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第七十七話:着ぐるみと女性の話③

 大通りを法定速度より二十キロほど遅く、レッカーは走っていた。

 この先で車同士の接触事故が起きた、と警察の車両がアナウンスしている。

 シャワーのような雨が降り続いていて、レッカーの天井を叩いている。

 まだ午前中だが、空の厚い雲と高いビル群の影で、大通りは薄暗く、街灯が夜からずっと消えずに灯ったままだ。


「あなたの家はどこ? 雨だし、荷物も多いから、近くまで送ってもいいわよ」


 人間に興味がないユキも、マオが見ている手前、少しは思いやりの心を見せねばと思い、一応尋ねる。


「あ、いえ。特に家はなくって。空きビルの部屋を転々としているので……」


 脚をもじもじさせて、女性は気まずそうに言う。

 浮浪者だったか。ユキは少し気持ちを落とした。

 もしかしたら、お礼のお金くらいはもらえるかも、と期待していたユキだったが、それは無理そうだ、とあきらめる。

 着ぐるみの中の服装を見た時から、生活に困っていそうだと、彼女は何となく感じていたのだが……。


「……それじゃ、適当にどこかへ降ろしてもいいのね?」

「えっと、まあそうですね。この先の信号を右に曲がったところで降ろしてもらえれば、大丈夫……? です」


 どうやら、この先が大丈夫なところであるとは、女性は確認していないようだ。


〈どうする。本当に降ろしていいのか?〉


 赤信号で停車したレッカーは、さすがに疑問を抱き、ユキに確認をとる。


「どこかに連れていけって言いたいの? これから、荷物を届けるのに同行させるつもり?」


 ユキとレッカーが議論しているのを、横で女性は物珍しく見ていた。

 女性は、ヒマそうに外を眺めているマオに顔を向け、


「あの、お姉さんは今このクレーン車とお話してるんですか?」


 自分に声がかけられた、と知ると、マオはヒマつぶしができそうだと、少し表情が明るくなり、


「そうだよ。あたしはレッカーが何言ってるかは分かんないけど」


 女性は、なるほど、とうなづいた。発声装置がない車は、女性は見たのが初めてだったからだ。

 信号が青になり、レッカーは交差点を右に曲がった。

 ここでお別れか……。女性は少し寂しいと感じていたのだが、


「あれ……?」


 女性は、停まってもらおうと思っていた場所を目で追った。

 レッカーは路肩で停車せず、車の少なくなった通りを、スピードを上げて走り続ける。


「ねえ、あなた。仕事しない?」


 何かいい事を思いついた表情で、ユキは訊いた。


「仕事……ですか? お金がもらえるなら、したい、です!」


 女性は、激しく首を縦に振る。


「分かったわ。先方にはこれから確認をとるけど、あなたのダンスは、きっと子どもたちに受け入れてもらえるはずよ」

「ほ、本当ですか……?」

「ええ、わたしが納品する予定の場所の人から、そういう人材はいないかって、相談されていたの」

「私なんかでいいんでしょうか」

「……それは、これから調べるわ。あなたが怪しい人物ではない、ということをね」


 そして、レッカーは子どもたちがいる場所へと向かっていった。



 着いたのは、児童養護施設だった。

 駐車場にレッカーを停めると、ユキは着ぐるみの入った袋を持って女性を連れ、施設の裏手にある林の中へ入っていく。

 なんでこんなところに連れてこられたんだろう、と女性は不安がっていると、


「この施設は国の機関でね、わたしはここでの仕事が評価されたら、施設長に紹介状を書いてもらうつもりなの。他の街での仕事を探す時、国の関係者が認めた運送屋っていうのは、かなり有利なのよ。そのために、あなたには、ここにいる子どもたちの前で踊ってもらうわ」

「な、なるほど……。お姉さんにもメリットがあるってことですね」

「だから、これからあなたの身体検査をするわ。危険な人をこの施設に入れるわけにはいかないから。脱いで」

「え、は、はい……」


 女性に、服や下着も全て脱いでもらい、ユキは危ない物を所持していないことを確認した。

 服を着直しながら、女性は語った。


「私、あの着ぐるみをゴミ捨て場で拾ってから、人生が変わったんです。それまでは、何となく日雇いの仕事をして、空きビルで寝泊まりするっていう生活をしていて、とても退屈でした。でも、着ぐるみを着ると、他の人を喜ばせたいって気持ちが、どんどん強くなってきて……。私みたいに社会の底辺にいるような人間に、大した仕事はもらえないんですが、今こうして立派な施設で仕事させてもらえて、とっても嬉しいです」


 語り終わった女性の顔色は、とても良くなっていて、ユキは何となく女性の目に、力強い決意のようなものが見えた気がした。


「わたしとマオは、一足先に施設に入って納品を済ませているから、あなたは着ぐるみを着て待ってて。迎えに行くから」

「分かりました!」



 ユキが施設長に、納品の確認と、着ぐるみを連れてきたことを説明すると、


「本当ですか。ありがとうございます。子どもたちには娯楽が足りないので、助かります。……失礼を承知で伺いますが、その着ぐるみの方は、大丈夫なのですか。怪しいとか、子どもたちが楽しめるのか、ちょっと気になりまして」

「ええ、わたしとこのマオが、ちゃんと確かめました。マオはとっても楽しんでいましたよ」

「そうでしたか。子どもの言うことなら、安心ですね。その方は、裏口から入ってもらってください」


 ユキは、いったん外に出て、クマさんを迎えに行った。


「なんでここにクマさんが!?」


 とマオが驚いたが、


「仕事仲間よ」


 というお姉ちゃんの言葉に、


「お姉ちゃん、今日は何の仕事なの?」


 ユキがどんな商売に手を出しているのか、彼女は少し不安になった。



 施設でのパフォーマンスが終わり、クマさんとはそこでお別れした。

 ユキとレッカーは、施設から市街地に続く、林に囲まれた砂利道を進みながら、話している。


〈あの着ぐるみ、これを足がかりに、仕事が増えるといいな〉

「あの人、施設長に紹介状を書いてもらって、商業施設に自分を売り込むつもりらしいわよ。もちろんあの施設での活動も続けるつもりらしいし」

〈そうか、お前は一人の夢見る女の人を救ったわけか〉

「それは、ついでよ。本命は……」


 ユキはダッシュボートから、施設長の紹介状を取り出す。


〈ああ、分かってるよ。ユキはそういうやつだ〉


 レッカーは苦笑した。


「ねえねえ、レッカーと何の話してるの?」


 興味深げに、マオが尋ねる。


「仕事の話よ。クマの着ぐるみのことをね」

「またダンスみたいな」

「いずれ見れるわよ。この街に来たら」

「また見たい! 一緒に踊れたら、もっといいな」


 砂利道から舗装された道に変わると、レッカーはスピードを上げた。

次話をお楽しみに

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