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第五話:子どもだまし④

 すっかり日が沈み、空には星が光っている。ほこりが少なく、空気が澄んでいる。夜風に吹かれて、テントがわずかに波打つ。

 そのテントから五メートルほど離れた所には、焚き火が燃えていた。車も通らず静かなこの場所では、ゴウゴウという火のうなりが腹に響いてくる。

 村民全員が火を囲っている。すでに主婦たちの手で食事は配布されている。お盆の上に、ご飯とみそ汁や漬物、そして先ほど男たちが狩ったシカ肉を使った肉じゃがが載っている。

 こうして見渡してみると、ここの村民というのはずいぶん少人数なのだと分かる。若い男が四人、中年であるショウジが一人、六十代らしき女性が一人、二十から三十ほどの女性が三人、子どもが四人、そしてこの中で一番高齢だと思われる男が一人という構成だ。おそらくこの男が、ルリの言っていた風邪を引いているおじいちゃんなのだろう。確かにやせ気味で顔色も少し悪い。男も女も足を崩して楽な姿勢で地べたに腰を下ろしている。

 ユキがおじいさんのことを観察していると、向かい側のギリギリ火に隠れそうな所に座っている人が立ち上がった。

「さあさあ、食事も全部配り終わった所で、今日はお嬢ちゃん二人を招待しての食事をしよう」

 ショウジが皆を見渡した。昼間にユキと何があったのかは、すでに全員に話している。皆が快く歓迎してくれた。

「では、いただきます!」

 彼の音頭で、いただきますと声を合わせ、それぞれご飯やおかずに手を伸ばした。左隣に座っているマオは、相変わらずの食べっぷりだ。食料を貯め込むリスのように、ほっぺたをご飯でいっぱいにしている。

 ユキも味噌汁を口に流し込む。わかめや豆腐、含まれる食塩の量まで瞬時に分析される。人間がおいしいと十分感じられる基準をクリアしている。

 食事の間、男や女、子ども同士に分かれてそれぞれ話しをして盛り上がっている。今日の狩りの詳しい様子、肉じゃがの味付けの秘密がテーマのようだ。

「おいしい?」とマオに尋ねてみた。彼女は今度は肉じゃがをめいいっぱいほおばっていた。声を出せず目を真ん丸に開いて二回うなずくだけだ。

 十五分ほど経つと、男たちはほとんど食べ終わっていた。すると、女性たちが立ち上がってテントに向かった。

 戻ってきた彼女たちは、お盆の上にグラスとお酒を載せていた。いわゆる晩酌というやつだ。

「いよっ、待ってましたっ!」

 男共は手を叩き、口笛をピーピー鳴らした。彼らの笑顔はまるで子どものようだ。

 グラスは男に手渡された後、女にも配られた。六十代の女性が、皆にお酒を注いでまわっている。それをもらった彼らは、匂いを確かめほころぶ。

 その間子どもたちも食事を終えた。若い女性たちが空になった食器を回収してテントの方に持って行っている。鎖を外された犬のように、子どもたちは走っていく。つられたかのようにマオも食べ終わり、その中に混ざっていく。

 ご飯を腹に入れてユキも箸を置いた。すでに男たちはお酒を口に含んでいる。皆が酔っぱらわないうちに、話してほしいことがある。彼女は立ち上がった。

「皆さん、今日はお招きくださってありがとうございます」

 ユキは一礼した。なんのなんの、これぐらい当たり前よ、そうだそうだ、という声があちこちからあがる。

「それで、聞きたいことがあるのです。どうして私たちをこれほどすんなりと歓迎してくれたのですか?」

 彼女の言葉に、一同がポカーンと口を開ける。まるで未知の言語を初めて聞いたかのように。何かマズイことでも口走ったか、とユキは顔を強ばらせた。

「そんなの……当然のことじゃないか。俺たちのことを疑ってるのかい?」

 ショウジの息子が眉間にしわを寄せる。まさか、あたしたち何かいけないことしたかしら、いやいやそんなわけないだろ、とざわめき始めた。

「違います。私たち、初対面の人からこれほどの食事をご馳走してもらったことがあまり無かったものですから。優しい方たちだなと驚いているのです」

 ユキは、あくまでも冷静に事情を話す。次は誰から話しが来るのかと見回していると、今度はここへ彼女たちを連れてきたショウジが、座ったまま地面にグラスを置いた。

「俺たちの村はな、『来る者を歓迎し、去る物を拒まず』を守っているんだ」

「来る者を歓迎……」

 彼の言葉を復唱していると、六十代のおばあさんが女性たちに向けていた体をこちらに向き直した。

「ここにいる皆は、ずっと昔から一緒にいるわけじゃないんだよ。むしろ、血のつながりのある者は、ほとんどいない。都会の生活に疲れた者、親兄弟を亡くして行き場のない者、色々事情を抱えた者同士が互いを必要とするように集まってこの村ができたんだ」

 そうそう、と今度は軽トラを運転していた小柄な男が話す。

「だから、俺たちと共に暮らしたいというやつはすぐに受け入れる。食事も寝床も与える。ちゃんと仕事はしてもらうがな。そして、新たな住み場所を探したいというやつを引きとめることもしない。そういう関係なのさ」

「君たちも、もしここに住みたいのなら言いなさい。わしたちは歓迎する」

 先ほどまでだんまりを決めこんでいたおじいさんがユキを見上げて言った。低くて静かな声だ。

「ありがとうございます。すばらしい考え方ですね。疑っていると誤解されるような振舞いをしたのなら謝ります。そんなつもりはありませんでした」

「どういたしまして。ユキちゃんは見た目は大人っぽいのに純真で素直でいいねぇ。あの男共とは気が合わないかもね」

 おばあさんの言葉に、なんだとー、とヤジが飛んできた。ハハハと笑いが起きる。

「あの、もう一つ聞いてもいいですか」ユキはおじいさんを見た。

 ああ、もちろんだとも。おじいさんはにこやかにそう言った。ユキも少しほころぶ。

「ここへ来る途中に検問があったのです。それはどういう理由なのでしょう」

 この質問にはショウジの息子が答えた。

「それは、ここが戦争の地だったからだよ。見渡す限りがれきの山だろ? 昔、ロボットが人間に反乱を起こして、たくさんの命を奪ったんだ。かつてはビジネスタウンだったらしい。戦争が終わってから、この街は放棄された。とても復興するだけの労力と資源は無かったからだ。不発弾も埋まっているといううわさもある。だから、国がむやみにここへ立ち入ろうとする人を制限しているんだ」

「わしたちは、戦争が始まるまでこの街で暮らしておった。北の森の木を切って取引するのが主要産業だった。懐かしいよ。もう五十年前になるかな」

「じいさん、三十年くらい前だろ?」小太りの若者がグラスの中身を一気に飲み干した。

「あれ、そうだったか。自分の年を数えるのをやめてから、すっかり時間間隔が分からなくなったからなぁ」

 そういうわけで、とショウジが言葉を続けた。

「先祖が築き上げたこの街の歴史を終わらせたくない。そんな理由もあって、俺たちはここへ住み続けているのさ」

 彼はお酒を一口飲み、のどを湿らせた。一分ほど空を見上げたまま動かなかった。


 湿っぽい話をしてから十分ほど経つと男共はすっかり酔っぱらい、ちょっとした話にもおおげさに笑ってツッコミを入れるようになった。

 最初に焚き火を囲って座っていた男たちも、今度は客人であるユキを取り囲んでいる。彼らの視線は彼女の胸やお尻に集中していて、それに気づくと胸を隠すように体の向きを変えられた。そのことが逆に男共の性的感情を刺激し、じりじりと距離を詰めていく。

「ねえ、ユキちゃんって何歳だっけ」

「……十四です」

 小柄な若者が彼女の左手に触れてきた。すぐさま、手に付いた虫を取るかのように振り払う。

「それにしちゃ、いい体つきだよ。腰は間違いなく安産型だ。胸は……小さいけどこれから大きくなるよ、きっと!」

 懐にはレーザー銃がある。それを使うのは今ではないだろう。

「良かったら、その上着をちょっと脱いでくれないかな。もう少し体のラインを見たいんだ」

 ちっとも良くない。脱ぐわけがない。

「ショートヘアーもいいけどさ、髪をロングになるまで伸ばしてみたら? 俺はその方が好きだし、似合うと思うよ」

 あんたの好みなんかどうでもいい。

「まあ待て。とりあえずお酒を飲んでもらおう。話しはそれからだ」

 ショウジまでもが男たちと一緒になっている。はあ、とユキはため息をついた。

 彼女は、周りにこの男共を追い払ってくれる人はいないかどうか探した。女性たちは女性たちで酔っぱらってキャーキャー騒いでいる。おじいさんとおばあさんは、いつの間にかいなくなっていた。少し冷えこんできたから、テントの中で休んでいるのかもしれない。

 テントの向こうには、子どもたちが遊んでいる姿が見える。また新しい遊びをしているようだ。互いに手をつないで円をつくり、その中に一人だけしゃがんでいる。

「さあさあ、飲んでみようぜお嬢ちゃん。何事も挑戦だ!」

 グラスに並々と注がれたお酒を目の前に突き出された。都会でも一般的に売られている種類であると、においを嗅いで分かった。

「失礼します」

 両腕に絡みついている手を無理やり取っ払い、立ち上がって子どもたちの方へ駆けていく。追いかけてくる者はいなかったが、ユキちゃーん、悪かったよー、何もしないからおいでよー、と永遠の別れかのように男たちは彼女の背中へ泣き言をぶつけてきた。その言葉を受け取ることはもちろん無かった。


5へ続きます。

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