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第七十九話:見送ったトラック②

 工業地帯を一歩外に出ると、そこは岩と小石ばかりの荒野で、高い種類の木と低い種類の木が一緒に群生している場所が、所々に見られる。

 遠くには千メートル級の山々が見え、その頂上は雪で覆われていたり、雲で覆われていたりしていた。

 オル爺は、タイヤをパンクさせないように尖った石を避けるため、控えめの速度で走っていて、その後ろについているレッカーは、そういう石を踏みつぶす。

 彼らが走行している地面では、林から這い出てきたトカゲが、車の振動に警戒して身を縮こまらせ、巣から出ようとした蟻も、すぐに引っこんだ。

 上空には大型の猛禽類が旋回していて、獲物を鋭い眼光で探している。


〈このペースで、村に着くにはどれくらいかかりそうだ?〉


 ノロノロ運転に疲れたレッカーは、だるそうな声でユキに尋ねた。


「ええと……。約一時間半ね」


 レンガ工場でもらった周辺地図を見ながら、ユキが計算し、冷静に答える。


〈村とレンガ工場、あと何回往復する予定?〉

「三回」

〈時間かかるなぁ〉

「一日で三回じゃないわよ。明日も入れて三回だから」

〈せめて道路が舗装されてればなぁ〉

「今時、舗装されている道路を探すほうが難しいでしょ」

〈そうだけどさ〉


 ユキとレッカーがそんな話をしていると、


〈ん?〉


 レッカーが突然ブレーキをかけて停車した。「わ!」と、反動で前のめりになったマオは、シートベルトによって、座席に戻された。

 オル爺が停車していた。運転席からシンが降りてきて、右の前輪あたりにしゃがみこみ、そこをのぞきこんでいる。


「ちょっと見てくるわ」


 ユキがシートベルトを外して、外に出た。


「あたしも!」


 気になったマオも、お姉ちゃんについていく。


「どうしたの?」


 ユキがシンに尋ねる。


「いやぁ、道に落ちてた金属の細い棒を、前輪で巻き込んでしまったみたいで……」


 彼はオル爺の前輪に左腕を突っこんで、まさぐる。その棒はギリギリ届きそうな位置にあり、シンは顔を真っ赤にして腕を伸ばした。


『もっと手を伸ばさんか』


 エンジンを切ったオル爺は、不満そうに言う。


「あたしが下に潜ろうか?」


 マオがそう提案するが、


「危ないからダメ」


 ユキに拒否され、走っていかないように手をつながれてしまった。

 数十秒経って、そろそろ手伝おうとユキが考えていた時、


「とれた!」


 顔にいっぱい汗をかいたシンが立ち上がって、折れ曲がった金属の棒を、宝物を手中にしたように頭上に掲げた。

 だが、シンはその次の瞬間には、はるか遠くまでそれを投げ捨てた。


「お待たせしました。行きましょうか」


 そう言って、彼はオル爺に乗り込む。

 トラブルはこれっきりだといいな、とレッカーは思った。

 しかし十分後……


「あれ?」


 シンは何となく、速度計の隣にある燃料計を見る。自分の村で満タンにした燃料が、半分ほどなくなっていた。

 いくら古い車だとしても、この減り方は変だ、と彼は思った。

 再びオル爺を停車させ、外に降りて、今度はエンジンルームをのぞきこむ。


〈また不具合か? だいぶガタがきてそうなトラックだしな〉


 レッカーがぼやく。

 ユキが再びシンの様子を見に行くと、


「ああ、ユキさん。どうやら燃料が漏れだしているようで……」


 え、とユキは小さく声をあげ、地面を見る。レッカーの方からオル爺の方へ、細い糸のように油が流れている。


「大丈夫なの? 引火しないでしょうね」

「それは大丈夫そうです。よくあることなんですよ。ちょっと待っててくださいね……」


 シンは、心配そうに手元をのぞきこんでくるユキに、安心させようとニコッと笑い、懐から道具を取り出していじり始めた。

 数分後にはオイルの漏れが止まり、彼はエンジンルームを閉めた。


「さ、行きましょうか」


 特に異常事態だと感じていないシンは、軽い調子でユキにそう言った。

 レッカーの運転席に戻ったユキは、


「オイル漏れって、かなり重大な故障だと思うのだけど……。あの人、あまり大したことだと考えていないようね」

〈あのじいさん、まるで介護されてる人間みたいだな〉

「いつかあなたもああなるかもしれないわよ」

〈そうなったら、さっさと俺の人工知能を別の車体に載せ替えてくれ〉


 すると、いちいち停車するのに飽きたマオが、


「ねえ、先に行っちゃおうよ」


 と、ユキの作業着のすそを引っぱった。


「村の詳しい場所が分からないの。あの人たちに案内してもらわないと」


 そう言って、マオをなだめた。



 しばらく荒野を進んでいた二台の前に、だんだん広大な森が見えてきた。

 その森の木々は広葉樹ばかりで、まるで太陽の光をたっぷり含んでいるかのような真っ赤な葉や黄色い葉を、少しずつ地面に落としている。

 森に入ると、それまでは岩と砂ばかりの地面だったのが、踏み固められた土へと変わった。

 よく車が通るから、車一台分の幅しかないその道は、草がほとんど生えていない。

 ただ、オル爺とレッカーの車幅ギリギリのところまで雑草が迫っていて、少しの期間、車の往来が途絶えたものなら、すぐにでも草が道を覆い消しそうである。


『もうすぐ二手に分かれる道がある。そこを右に曲がりなさい』


 オル爺が、後ろのレッカーに言った。


〈ああ、分かった。案内感謝する〉


 レッカーはお礼を言った。

 二股の道が現れ、そこを右に進むと、少しして村の入り口が見えてきた。その先は、木々が伐採されて切り開かれている。


「やっと着いた?」


 ふわぁ、と眠そうにあくびをしたマオが、姉に尋ねる。


「ええ、着いたわよ。そしたら、お昼ご飯にしましょ」


 紙製の地図を折りたたんで懐にしまいながら、ユキは答えた。


「あたしねー、今日はパンがいいな! 丸いパンに、ハンバーグと野菜があるやつ」


 マオは、この前に都会で食べたハンバーガーを思い描いていた。


「聞いたところ、小さい村みたいだし、豪華なものはあまり期待できないわ。パンくらいはあるかもしれないけれど」


 木々が途切れ、一行は村に到着した。

 村に入ってすぐに、とても広い空き地が目に入る。

 空き地は大きな円形で、左側は相変わらずたくさんの木が密生しているが、右側には丸太を組み合わせてつくった一軒家がいくつも並んでいる。

 空き地は人の手で平らにならしてあるものの、土がむき出しで、ここを通り抜けた先には、車が余裕で往来できる道がまっすぐ続いていた。

 オル爺は、空き地の右側にある、建設途中の一軒家の前で停車した。この建物だけレンガでつくろうとしている。

 その建設現場の近くには、この村の男衆がたくさん集まっていて、レッカーの姿を見ると、彼らは物珍しさで彼に駆け寄ってきた。


「すげー、クレーン車って久々に見たよ」

「こんなのがいつも村にいたら、心強いんだがなぁ」

「お金貯めて、村でクレーン車買えるようにがんばろうや」


 現場に停車したレッカーは、


〈何かこいつら、俺によじのぼろうとしてるぞ。ユキ、クレーンで下ろすから少し離れてろって伝えてくれ〉

「ええ、分かったわ」


 ユキは、男衆に軽く自己紹介し、クレーンでまとめてレンガを下ろせるので、荷台にのぼらなくて大丈夫です、と運転席から説明した。

 男衆から、「おおー!」と歓声が上がった。

 彼らにいちいち反応されるのが面倒くさいと感じたユキは、運転席から降りて荷台に上り、シートをはぎとると、クレーンのフックにレンガの入った丈夫な袋のロープをとりつけた。

 クレーンが袋を持ち上げ始めると、彼らは子どものようにさらに興奮した。

 三つある袋を下ろし終わると、男衆は我に返ったかのように真剣な顔つきになり、袋の中のレンガを取り出し、現場に運んでいく。


〈オンオフの切り替えがすごいな……〉


 レッカーが戸惑いながらつぶやく。

 少しして、同じくレンガを下ろす作業を終えたシンが近づいてきて、


「ユキさん、休憩にしませんか。レッカーさんもお疲れでしょう。マオちゃんには、村長の奥さんがつくった食事がありますよ」

「らしいわよ。レッカー、エンジン切って休んでて。マオ、お言葉に甘えましょうか」


 やったー! とマオはバンザイし、


〈おう〉


 と、レッカーは建築現場近くに駐車し、エンジンを切って仮眠に入った。

 ちなみに、村長の家に招待された時にマオが、


「ハンバーガーある?」


 とその奥さんに聞くと、


「あら、つくれるわよ。ちょっと待っててね」


 コッペパンの上部を包丁で少し切り、そこに焼いた肉とレタスをはさめたものを、あっという間に用意してくれた。

 マオはとてもおいしそうに食べていた。



 マオのご飯の後、ユキは男衆の仕事を手伝うことになった。危険なので、マオは現場には近づかせず、村の他の子どもと遊びに行かせた。


 レンガを泥で接着しながら積んでいく作業をしながら、彼女は周りにいる男たちに訊いてみた。


「これは、一体何をつくっているのですか」

「医院だよ。この村に医者を呼ぶためさ」

「どうして、医者を?」

「この村の周辺には医者がまったくいなくてね。何かあっても手遅れなことが多かった。それを改善するためだ」


 ユキと男の話を、レッカーは仮眠しながらも近くで聞いていた。

 そして一時間後、レッカーはオル爺と共に、再びレンガを取りに出かけた。


 

 村を出て少し経ったころ、オル爺が走りながら、


『レッカーよ。お前さんに聞きたいことがある』


 唐突にそう言った。

 レッカーには彼の声に、少し寂し気な感情が入り混じっているような気がして、


〈なんだ?〉


 悩んでいることでもあるのかと思いながら、彼は耳を傾ける。


『あの医院がずっとずっと前から、あの村に存在していたら、オルソンもネトーもサムも助けられたと思うか』


 オル爺がそれを言った直後、レッカーとシンは絶句し、二台の周辺は、走行音と木々が風でこすれる音だけが響く。


「オル爺、それは分からないよ。ぼくの家系は免疫が弱いらしいから、近くに医者がいても、あまり変わらないかもしれない」


 シンは諦めたような表情で答える。


〈……オルソンというのは誰のことだ?〉


 レッカーがおそるおそる尋ねると、


『オルソンはシンの曽祖父だ。ネトーは祖父で、サムは父親。いずれも死んだ』


 オル爺は、ため息交じりに説明する。


「レッカーさん、いきなりすみません。難しいことを聞いてしまって」


 シンが代わりに謝罪した。


〈いや、いい。俺はオルソンたちのことは知らないから、人間全般のこととして答えるが、人間は儚く弱い生き物だ。先ほど、オル爺が工業地帯で言ったようにな。ましてや、医者が足りていないこの地域では、重い病気にかかったら、助からない可能性は上がる〉


 レッカーははっきりと言った。


『そうだな……。全くもって、その通りだ。すまんな、変なことを聞いて』


 オル爺は弱々しい口調でそう言った。



 その後、新しいレンガを受け取って村へ帰るまでの間、彼らの中でオルソンたちの話が出ることはなく、仕事以外の内容の会話は全くなかった。

3へ続きます。

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