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第五話:子どもだまし⑤

 布の擦れ合う音で、マオは目を覚ました。いつもながらうつぶせになっている。寝た時は仰向けだったのに。

 見慣れない枕と布団だった。嗅ぎなれない匂いもする。でもずっと寝転がっていたい匂いだ。仰向けになる。テントの天井が目の前にあった。布の継ぎ目から外の光が細く入ってきている。そうだ、昨日は村に泊まったんだっけ。体を起こして目を擦った。

 彼女の足下に、昨日一緒に遊んだ子ども五人が立っていた。興味しんしんと言った顔つきで、マオの顔や体をじろじろ見ている。

「あ、起きた」

「ホントだ。起きた」

「寝ぼけてるのかな。俺が目覚めのキスを――」

「バカ、寝ぼけてるのはケンジでしょーが」

「……おはよ、マオちゃん」

 マオは一瞬、警戒する小動物のように体を強張らせた。「おはよう……」そして、小さいあくびを一つした。

「かわいい」

「うん、かわいい」

「まるでつぼみが花開いたような美しい君は――」

「はいはい、押さえて押さえて」

「……そろそろ朝ご飯だって」

 そう言ってルリが手を伸ばした。「一人で起きれるから大丈夫」もぞもぞとお布団の感触を名残惜しそうに確かめながら這い出る。

「ユキちゃんはまだ起きないんだね」

 リンが興味しんしんといった様子で、隣の布団でスリープ状態にある彼女を指さした。

「たぶん、もうすぐ起きると思うよ」

 マオはすました顔で答えた。物音を立てた時はたいてい目を覚ますから、もう起きてもおかしくない。だってこんなにうるさくしてるんだから。

 ユキは布団を頭まで被って寝ている。本人によると、寝ている間の顔を見られたくないからだそうだ。

「ねえ、ちょっといたずらしちゃおうよ」

 ケンジはそろそろとユキの枕元まで静かに移動する。他の子たちもくすくす笑いながら声を押し殺そうとしつつついていく。

「やめたほうがいいよ」

「どうして?」

 言葉で制止するマオにリンが尋ねる。はたして理由を言ってもいいのだろうか。「秘密よ。誰にも言わないでね」と怖い顔で忠告されていた気がする。

「顔まで布団被ってる。苦しくないのかな」

 ケンジが布団をめくり上げようとしていた。他の子たちも彼の手元をのぞきこむ。何が入っているか分からないプレゼントを開ける子どものようだ。

 マオは寝ぼけ眼ながら止めようとしたが、タッチの差で間に合わなかった。

 そこには、目を開けたままピクリとも動かないユキの姿があった。

「うわっ」

「キャッ」

 ケンジとリンは、反射的に飛びのいた。他の子もそれに続く。

「……何?」

 ユキが体を起こした。周りをキョロキョロ見て状況を確認している。

「おはようユキちゃん。とっくに起きてたの?」

 ルリがおかしそうに笑いながらそう尋ねた。数秒の間テントの中に沈黙が流れる。ルリの瞳がキラリと光る。

「そうよ。あなたたちが騒ぐものだから。びっくりさせようと思ったの」

 ユキはそうごまかした。本当はたった今起きたのだが、まさか「仕様だ」とは言えない。スリープ状態にあっても外部に危険が迫った時にいち早く行動できるように……とは信じてもらえないだろう。そもそも自分がロボットですと告白する意義もない。

「これは一本取られたなぁ。せっかくユキちゃんにいたずらしようとリンやルリたちを誘ったのに」

 ケンジがため息をついた。あれ、とリンが首をかしげて彼を見た。「最初は、マオちゃんに会いに行こうって言ってなかったっけ」

「……ナニヲイッテルノカナ?」

「何で片言なのよ」

 二人が是非を議論している間に、ユキは自分とマオの布団を片づけた。昨夜の通りにテントの端へ畳んで寄せておく。

「マオ、ご飯はいつ食べられるか聞いた?」

 ユキはいつものように静かな声で尋ねた。

「うん、ルリちゃんが言ってた。もう食べられるって」

「そう。皆が待ってるかもしれないから、早く行きましょ」

「うん!」

 眠気をふっ飛ばすかのように、マオはパンパンと自分のほっぺたを叩いた。そして一番乗りでテントの出入り口の布をくぐった。


 テントを出ると、すでに朝食の準備が整っていた。テントの前に長テーブルとパイプイスが設置され、サラダや魚などのおかずが人数分用意されている。

「おはよう。眠れたかい?」

 お茶碗にごはんを注いでいるおばあさんがにこやかにユキたちを見た。

「おはようございます。良い香りのする枕とお布団で、快適に休めました」

 隣にいるマオを見ると、壊れたおもちゃのようにうんうんと何度もうなずいていた。

「それは良かった。……ちょっと、お客さんに顔拭きタオルを持ってきておくれ」

 おばあさんがテントの中にそう呼びかけた。はーいと元気な声が返ってくる。そのテントの中にお邪魔すると、女性たちが味噌汁をつくったり洗い物をしたりしていた。そのうちの一人がしゃがみながらこちらを見て手招きした。

「この濡れタオルで顔を拭いてね。あいにくだけど、水は飲用や洗い物用に優先して使ってるから」

 一枚ずつタオルを渡してくれた。無地のピンク色だ。お礼を言って、いったん外へ出る。食事をつくっている所で顔を拭くのは避けた方がいいだろう。ユキは肌に押し当てるように拭き、マオは豪快にゴシゴシ擦る。

「ユキちゃん、マオちゃん。もう席についていていいよ。すぐご飯とみそ汁を持っていくから。ほら、あんたたちも座って待ってなさい」

 二人が顔を洗う様子をじろじろ見ていた子どもたちはおばあさんにそう言われ、お腹空いた―、早く遊ぼうよー、と元気が良い。テントから一番離れた席に固まって座った。

「ありがとうございます。……マオ、どこに座る?」

「あそこ!」

 場所を指さす間もなく、マオは子どもたちの方へ走っていき、一番手前の空いている席に座った。

「お姉ちゃーん、こっちー!」

 ブンブンと手を振って、自分の左側の席に誘っている。他の子たちも一緒になって手招きしている。

「マオちゃん、朝から元気だねぇ。いつもこんな感じなのかい?」

「はい。朝は、起きてからすぐご飯が食べられる時間なので一番好きみたいです。食事が絡むと、たとえふてくされていてもたちまち笑顔になるんです」

「あらあら、それじゃ早くご飯とみそ汁を運んであげないとね」

 おばあさんは手を口に当てて微笑んだ。あ、そうだ、とユキを見上げる。

「悪いんだけど、お盆に載せたご飯を人数分運んでくれるかい? いつもは男衆がやる仕事なんだけど、昨日は夜遅くまで飲んでいたらしくてね。まだ起きて来ないんだよ」

 いえいえ、とユキは両手を振った。

「こんなにおもてなしを受けて、私がショウジさんにやったことと釣り合いが取れていないな、と思っていたところなんです。喜んでお手伝いします」

 おばあさんは、そんなことないよ、と言いながら、お茶碗が五つ載ったお盆を彼女に渡した。そして耳打ちする。

「あの子どもたちは危なっかしいからお手伝いさせないってことは、内緒だよ。怒るから」

 二人でくすくす笑った。


「今日はこの街を車で回って、鉄くず探しをしようと思います」

 食事を初めてすぐに、ユキは皆に向けて言った。一斉に彼女へ視線が集まる。

「大丈夫かい? 良かったら男共を叩き起こしてついて行かせるよ」

 おばあさんがテントの方をちらりと見た。結局、朝食の時間になっても彼らは起きてきてはいない。

「いえ、作業用の機械を積んでありますから。一人でも大丈夫です」

「そうか。ゆっくり見て回りな。この辺はショウジがあらかた掘り返したから、もっと遠くに行った方がいいと思うよ」

「分かりました。貴重なお話ありがとうございます」

 それで、とおばあさんは子どもたちを見た。

「お前さんたちはマオちゃんの相手をしておくれ。なんなら、あたしも一緒にこの辺を散歩するよ」

 子どもたちは少しの間顔を見合わせてこそこそ何かを話し始めた。ケンジがどんな提案をしたのかはおばあさんや女性たちには聞こえなかったが、ユキにはその思いがけない言葉が耳に入っていた。

「ぼくたちは、ユキちゃんの車に乗って遊ぶよ。いい所へ案内するんだ」

 するんだ、するんだ! と皆で騒ぎ始めた。マオも飛び跳ねそうなほど興奮している。

「でも、どこに乗るんだい。運転席だって限りがあるじゃないか」

 おばあさんの言葉に、子どもたちはまた顔を合わせてニヤけた。

「荷台に乗ってくわ。軽トラよりも広いから、きっと快適よ」

 リンが、ねー、とケンジ達に問いかけた。そうそう、とうなずく。

「私もついていって見張るから。心配しないで」

 ルリが微笑を浮かべておばあさんを説得する。女性たちも考えているが、先に年上の意見を聞こうと、発言を控えている。

「そうねぇ。ルリがいればいいかねぇ。……ちゃんとユキちゃんの言うことを聞くようにさせるんだよ」

 聞くよな、とケンジが皆に聞いた。聞く聞く、とおばあさんの予想通りの言葉が返ってきた。

「それじゃ、悪いんだけど皆を頼めるかい? 今日の晩ご飯と明日の朝ごはんも食べて行っていいから。お昼は街に行ってみるといいよ」

「……分かりました」

 やったー! と一番満面の笑顔を見せたのはマオだった。さらにご飯を口に入れるスピードが速くなる。

 たまにはドライブも悪くないかな。ふと、そんなことをユキは思った。


6へ続きます。

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