第七十八話:遺った者
小さな町の郊外をゆっくりと走行していたレッカーは、砂利で固められた道路の端にある茂みから、人の足が道路に向かって突き出しているのをみつけ、慎重にブレーキをかけた。
〈ユキ、そこの茂みで人が倒れてる。どうする?〉
座席でマオとトランプをして遊んでいたユキは、眉間にシワを寄せて、
「どこ?」
〈あそこだ〉
レッカーが場所を教える。
それがロボットの足でないと、ユキにも分かった。血が出ているからだ。
「それで、わたしにどうしろと?」
〈助けないのか?〉
「余計なことには首を突っ込みたくないの。もしその人間が感染症で死んでいたら、わたしにウイルスや細菌が付いてマオにうつるかもしれないし、誰かに殺されていたら、犯人が近くにいる恐れもあるでしょ」
〈それもそうだが、まだ生きていたら? お前が助けなかったせいで、命を落としたら、後味悪いと思うが〉
「……あなたいつからそんなにお人好しになったの?」
〈最初からだ。それが俺のいいところだからな〉
え、どうしたの、と不安げに作業服の裾をつかんできたマオを見て、
「分かったわよ。一応確認してくるけど、助かる望みがなかったら放置する」
ユキは呆れたように言い、座って待っているようにマオへ言いつけ、外に出た。
周りの音にも気を配りながら、彼女は人間に近づいていく。
この道路は険しい山へと続く道で、見渡す限り他の車の姿はない。
カラスや小鳥の鳴く声と、風で木の葉が擦れる音、そしてレッカーのエンジン音しかしない。
ユキは懐からレーザー銃を取り出し、右手にかまえ、茂みをのぞきこんだ。
「…………」
年齢は二十代ほど。男性で、仰向けで眠るように目を閉じているが、顔に血の気は一切なく、呼吸していれば上下しているはずの胸も、微動だにしていない。
頭の近くに開封された小袋があり、そこには手書きのドクロの絵があった。
毒物で死んだ、と彼女は予想する。
しかし、油断はしない。治る見込みのない感染症にかかって自殺した可能性もある。
「ん?」
ユキは、遺体の胸がわずかに動いたのを見た。あきらかに彼が死んでいる、と思っていた彼女は、
「ちょっと失礼するわね」
ユキは銃をしまい、そばに落ちていた二本の枝を右手と左手にそれぞれ持ち、上着の懐を探る。
「チュチュッ!」
懐から、小さなリスが顔を出した。リスの首には、小さな鈴が付けられていて、チリンと鳴った。
「あなた、この人のペットだったの?」
彼女の問いかけに答えないかわりに、リスは懐から這い出て、男性の遺体の上をうろうろし始めた。
「ご主人は死んだわよ。あなたはどうする?」
その声に反応するように、リスはユキを見上げた。
人馴れしているそれは、近くに彼女がしゃがんでも警戒しない。
それに向かってユキは手を伸ばし、チリンチリンと甲高い音をたてている鈴を外してやった。
「あっ」
鈴が外された瞬間、リスは遺体から飛び出していった。
三メートルほど離れたところで、リスは立ち止まって、男性の方を振り返る。
チュチュっと鳴くと、それは茂みの向こうの林に消えた。
彼女はレッカーの運転席に戻り、アクセルをふかした。
山越えの道中に、先ほどの話をレッカーとマオにすると、
「えー、何で連れてきてくれなかったのー? 飼いたかった……」
とマオは肩を落とし、
〈わざわざ鈴を外してやるなんて、お前もお人好しだな〉
レッカーは、笑いを含んだ声で言った。
マオには、
「また今度ね」と言葉を濁し、レッカーには、
「お互いさまね」
薄く笑みを浮かべながら答えた。
次回のお話をお楽しみに




