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第七十七話:着ぐるみと女性の話②

 翌日、空はどす黒い雲で覆われていて、いつ降ってきてもおかしくない。

 早朝に物流センターに立ち寄り、品物を手に入れたユキは、それをレッカーの荷台に積み、隣町のとある施設に届けるため、大通りを時速四十キロで走っていた。

 周りの車もほぼ同じ速度で走行していて、人工知能によってそれらの車は、スピードと車間距離が一定に保たれている。

 レッカーが、信号でブレーキをかけた。

 少し進んだところが、昨日着ぐるみのクマさんと出会った場所だ。


〈あれ、昨日のクマじゃないか?〉


 昨日と同じ所にいるクマさんにいち早く気づいたレッカーが、ユキに知らせた。


「……本当ね。でも様子がおかしいわ。三人の……男に囲まれてる」


 ユキには、クマさんがビルの壁に追いつめられ、相手に罵声を浴びせられて、怖気づいているように見えた。


「どうしたの?」


 天気が悪くて、何となく気分が上がらないマオは、気だるそうに訊いた。

 ユキが、その方向を指さして教えてあげると、


「助けに行こうよ!」


 もうすぐ信号が変わるというのに、マオは助手席のドアを開けようとする。走行中はカギをかけているため、もちろん開かない。

 ユキは少し考えを巡らせる。

 歩道の一角で踊っているような着ぐるみの中の人を助けて、何の得があるだろうか。

 利益のあることしか興味を惹かれない彼女は、まずそう思った。

 それに、中身は女らしいが、不審人物だったら、マオに危害が及ぶかもしれない。それは避けたい。

 しかし、このまま素通りしたら、クマさんのことを気に入ったマオは、しばらく口を聞いてくれないだろう。

 今までの経験から、そう推測する。

 信号が変わってゆっくり走り出したレッカーに、ユキは仕方なくこう言った。


「レッカー、停まって」


 彼は黙ってハザードランプを点灯させ、路肩に停車した。


「マオ、わたしが行ってくるから、ここに残ってて」

「えー、あたしも行きたい!」

「ほら、男の人が三人、クマさんを囲んでるのが見えるでしょ。もしかしたら、乱闘になるかもしれないから」

「うん、分かった……」


 興奮して声が大きくなったマオだが、お姉ちゃんの言葉に顔を曇らせ、風船がしぼむようにうつむく。

 外に出たユキは、まっすぐクマさんの方に堂々と歩いていった。そして、


「あの、わたしの知り合いがどうかしましたか?」


 と、あたかも顔見知りという風に話し始めた。


「あん? こんなクソ天気悪くて気分が乗らねぇって時に、変なものを見ちまったもんだから、注意したんだよ」


 三人のうちの、髪を派手に染めた若い男が、つばをとばしながら言う。

 変なものというのはきっと、可愛いのにキレキレなダンスを踊っていることのギャップだろうか、とユキは思った。


「すみません、すぐやめさせますので。……ほら、行くわよ」


 音楽機器などの道具を全部クマさんに持たせると、ユキは強引にその手を引っ張って、ビルのすぐ横に伸びる裏路地に連れて行った。


『え、え……?』


 突然、知り合いを装って連れていかれている状況に、クマさんの中の人は困惑している。

 裏路地の角を一つ曲がり、ユキはそこで足を止めた。

 ユキは、面倒くさそうにため息を一つつくと、


「さて、妹のためにあなたを助けたわけだけど、これからどうしようかしらね」


 クマさんは、ビルの壁に寄りかかって立っているユキを、まじまじと見た。

 紺色の作業着、短い黒髪、顔は若々しいが、言動や仕草は大人っぽい……。


『あ、もしかして、昨日一緒に踊ってくれた子どもの保護者、ですか?』

「あら、覚えてたのね。ええ、妹がとても楽しくしてて、わたしも感謝してる。それで今、車からあなたが囲まれたのが見えたから助けたのだけど、余計なお世話だったかしら」

『いえいえ、助かりました。あのままだと私、着ぐるみ……じゃなくて身ぐるみはがされそうで、怖かったんです』


 裏路地のコンクリートに、雨粒が次々と落ちてきた。灰色の地面が、あっというまに濡れて黒く染まる。

 クマさんは慌てて、近くのプレハブ小屋の屋根の下に避難した。

 着ぐるみが水を吸うと、とても重くて動きにくくなるから、それは避けねばならない。

 ユキもクマさんの隣に雨宿りし、濡れた髪の毛を耳にかけた。


「とりあえず聞くけど、あなたこれからどうするの? わたしは別にここでサヨナラしてもいいと思うわ」

『えっと、できれば助けてほしいかなーって。雨も降ってきましたし、この辺りにいるのが彼らに見つかったら、命がないかもしれませんし。車で少し離れた所に連れて行ってほしいです』


 クマさんの中の人は、不安そうに体を縮こませる。


「はあ、分かったわよ。ちょっと待ってて」


 そう言うと、ユキは小走りでレッカーのところに戻り、巨大なビニール袋を持ってきた。

 それは真っ黒で、中が見えないようになっている。


「その着ぐるみを全部脱いで、これに入れなさい」


 ユキがビニール袋を差し出す。


『ちょ、え、どうして、ですか……?』


 クマさんは、自分の体を両腕で抱きしめ、少し震えた声を出した。


「晴れていたら、そのまま車の荷台に乗ってもらうのだけど、今は雨だから、それに着ぐるみを入れて、中身のあなたは車の中に乗ってもらうわ」

『な、なるほど。分かりました……』


 そう納得すると、クマさんは袋を受け取って、ドアのなくなっているプレハブ小屋の中に入り、まず頭を外した。

 着ぐるみの中身は、二十歳前後の女性で、赤茶色の髪の毛はポニーテールで結っており、頬は少しやつれていて肌に荒れている所がある。

 胴と下半身と足も全部脱ぎ、袋に入れた。

 着ぐるみの中は、灰色の半袖に、赤色のジャージの短パン姿だ。あちこち破けていて、下着が見えている箇所が少しある。

 恥ずかしそうにそこを押さえながら、女性はモジモジする。

 ひどく汗をかいていて、女性は自分でも臭っているのが分かった。

 

「さあ、行くわよ。袋をしっかり縛るのを忘れないで。妹がクマの生首を見たら、ショックを受けるから」

「……そうですね。気をつけます」


 そうして、二人はその場をすぐに離れた。

 レッカーの荷台に、着ぐるみの入った袋を載せ、女性に運転席の方から乗り込むように言った。


「誰!?」


 というマオの問いに、


「仕事仲間よ」


 とユキは返事し、アクセルをふかす。

 レッカーが、雨で少し視界の悪い大通りを走り出した。



3へ続きます。

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