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第八十一話:命を食べる

 とある森の中で、ユキは猟銃を構えていた。

 まっすぐ立ったまま、森の中に溶けこむように微動だにせず、遠く離れたところで草を食んでいる鹿を狙っている。

 破裂するような音がして、銃口から弾が放たれた。その弾は正確に鹿の急所を撃ち抜いた。そして、硝煙の臭いがユキを包む。

 彼女は小走りで、倒れた鹿のもとに向かった。鹿はすでに死んでいた。


「こちらユキです。鹿を仕留めました」


 ユキは、貸し出された携帯端末で、主催者に連絡した。


『了解。場所はGPSで把握できているから、スタッフを向かわせる。少し待っていてくれ』


 主催者である人間の男性が、電話の向こうでそう言った。

 分かりました、と答えて彼女は電話を切る。そして、ピクリとも動かない鹿を見下ろした。

 彼女の人工知能のデータベースと照合すると、これは雌の成獣だ。

 この鹿は、今日この場所で命が尽きるとは想像していなかっただろう、とユキは思った。

 もしユキがこのイベントに参加していなくて、たまたま彼女の前に姿を現していなかったら、今でものんびりと食事を楽しんでいたかもしれない。

 だが増えすぎた鹿を倒したのには意味がある。自然のバランスを保てるし、何よりマオや他の人間の食糧になるのだ。決して無駄ではない。

 他の人間なんてユキにはどうでもいいことだが、マオが成長するのに、その肉は役に立ってくれる。

 自然が好きなユキは、そう自分に言い聞かせていた。



 ある日、ユキは日雇いの仕事の最中、現場責任者の人間の男性から、イベントの話を持ちかけられた。

 それは、鹿を狩るというもので、彼はそのイベントの主催者なのだという。


「年々、人間の数が減ってきているだろう? 今までは人間の食糧のためにたくさん狩りが行われていたから良かったんだが、最近狩りの行われる回数が減ってきて、そのせいで鹿が増えすぎているんだ。これはまずい」

「なぜ鹿が増えるとまずいんですか?」

「鹿は木の皮を食べる。皮を食べられた木は枯れる。枯れた木が増えると、森はいずれ土や水を保持できなくなって、下流の街が洪水の被害に遭いやすくなる。だから、鹿の数をコントロールする必要があるんだ」

「肉食獣がいるのでは?」

「狼は危険だからと、ずいぶん前に狩り尽くしてしまった。この辺りには一匹もいない。大型の熊がいるが、あれはすばやい鹿を狩ることはできない」

「わたしに何のメリットが?」

「君は、人間の子と旅をしているんだろう? 食糧が必要なはずだ。本来イベントに参加するにはお金がかかるんだが、タダにしよう。君にはモニターになってもらいたい。このイベントの趣旨を伝える記事を今後つくるから、そこにコメントを載せたいんだ」

「ぜひやりましょう」


 タダという言葉にのせられたユキは、そのイベントに参加することにした。

 人間が猟銃を扱うには免許が必要だが、銃を撃つ技術を持つロボットであるユキは、無資格での参加を認められた。



 ユキによって仕留められた鹿が、スタッフの持ってきた台車によって森の外へ運ばれた。

 森の入り口には、レッカーやスタッフたちの車が停まっている。

 仕留められた鹿がこちらへ運ばれてくるのを見たマオは、興味津々といった様子で、それを助手席から眺める。鹿を運ぶ男たちに混じって歩いているユキを発見すると、ドアを開け、外に飛び降りた。


「お姉ちゃん! でっかい鹿だね」


 駆け寄ってきたマオを正面から抱いて受け止め、ユキは妹の体温を手のひらで感じた。

 マオの少し上がった息づかいが聞こえ、真上で輝く太陽のせいで、彼女の額は少し汗ばんでいて、触るとペタペタした。


「マオ、鹿は怖くないの?」


 ユキは尋ねた。体の大きい鹿を見ても、マオは動じていないように見えたのだ。


「ちょっと怖いけど、見たくなった」

「これから街へ持って帰って解体するそうだけど、見たい?」

「この前にお姉ちゃん、鶏捕まえてたよね。あれと同じ?」

「それ以上かも」

「……ほんのちょっとだけ、見る」

「分かったわ。勇気あるわね」


 スタッフたちに誘われ、マオは死んだばかりの鹿を触った。


「あったかい……」


 と、命の温かみを感じている。


〈マオはてっきり、グロテスクに感じると思ってたが〉


 近寄ってきたユキに、レッカーが感心するように言った。


「そうマオが感じるならそれでいい、とわたしは思ってたわ。でも、せっかく旅をしているのだから、命を食べるとはどういう事か、体験させたくて。本人がどう感じても、わたしは怒ったりしないつもり。レッカーの心配は無用だったようね」


 そうだな、とレッカーは納得した。

 マオはスタッフに、「鹿は何を食べてるの?」「何でこんなに体大きいの?」などと質問攻めにしている。

 そんな様子を、ユキとレッカーは少し離れたところで見守っていた。

次話をお楽しみに。

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