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第七十九話:見送ったトラック③

 レッカーとオル爺、そしてシンが村に戻ったのは、その日の夕方で、村から見える高い山がオレンジ色に染まっていた。


〈これは、何事だ?〉


 レッカーは、村の円形の大きな空き地に村人たちが集まり、料理の乗った大皿を次々と並べているのを見た。


「おう、おかえり!」


 彼らがレンガをもらいに出発するまで、医院の建設工事に携わっていた村の若い男が、レッカーたちに声をかける。


〈今日は何かのお祭りか?〉


 レッカーはそうつぶやいた。


『シン、「今日は何かのお祭りか」と、レッカーが言っているが』


 レッカーの言葉は人間には分からないため、オル爺がたんたんと通訳してくれた。

 するとシンは運転席のウインドーを開けて、


「今日は、年に一度の鎮魂祭なんです。先祖のことを皆で語りながら、ワイワイ楽しくごちそうを食べる日です。もちろん、レッカーさんたちの歓迎会も兼ねてますよ」


 ニコッと笑いながらシンは言った。


〈なるほど。ごちそうなら、マオはきっと喜ぶ。ありがたく参加させてもらう。オル爺、そう伝えてくれるか〉


 レッカーの言うとおりにオル爺が伝えると、


「早くレンガを置いて、ユキさんとマオちゃんに会いに行きましょう。きっとレッカーさんのことを待っていますよ」


 シンはそう言いながらハンドルを切り、医院の建設現場に向かった。



 レンガの積み下ろし作業が終わると、村長の家の隣にある一軒家からユキとマオが出てきた。

 興奮気味のマオが先にドアを開け、ユキは料理の乗った大皿をたんたんと運んでいる。

 その料理に目を奪われ、とてもいい匂いで周りが見えなくなっていたマオだったが、レッカーのエンジン音が聞こえると、


「あ、レッカーだ! おかえり!」


 二十メートルほど離れたレッカーに、満面の笑顔で大きく手をふった。

 とっても彼女がにこやかなのは、きっとおいしそうな料理のせいだろうな、とレッカーは苦笑し、


〈ただいま〉


 あいさつ代わりのエンジン音を、彼は一つ聞かせた。


 マオは、料理を会場へ運ぶユキにそのままついていく。

 一方、レッカーがその会場の近くまで行くと、料理にまき上げた土ぼこりがかかってしまうと彼は思い、会場である空き地の端に建っている農機具小屋の横に停車した。ここからでも、会場はよく見える。

 仕事を終えたオル爺は、普段はシンの家の前で駐車しているが、今日はお祭りのため、会場近くの村長の家の前でエンジンを切り、そして仮眠を取り始める。



 やがて、準備が整い、お祭りが始まった。

 すっかり日が落ちて、少し冷え込んできて、空を星が覆い始める。

 真っ黒い森では、ねぐらに帰ってきたたくさんのカラスが鳴いていて、木の下をキツネが静かに駆ける。

 ただ、大きなたき火がある祭り会場は、村民たちの笑い声も相まって、とても明るい。

 たき火の高さは一メートルほどあり、その周りに円を描くように、一品ずつ料理が乗った大皿がいくつも並べられている。

 そして、人々もさらに大きな円状になるように、地面に小さな布を各々敷いて座っていた。


「それでは、すっかりお酒でできあがっている者もいるようですが、ここでこの一年間に亡くなった者の名前を読み上げます。皆さん、静かに死者への思いを馳せてください」


 たき火の近くに立って、四方三十センチほどの薄い木版に彫られた人の名前を、村長はゆっくりと読み上げる。

 そのとたん、村民たちはいっせいに口を閉じ、目を閉じてうつむいた。

 辺りには、たき火のパチパチと弾ける音と、森からの鳥の声、そしてマオがもっちゃもっちゃと食べる音だけがする。


「どうしたのどうしたの?」


 いきなり静かになって戸惑ったマオは、自分の小皿に盛られた料理に箸を刺しながら、ユキに尋ねる。その声は、たき火の反対側にいある村民にも聞こえた。


「静かに。大事な時間だから、少し口を閉じたほうがいいわ」


 人差し指を自分の口の前で立てて、ユキは注意した。


「分かった!」と大声で返事したマオは、あわてて自分の手で口を閉じる。「へへっ」とユキへ照れ笑いした。



 十人の名前を言い終わると、村長はその木版をたき火の中へ丁寧に入れ、燃やし始め、一礼した。

 燃え移った木版は少しずつ黒くなり、空高く煙がのぼっていく。

 村長の一礼に合わせて、他の村民たちもいっせいに頭を下げる。

 そしてすぐに、元のにぎわいが戻った。

 先ほど読み上げられた人の話題が、あちらこちらで起きている。面白い話、ムカついた話、悲しい話……。

 ユキたちの歓迎会も兼ねているとのことだが、しばらくは誰もユキとマオに話しかけてくる人はいなかった。

 三十分ほど経ったころ、マオの隣に、七歳くらいの男の子が座った。ユキが周りを見ると、その子のすぐ後ろに母親が立っているのに気づいた。


「これ、おじいちゃんの好きだった花」


 男の子が、懐から一輪の花を出してマオに差し出した。ピンク色で、花弁は六つある。

 マオは、男の子に握られた花をじいっと見ていたが、どうしたらいいか分からず、ユキに救いの視線を向けた。


「くれるの?」


 ユキが男の子に訊いた。

 うん、と彼はうなづく。


「ありがとうって言って受け取って」


 ユキは、マオにそう耳打ちした。

 ありがとうとマオは、戸惑いながらも小さな声で言い、花を手に取った。

 この花は採取されてからまだ新しく、地面に咲いているときと同じくらいみずみずしい。


 それからまた三十分ほど経ったとき、


「トイレに行きたい」


 と、料理のなくなった皿を地面に置き、マオは立ち上がった。


「村長の家のトイレを借りるといいわ」


 ユキはトイレの場所だけ教えるつもりだったが、


「ついてきて」


 少し寂しそうにマオが言うので、


「分かったわよ」


 仕方なく、ユキは一緒にトイレへついていくことにする。

 村長の家の前には、オル爺がいた。ユキには、仮眠していると分かった。

 祭りの会場と違って、この家の周りには人工の光は一切なく、月明かりだけのこの場所は薄暗い。

 ユキは玄関のドアを開けてやり、トイレの場所を指で示した。すると、


「ちゃんと待っててね。このドアは閉めないでね」


 マオは不安そうな顔をしながら、玄関のドアを見る。


「トイレの前までついていかなくていいの?」

 

 とユキが訊くが、


「トイレくらい、一人で行けるようになるの」


 と言い残し、マオは冒険に出かける若者のように、家の奥に入っていった。

 玄関のドアは開けたままにして、ユキは家に背を向け、すぐ近くに駐車しているオル爺の車体を横目で見る。

 ここまで古い車体は、ユキはスクラップ置き場でしか見たことがない。車体を形作っている部品は、まるでガラクタの寄せ集めのようだ、と彼女は感じた。

 人間で言うと、継ぎはぎだらけの服を着ているおじいさんだ。


『何か用か』


 仮眠していたオル爺が、ユキの視線に気づいて目を覚ました。


「あなたは、祭りには参加しないの?」

『うるさいのは好かん』

「シンは大人たちに囲まれて楽しそうにしてるけど、混ざろうとは思わないの?」

『思わない。鎮魂祭の時は、必ず亡くなった者の話になる。それが煩わしい』

「…………」

『ユキ、お前はロボットだが、人間の子を連れている。人間の体は脆い。そのことを覚えておくことだ。何人もの人間を見送ってきた、ワシからの忠告だ』


 そう言い残すと、オル爺は静かにエンジンをかけると、会場の誰にも気づかれないよう、こっそりと動き出し、この広い空き地を出ていく。


「どこに行くの?」


 ユキが彼の背中に尋ねるが、返事が来ることはなかった。


 オル爺は、山へと続く道を進んでいった。

 彼のその姿を見たとたん、農機具小屋に停車していたレッカーがゆっくりと走り出し、ユキの前を通り過ぎる。


「レッカー、オル爺の様子が変よ」


 ユキが少し緊張した声で言う。


〈ああ、俺も遠くから聞いていて、違和感があった〉


 レッカーは背中越しにそう言うと、オル爺に見つからないよう、後を追った。



4へ続きます。

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