第八十三話:雪の中の罪人たち③
事務所の外に出ると、冷気がユキと青年の二人を襲った。
「ううっ、寒い!」
ユキの後ろに続いて出てきた青年はそう言って、自分の体を抱きしめながら身震いする。
「さて、仕事内容について、説明してもらいましょうか。ああ、その前に自己紹介するわ。わたしはユキよ」
彼女は胸に右手を当てて、名前を名乗った。
「俺の名前はバンと言います。アイナ村で商店を経営しています」
バンは、はきはきと言い、ニコッと笑顔をつくる。
さわやかな青年だ。ユキの第一印象はそれだった。
ユキは尋ねる。
「それで、わたしへの仕事って何?」
「俺たちは、人里離れた所の村に住んでいて、俺や仲間がこの街にやってきて、商品を仕入れています。色々訳あって、アイナ村の住人は、ある親切な一つの卸売業者としか取引させてもらえないんです」
「罪人の村、と聞いたけれど」
「ええ、そう呼ばれているんです。でも誤解しないでください。先祖は確かに悪者かもしれませんが、俺たちは違う。それは分かってください」
「……あなたの話だけでは、わたしはそれを判断できないわ。その卸売業者の人と会ってからね。話を続けて」
「は、はい。普段はその業者のところへ、シャベルのついた車で、雪を押しながら山を越えて行くんですが、この大雪で俺たちの車では危険だと思いまして……。それで、道がふさがっているところを、俺一人でスキーでここまで来たんです。食糧の在庫はまだあるのですが、いつまで雪が降り続くか分からなかったので、村の食糧貯蔵庫をいっぱいにしておきたくて」
「つまり、あなたたちの村まで、行けるところまで商品を運んでくれる車がほしいってこと?」
「そうです。ユキさんのこの荷台付きクレーン車なら、たくさんの食料が運べると思います」
「なるほどね。わたしは、あなたたちがいつも世話になってる業者のところへ行って、商品を積んで運べばいいのね?」
「そうですそうです。ぜひお願いしたいです。俺に、他にトラックのあてはないんです。どうか、どうか……!」
バンは、頭と腰がほぼ直角になるくらい、深くお辞儀をした。
「こういうことらしいのだけど、レッカーはどう思う?」
ユキは、レッカーの方を見て尋ねる。
〈今は雪は降っていない。荷台に乗ってるシャベルを、俺の前方部分に取り付けて、雪を押しながら走れば、何とかなるはずだ。どれくらいの距離にある村なのかだな。あとは、金次第〉
「あの、このクレーン車、エンジンをブルンブルンってふかしてますけど、もしかしてしゃべってるんですか?」
バンは少し驚きながら、ユキに訊いた。
「ええ。目的地まで走ることは可能だって言ってるわ。アイナ村までの距離と、金次第ね」
「お金、ですよね。もちろん分かってます。では……」
バンは、懐から紙の地図を取り出し、それを使ってルートをユキに見せ、村までの距離と、報酬の金額を言った。
金額は、相場の倍くらいだ、と彼女は思った。
「まあ、いいわ。とりあえず、その卸売業者のところへ行きましょうか」
「あ、ありがとうございます! ぜひ、よろしくお願いします!」
バンは顔を紅潮させ、きつくユキの両手を握った。
バンがトイレに行くのを待っている間、
〈そういえばユキ、以前に『食料品は運ばない』って言ってなかったか? 『金属を運びたい』って言ってたよな。方針を変えたのか?〉
「しょうがないでしょ。車内に暖房をきかせるために燃料代も高いし、この地域じゃマオの食料も値段高めだし。雪のせいでガラクタ拾いも出来ないし」
〈暖かい地域で仕事探すのは考えなかったのか〉
「この季節、そんな場所じゃ、運送業者の競争が激しくて、日雇いの運び屋の入り込めるすき間は少ないの。豪雪地帯なら、みんな敬遠するでしょうから、儲かると思って」
〈なるほどな。で、今日はその雪が降りすぎて仕事がなくなったわけだ〉
「……ついてないわね」
〈ところで、罪人の村って言ってなかったか? 怪しい人物じゃないだろうな? マオがいるんだからな〉
「ええ、あの人自身は悪い人には見えないわ。彼の目はうそをついてなかったし。卸売業者っていうのがどういう人なのか、それを見てからでもいいと思うわ」
ユキは、バンの案内を聞きながらレッカーを運転し、倉庫街を出た。
バンが停車するようにユキに言ったのは、大きな道路から一つ裏手に入ったところにある、個人商店だった。
このお店と、隣の倉庫らしき建物の前だけは、雪山が片付けられている。
だいぶ年数の経った木造二階建ての建物で、一階がお店になっていて、二階が住居のようだ。
そのお店の周りには、同じくらい年季の入ったお店が開店している。服屋、雑貨屋、銃火器を売っているお店まである。
大雪が降ったせいで、人もロボットもまばらにしか歩いていない。
「ちょっと事情を話してきます」
そう言い残して、バンは降りてお店に入っていった。
少しして、バンはお店から一人の女性を引き連れて戻ってきた。
年齢は四十歳くらい。黄色いエプロンをしていて、黒い髪の毛を頭の後ろで縛っている。そして、筋肉がついて男のように体が大きい。
女性がレッカーの運転席の下まで来たので、ユキはウインドーを下げた。
「あんたが、アイナ村まで荷物を運んでくれるのか?」
低い声で女性が尋ねる。ユキとレッカーを、探るような目でジロジロ見ていた。
「わたしは運び屋をやっているユキといいます。このクレーン車はレッカーです」
ユキは、営業向けの少し音程の高い声で自己紹介した。
「そうかい。オレはカリナだ。食料品を仕入れたり販売したりしてる。よろしくな」
カリナと名乗った女性は、フッと軽く笑みを浮かべ、右手を伸ばしてユキと握手した。カリナの表情が和らいだ。
それにしても、とカリナは周りを見渡す。
道路の除雪された雪が路肩に積まれて、二~三メートルほどの雪の壁をつくり、それが交差点でとぎれるものの、再びどこまでも伸びている。
「すげえ雪だったな。こんなの生まれて初めてかもしれねぇ。ユキ、よく仕事を請け負ってくれたな。ありがとよ。この雪で、オレが他に契約してるトラックが街の外に出られずにいて、仕事になんねぇから、オレの店は閑古鳥が鳴く始末だ。だから、あんたがこうして来てくれたのは、バンと同じく嬉しいんだ」
「雪のせいで仕事がなくなって、お金がなくなりそうだったので、とりあえずバンさんに話を聞いただけです」
「おっと、ということは、オレの説得次第ってことだな。どうせ、罪人の村がどうとか言われたんだろ? 安心しな。罪人だったのはご先祖だけで、オレたちは違うから」
「バンさんからも、そう言われました。わたしは仕事柄、色んな人間に出会うので分かっているつもりですが、バンさんはいい人のように見えました。仕事のパートナーとして、悪くないと思います」
「そうか。それは良かった。アイナ村はオレの故郷なんだ。故郷を救ってくれる人は大歓迎するぜ」
「どうも」
「さあ、もし仕事を受けてくれるのなら、隣の倉庫の中に、車をバックで入れてくれ」
「ええ、分かりました」
カリナとバンは、レンガ造りの頑丈そうな倉庫の大きなシャッターを開けに行った。
レッカーが、ユキに言った。
〈カリナっていう人、悪い人には見えないと思うぞ〉
「……」
その入り口は、レッカーが楽々入れるほどの大きさだ。
カリナが手招きしたので、ユキはレッカーを倉庫の前まで移動させる。
倉庫の中には、段ボール箱がうず高く積まれていて、品目ごとに分かれているのが、入り口の外からも見えた。
〈俺はカリナをいい奴だと感じたが、ユキの判断を尊重する。どう思う。仕事を断るなら、今のうちだぞ〉
レッカーが忠告するが、
「いえ、このまま続けるわ。故郷を助けたいっていうカリナさんの気持ちは本当だと感じたわ。それに、この仕事がなくなったら、本格的に財布がピンチなの」
ユキの言葉に、レッカーは苦笑した。
「なーに? さっきから何話してるの?」
お姉ちゃんの仕事を邪魔しないように黙っていたマオだったが、がまんできずに訊いた。
「あの二人、悪い人じゃなさそうっていう話」
「いい人なの?」
「そうだと思うわ」
ユキはレッカーを、バックで倉庫の中へ入れ、カリナの手招きしたところで停車する。
それから少しの間、カリナとバンが品定めをした。その時間はユキは何もできないので、車内で待機した。
やがて、二人は次から次へと段ボール箱をレッカーのすぐ横に運んできた。カリナはユキに声をかけた。
「この段ボール箱をロープでひとくくりにして、クレーンで荷台に積んでくれ」
分かりました、と答え、ユキは用意された頑丈なロープで段ボール箱をいくつかまとめて縛り、フックに引っかけられる輪っかもつくる。
「レッカー、クレーンをこっちに伸ばして」
〈ああ、分かった〉
ウイインという音をたてながらクレーンが伸びてきて、荷物の上で停止した。そして、フックがゆっくりと下りてくる。
ユキはそれに輪っかを引っかけ、
「上げて」
レッカーにそう言った。荷物が慎重に持ち上げられる。その間に、ユキは荷台へとよじ登って、段ボール箱が運ばれるのを待つ。そして、手で段ボール箱の揺れを押さえながら、荷台へゆっくりと下ろした。
そんな作業を三十分以上かけて繰り返し、ようやく目的の量の積み込みがすべて終わった。
「それじゃユキ。くれぐれも頼んだぞ」
マオのためのお昼ご飯を差し出しながら、カリナは念押しした。
「もちろんです。仕事ですから」
ユキは運転席のウインドーから手を伸ばし、それを受け取った。
「アイナ村はオレの故郷って、さっき言ったよな。だから、お得意先になってやれる。他に相手してくれる業者はいない。だから、改めてお礼を言いたい」
カリナはユキの手をギュッと握った。カリナの体温は高く、筋肉質だから握力も高い。
バンは、大型の荷台付きトラックに乗っていた。カリナに借りたもので、荷台には人が一人乗れる除雪機が積まれている。
「では、失礼します」
バンの先導で、ユキはレッカーを発車させた。
カリナに手をふられ、三人と二台は、アイナ村に向けて出発した。
4へ続きます。




