第七十九話:見送ったトラック①
ある一台の荷台付きトラックが、村のはずれの墓地へ通じる林道を、転ばぬよう気をつけながら歩く老人のように、ノロノロと進んでいた。
周りに生えている木々は七割ほどが落葉し終わっていて、地面には人や車や動物に踏みつけられてくすんだ色をしている葉が、道をびっしりと覆っていた。
そのトラックは黄土色だが、あちこち塗装が剥げている。
年季の入ったエンジン音を響かせていて、誰が見ても使い古された車だと分かる。
人工知能を積んでいて、運転者なしに動いているそのトラックは、ため息をつくように黒っぽい排気ガスを一気に出し、車体と荷台とを接続している部品をギーギーときしませる。
やがてトラックは、たくさんの墓石が並ぶ、林の中にぽっかりとできた原っぱにたどり着き、そのうちの三つの墓石の前に停車した。
お墓には赤く染まった葉が数枚、お供え物のように落ちている。
そこに刻まれた人の名を、トラックは左から順に眺める。
彼らとの思い出が、トラックの人工知能のデータベースから呼び起こされる。過積載で倒れた時のこと、危うく崖から落ちそうになった時のこと、運転手と暴風雨の夜をしのいだ時のこと。その他にもたくさん……。
はあっ、とトラックは、高齢の男性の声でため息をつき、視線を墓石から空へと移す。
彼は、そのうち行くかもしれないところのことを、三つのお墓の前で、いつまでも考えていた。
中規模な都会の郊外に、さびた鉄や油の臭いが立ち込める工業地帯がある。
放棄された街や不法投棄されているところから、色んな運送業者がここへ鉄くずなどを運び、代金をもらって帰っていく。
集められた資源は、洗浄されて加工され、新たな商品に生まれ変わり、また別の運送業者が運び出している。
ユキたちは今朝がた、ここへ鉄くずを運び込んでいて、わずかばかりの収入を得た。
そしてまた、新しい仕事が始まる。
とあるレンガ工場の前でエンジンを切って待っていたレッカーは、この村の郊外へのびる道の向こうから、一台の荷台付きトラックが現れたのを見た。
〈ユキ、例の客が来たぞ〉
のんびりとした彼の声を、ユキはその運転席から聞いた。
彼女は、胸の前で腕を組んで目を閉じていたが、はあっとため息をつき、正面からやってくる黄土色のトラックを見る。
時刻は午前十時過ぎ。レンガ工場は工業地帯の出口付近にあり、道路の舗装はなく、レッカーの横を色んなトラックが赤土の砂ぼこりを巻き上げ、行ったり来たりしている。
「二時間くらいは待ったわね……。まあ、運送業にはよくあることだから、仕方ないけど」
〈それはそうだが、いい加減、この大量のレンガを早く降ろしたい〉
「何言ってるのレッカー。ついさっき積載したばかりでしょ。これからとなりの村まで運ぶのが本番なんだから」
苦笑しながら、ユキはレッカーのハンドルを軽くさすった。
彼はなかなか古いタイプのクレーン車だから、重労働は体にこたえる。だから、こうしてユキは彼女なりに、彼をいたわっているのだ。
「こんなにたくさんのレンガで、何するんだろうね?」
席の上で靴を脱いで立ち上がり、マオは荷台が見える窓をのぞきこむ。その窓はガラスがはめこまれ、外側には金属の格子が取り付けられている。
レッカーの荷台は青いビニールシートで覆われているが、それは少しこんもりとしていて、その下にはたくさんのレンガが載せられている。
「家を建てるらしいわよ」
ユキはあまり興味なさそうに答えた。
「レンガって初めて見たけど、石みたいだったよ。石で家ができる?」
「ええ、できるわ。たくさん色んな風に積んでね」
〈レンガで作ったほうが、丈夫な家になるらしいしな〉
レッカーが付け加えて、彼の言葉が分からないマオに、ユキがそれを伝えた。
そんな話をしている間に、例のトラックがレッカーの横に停車した。
舗装されていない道路の赤土を舞い上がらせ、排気ガスがそれに混じり、トラックの後方の景色が少しかすむ。
レッカーの中で待っているようにマオに言いつけると、ユキは外へ降りてトラックの前に立つ。
このトラック、レッカーより年季入っているかもしれない。彼女はそう分析した。
あちこち塗装がはげているし、車体の部品は古いものともっと古いものがごちゃまぜで、まるで継ぎはぎだらけの服のようだ。
「いやあ、立派なクレーン車ですねぇ。ぼくもこんな車がほしいです」
トラックの運転席から降りてきた少年が、うらやましそうにレッカーをまじまじと見た。
少年は、トラックと同じ黄土色の薄汚れた作業服を着ていて、ユキには十五歳くらいに見える。髪は長くてボサボサで、頭の後ろでゴムひもで縛っている。
「ぼくはシンといいます。あなたがユキさんですか?」
シンと名乗った少年が、ワクワクした表情で握手を求めてきた。
「よろしく。わたしがユキよ。このクレーン車はレッカー」
彼女は冷静な表情で彼の手を握る。彼の手はマメだらけで傷だらけで、骨ばっている。仕事で苦労している手だ、とユキは感じた。そして温かい。
「あれ、ユキさんの手冷たいですね。冷え性? それともロボット?」
「後者よ。仕事紹介所から聞いてなかった?」
「あ……。書類に書いてあったかもしれないですけど……。まあぼくは相手が人間かそうでないかは気にしないので」
シンが照れ笑いするのを見てユキは、珍しい人だ、と思った。
昔あった戦争で、人間とロボットが殺しあった。今でも、ロボットを毛嫌いする人は一定数いる。
だから、ユキは仕事で仕方なく人間と取引する時は、なるべくロボットであることを隠しているのだが、今回使った国が運営する仕事紹介所の規則で、ロボットであることを書類に書かなくてはならなかったのだ。
人間の数が減ってロボットの数が増えてきている昨今、シンみたいな価値観の人間もいるのだろう。彼女はそう考える。
『ふん、人間なんて儚く弱い生き物だ。ロボットに頼らねばこの先、生きていけん。お前たち人間に、そんなことをいちいち気にしている余裕はないな』
オンボロトラックのスピーカーから、高齢男性の声がし、吐き捨てるようにそう言った。
「ああ、ユキさん紹介します。これはオル爺です。たぶんレッカーさんより古い車ですよ。何しろ、ぼくのひい爺さんの代から使ってる車ですから」
自慢げにシンは言って、指で軽く車体をコツコツと叩いた。ブルン、というオル爺のエンジン音が返ってくる。
〈ああ、確かに俺より年季入ってるな。さすがに俺もそこまで長い時間動いてはいない〉
レッカーはユキだけに聞こえるように言ったつもりだったが、
『おい、レッカーとやら。経験が違うと言え。初対面で年寄呼ばわりとは、マナーがなっとらん。ユキ、お前が運転手なら、ちゃんと言いつけておけ』
自分の悪口だけはよく聞こえるオル爺は、不機嫌な声でくぎを刺した。
面倒くさい爺さんね、とユキは頭の中で言い、それを視線でレッカーに伝える。
レッカーもヘッドライトを一回点滅させて、それに同意した。
「オル爺、そのへんにして。今日はぼくたちの仕事を手伝ってくれるんだから」
シンは爺さんをなだめてから、「これからオル爺にレンガを積みます。もう少し待っててください」
オル爺はシンの言葉を合図に、レンガ工場の搬入口にバックで入っていく。
数分後、レンガを荷台に満載したオル爺は、とてもノロノロと搬入口から出てきた。
〈あの爺さん、大丈夫か? 目的の村は距離があるんだろ?〉
さすがにオル爺には聞こえない距離と声だと判断したレッカーは、そうユキに言う。
「分からないわ。でも、もし動けなくなったら、あなたが牽引するしかないわね」
〈そんなことしたら、俺まであの爺さんみたいになってしまう〉
レッカーの横まで戻ってきて停車し、プシュー、とまるでため息のようなブレーキ音を響かせたオル爺を見て、
「大丈夫? お菓子食べる?」
今自分がほおばっているスナック菓子を一つ、マオはウインドーを開けて助手席から彼に差し出した。
フン、とオル爺は鼻を鳴らした。
2へ続きます。




