞きながらレッカーを運転し、倉庫街を出た。



 バンが停車するようにユキに言ったのは、大きな道路から一つ裏手に入ったところにある、個人商店だった。

 このお店と、隣の倉庫らしき建物の前だけは、雪山が片付けられている。

 だいぶ年数の経った木造二階建ての建物で、一階がお店になっていて、二階が住居のようだ。

 そのお店の周りには、同じくらい年季の入ったお店が開店している。服屋、雑貨屋、銃火器を売っているお店まである。

 大雪が降ったせいで、人もロボットもまばらにしか歩いていない。


「ちょっと事情を話してきます」


 そう言い残して、バンは降りてお店に入っていった。

 少しして、バンはお店から一人の女性を引き連れて戻ってきた。

 年齢は四十歳くらい。黄色いエプロンをしていて、黒い髪の毛を頭の後ろで縛っている。そして、筋肉がついて男のように体が大きい。

 女性がレッカーの運転席の下まで来たので、ユキはウインドーを下げた。


「あんたが、アイナ村まで荷物を運んでくれるのか?」


 低い声で女性が尋ねる。ユキとレッカーを、探るような目でジロジロ見ていた。


「わたしは運び屋をやっているユキといいます。このクレーン車はレッカーです」


 ユキは、営業向けの少し音程の高い声で自己紹介した。


「そうかい。オレはカリナだ。食料品を仕入れたり販売したりしてる。よろしくな」


 カリナと名乗った女性は、フッと軽く笑みを浮かべ、右手を伸ばしてユキと握手した。カリナの表情が和らいだ。

 それにしても、とカリナは周りを見渡す。

 道路の除雪された雪が路肩に積まれて、二~三メートルほどの雪の壁をつくり、それが交差点でとぎれるものの、再びどこまでも伸びている。


「すげえ雪だったな。こんなの生まれて初めてかもしれねぇ。ユキ、よく仕事を請け負ってくれたな。ありがとよ。この雪で、オレが他に契約してるトラックが街の外に出られずにいて、仕事になんねぇから、オレの店は閑古鳥が鳴く始末だ。だから、あんたがこうして来てくれたのは、バンと同じく嬉しいんだ」

「雪のせいで仕事がなくなって、お金がなくなりそうだったので、とりあえずバンさんに話を聞いただけです」

「おっと、ということは、オレの説得次第ってことだな。どうせ、罪人の村がどうとか言われたんだろ? 安心しな。罪人だったのはご先祖だけで、オレたちは違うから」

「バンさんからも、そう言われました。わたしは仕事柄、色んな人間に出会うので分かっているつもりですが、バンさんはいい人のように見えました。仕事のパートナーとして、悪くないと思います」

「そうか。それは良かった。アイナ村はオレの故郷なんだ。故郷を救ってくれる人は大歓迎するぜ」

「どうも」

「さあ、もし仕事を受けてくれるのなら、隣の倉庫の中に、車をバックで入れてくれ」

「ええ、分かりました」


 カリナとバンは、レンガ造りの頑丈そうな倉庫の大きなシャッターを開けに行った。

 レッカーが、ユキに言った。


〈カリナっていう人、悪い人には見えないと思うぞ〉

「……」


 その入り口は、レッカーが楽々入れるほどの大きさだ。

 カリナが手招きしたので、ユキはレッカーを倉庫の前まで移動させる。

 倉庫の中には、段ボール箱がうず高く積まれていて、品目ごとに分かれているのが、入り口の外からも見えた。


〈俺はカリナをいい奴だと感じたが、ユキの判断を尊重する。どう思う。仕事を断るなら、今のうちだぞ〉


 レッカーが忠告するが、


「いえ、このまま続けるわ。故郷を助けたいっていうカリナさんの気持ちは本当だと感じたわ。それに、この仕事がなくなったら、本格的に財布がピンチなの」


 ユキの言葉に、レッカーは苦笑した。


「なーに? さっきから何話してるの?」


 お姉ちゃんの仕事を邪魔しないように黙っていたマオだったが、がまんできずに訊いた。


「あの二人、悪い人じゃなさそうっていう話」

「いい人なの?」

「そうだと思うわ」


 ユキはレッカーを、バックで倉庫の中へ入れ、カリナの手招きしたところで停車する。

 それから少しの間、カリナとバンが品定めをした。その時間はユキは何もできないので、車内で待機した。

 やがて、二人は次から次へと段ボール箱をレッカーのすぐ横に運んできた。カリナはユキに声をかけた。


「この段ボール箱をロープでひとくくりにして、クレーンで荷台に積んでくれ」


 分かりました、と答え、ユキは用意された頑丈なロープで段ボール箱をいくつかまとめて縛り、フックに引っかけられる輪っかもつくる。


「レッカー、クレーンをこっちに伸ばして」

〈ああ、分かった〉


 ウイインという音をたてながらクレーンが伸びてきて、荷物の上で停止した。そして、フックがゆっくりと下りてくる。

 ユキはそれに輪っかを引っかけ、


「上げて」


 レッカーにそう言った。荷物が慎重に持ち上げられる。その間に、ユキは荷台へとよじ登って、段ボール箱が運ばれるのを待つ。そして、手で段ボール箱の揺れを押さえながら、荷台へゆっくりと下ろした。

 そんな作業を三十分以上かけて繰り返し、ようやく目的の量の積み込みがすべて終わった。



「それじゃユキ。くれぐれも頼んだぞ」


 マオのためのお昼ご飯を差し出しながら、カリナは念押しした。


「もちろんです。仕事ですから」


 ユキは運転席のウインドーから手を伸ばし、それを受け取った。


「アイナ村はオレの故郷って、さっき言ったよな。だから、お得意先になってやれる。他に相手してくれる業者はいない。だから、改めてお礼を言いたい」


 カリナはユキの手をギュッと握った。カリナの体温は高く、筋肉質だから握力も高い。

 バンは、大型の荷台付きトラックに乗っていた。カリナに借りたもので、荷台には人が一人乗れる除雪機が積まれている。


「では、失礼します」


 バンの先導で、ユキはレッカーを発車させた。

 カリナに手をふられ、三人と二台は、アイナ村に向けて出発した。


4へ続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ